第36話 カレンとエリスとおれ
「おーこわいこわい。綺麗な顔が台無しだよ? 笑って笑って、ほら☆」
「言ってる場合じゃねえだろっ! あれマジで洒落になってねえんじゃねえか!」
けらけらと挑発するカレンを止める。
恐る恐るエリスを見たが、すぐに後悔した。
彼女の瞳は、まっすぐおれに向いていたのだ。
挑発するカレンではなく、このおれを。
「ありゃー、こりゃ手遅れだね。どんまい」
「どんまいじゃねーよ! なんだよ、おれなんもしてなくね? むしろお前らのためにやってるんですけど!」
「…いやー、さすがにそれはフォローできないわ」
軽口を叩いてもエリスは一切反応しない。
どころかついさっきまであった緑の光が消えている。カレンの青い光が徐々にエリスに迫っていたが、やはりエリスはなんの反応も示さない。
何考えてんだ、こいつ。
妙な威圧感と不自然な静かさが不気味過ぎる。おれから決して視線を外さないから、こっちも目を逸らすことができない。
もしかすると怒りで頭が真っ白になっちまったんじゃ――。
そこまで考えて、違うと気付いた。
彼女の目はおれの一挙手一投足に全神経を注いでいるのだ。
挙動どころか呼吸までも把握されているような感覚。視線を離すことができなかった理由も説明がつく。
目を離せばやられる。
本能的な部分でそう理解していたのだ。
だから、だろう。
目の前からエリスの姿が消えても、反応出来たのは。
「ちっ」
舌打ちが聞こえた。
見下ろす視線の先にはエリスがいる。拳を突き上げたまま、苦虫をかみしめる様な表情でおれを睨み付けている。
リックストンとは違う、出鱈目な速度からの踏み込み。一瞬前までおれの頭部があった場所をエリスの拳から飛び出した何かが通過した。
こいつ、肉弾戦とかマジか…!
エリスがそのまま二発目を繰り出そうしているのがわかった。わかってはいるけど、なにもできない。一撃目を躱した時点でおれの体勢は崩れていたからだ。
迫る拳。
妙に冷静な思考とゆっくりと流れる視界に言いしれない絶望感を覚えた。これはあれだ。人生の最後にみる走馬灯ってやつじゃ――。
「あらよっと」
時間の感覚が戻る。
気が付けば硬い床に尻餅をついてた。
視線は天井を見上げていて、不自然に開いた穴があることに気付く。拳大の小さな穴。はるか向こうに淡い光が見え、鎧に強化された視力が外の世界を鮮明に見せてくれた。
ゾッとする。
あんなのが当たれば鎧があろうとなかろうと関係ない。
一瞬で殺される。
「何してんの、テツオ! 手伝ってよ!」
はっとする。
見ればカレンがエリスを押さえつけている。
出鱈目すぎて子供の取っ組み合いにしかなっていないが、それでもなんとかカレンが優勢に見えた。
ただ、手伝おうにも無駄に火花が散っていて何をすればいいのかがわからない。青い光と緑の光が眩く輝き、それに触れていいのかどうなのかもわからなかった。
と。
「正直、状況がよくわかんないけどさ」
また別の少女の声。
思わず声の方を見れば、鉄扉が消えていた。取っ手があったはずの場所が円形に抉られているのが見えた。
舌打ちを一つ。
あれだけブチ切れてたくせに、やるべきことをきっちりやってくれやがった。
扉の向こうで腕を組んだ少女が、赤い輝きを纏っておれを睨み付けていた。
「とりあえず、テツオが全部悪いんでしょ」
フローラはそれだけ言って、室内に足を踏み入れた。
なんだかんだあったが、これで役者は揃った。
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