第37話  フローラとテツオ

 形勢は逆転した。

 カレンはエリスに掛かりきり、フローラを止める術はなにもない。

 フローラ自身もそれをわかっているからなのか、ゆっくりとした歩調で進んでいる。室内をじっくりと見回して、最後におれを見た。

「で、言いたいことはある?」

 有無を言わさぬ声。

 あると言えば噴火し、ないと言っても噴火するだろう。

 それがわかっているからなのか、不思議と言葉がすんなり出た。

「ある。ありすぎて何を言えばいいのかわかんねえ」

「は?」

「だから、ありすぎて何から言っていいのかわかんねぇんだよ」

 セルタのこと、記憶のこと、リックストンの思惑。

 考えれば考えるほど言いたいことが溢れてくる。けれどその一つでも彼女に伝えたとしても信じてもらうことなどできる筈がない。

 既におれは裏切り者である。あるいは、気が狂ったと思われているだろう。

 証拠に、彼女は隙を一切見せていない。

 赤い輝きが破壊的なまでに輝き、ヴァイザー越しでもおれの瞳を焼こうとしている。光は光でしかない。けれど彼女の赤い輝きは明確な意志を感じさせた。

 怒り、だろうか。

 ああ、とそこで気付いた。

 だから、おれも言いたいことを言っているのだ。

「大体、なんでお前は自分の妹を忘れてやがるんだ! てめえの血を分けたたった一人の姉妹だろうが! おれより先に思い出すのが筋じゃねえのか!」

「あたしに妹はいない。なんでこんなことをしたの?」

「馬鹿野郎! お前が思い出さねえからやったんだろうが! リックストンの馬鹿が見捨てようとしてるから、おれらが動いたんだ!」

「あんたらはあたしらを危険に晒してるだけ。で、なんのためにここに来たの?」

「セルタを救うためだ! あいつは化け物に連れ去られた! 一人でいるんだ! 何をされてるのかもわからねえ! 絶対に助け出す! だから、おれはここに来た!」

「…ふぅん」

 初めて、フローラが動揺した。

 いや、考えてみればフローラはもっと前から動揺していたのかもしれない。おれが何故か本音だけをしゃべらされ、その言葉を聞く度に赤い輝きは薄れていった。

 険しい表情が苦し気な表情に変わっている。

 覗き込む様な視線がどこか逃げ腰に見えるのは気のせいじゃないはずだ。

「百歩譲って。百歩譲ってあんたが正しいとして」

「ああ」

「あんたがここまでする理由は何? あんたの話が本当だとしても、他人のあんたには関係ない話じゃない」

「ふざけんなッ! おれは!」

 

「あいつのコーヒーを飲んだんだ!」


「あいつの作る飯も食った! あいつと話した! あいつと同じ家で過ごした! あいつはおれに助けを求めた! あいつはおれのことを呼んだんだ!」

「…だから?」

「おれは、あいつを助けたいんだッ!」

 赤い輝きが消えた。

 不思議なことにフローラはそれまで苦々し気に歪めていた表情を消し、穏やかな笑みを浮かべる。

 普段のそれともまるで違う柔らかな笑顔。

だから、目を奪われ、気が抜けてしまったのだ。

「とう」

 どこん、と腹部に衝撃。

 無造作に打ち込まれた拳が鎧を通して鳩尾に入ったのだ。鈍い痛みに腹を抱え、膝をつく。空気を吸おうとするがなにも入ってこない。

 いや、こうなるのはわかってる、何度も経験してる。

 けど、それでも、わかっていても、こんなの堪えられるわけねえだろうが…っ!

「……ッ! ……ッ!」

「声がでかい、暑苦しい、わけわかんない、必死過ぎて気持ち悪い」

 淡々とフローラは言う。

 見下ろす視線は冷たく、さっきまでの笑顔が嘘のように能面のような無表情になっている。けれど、彼女は、


「でも、気に入った。あたしはあんたを信じる」


 悪だくみを思いついたような笑みを浮かべて、彼女はそう言った。

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