第34話 彼女はわからないことが我慢できない。

 どうやって入って来たのか。

 頭に浮かぶ疑問を意志でねじ伏せる。そんな疑問を考えている暇はない。今考えるべきことはこの状況をどうにかして打破することだ。

「しゃべれるでしょう? なんでこんな真似をしたのか教えてほしいんですけれど」

 満面の笑み。

 なのに背筋が粟立つような感覚を覚えた。当たり前か。あの化け物共と素手で渡り合う連中なのだ、まともに対立すればこの程度の差は感じて当然だった。

 しかも全身を押さえつけられているのだ、逆らうことなんてできる筈もなかった。

「なんでって言われてもな。そもそも、お前らはあそこ目指してたんじゃないのか?」

「本気で言ってます? 馬鹿だとは思ってましたけれど本当に馬鹿だったんですね」

「ひでえなぁ。これでも女子高生に頑張って合わせてたんだけど」

「あら、私達が合わせてあげてたんですよ。あんまり楽しそうだったから、ついつい面白くて」

「そいつはどうも」

 軽口を叩いている間もまるで殺気が緩まない。

 どころか鎧が徐々に軋み始めている。時間を稼ごうかと思ったがそんなことをしていては鎧の方がもたないかもしれない。緑の光が輝きを増している。

「それで? 結局何が目的なんですか?」

「だから、お前らの望みを叶えてやろうって言ってんじゃねーか」

「嘘ですね。なにかあるんでしょう、あそこに」

 正面の画面が急に鮮明に映った。

 若干、緑がかった光が見えるがそれ以上に画面の中が衝撃的過ぎてまるで気にならなかった。

「あれが、未到達点か?」

 画面に映るのは逆巻く土煙でもなければ、稲光が瞬く黒雲でもない。その全てが消え去った平地。どこまでも続く乾いた大地が見える。

 その大地に一点。

黒い孔がぽっかりと空いている。その場所だけ墨で塗りたくったような不自然な暗さが妙に印象的だった。

だが、印象としてはそれだけだった。

なんとゆーか、ショボい。

「なんか、思ってたの違うような」

「そうね」

 エリスはそっけなく同意した。

「なんて、気持ち悪いの」

「は?」

「…質問に答えてください」

 ぶちり。

 まるで肉が裂けるような音が左腕から聞こえた。一瞬痛みを錯覚したが、その音源が鎧であることにすぐ気づく。無数のアラームと破損部位に関する情報。まるで鎧が泣き叫ぶように何度も何度も意識に訴えかけて来たからだ。

「次は右腕、左足、右足の順でちぎります。教えてください、あそこになにがあるんですか?」

 知らねえよ。

 思わず言いそうになった言葉を飲み込む。

 どうにもエリスには余裕がないように見える。普段の何考えてんだかわからない笑みもどこか影があるように見える。下手なことを言えばそれだけで爆発しかねない予感がある。

 ぶちぶちと鎧から響く不吉な音を無視しつつ、エリスへの言葉を考える。

 いや、やっぱりやめた。

ない頭を絞ってどうすんだ、馬鹿臭い。

「あそこにはセルタがいる」

「セルタ? 誰ですか?」

「…フローラの妹だ」

「妹? 何を言ってるんですか、あの娘には妹なんて」

「いるんだよ。お前も、知ってたんだけどな」

「―――」

 ぶちり、と鎧が千切れる音がした。

 これで二本目。このままじゃまずい。左腕の修復も通常よりだいぶ遅れていて、この後のことを考えるとこれ以上の損傷はできない。

 かといって、出来ることなんてなにもないんだが。

「嘘じゃねえんだ! リックストンがお前らの記憶を弄ったんだよ! セルタはあいつらに連れ去られた! はやく助けなきゃ何されるかわかんねーんだよ!」

「また、わからないことばっかり言って…!」

 驚いた。

 普段の柔らかい態度が一切なくなっている。苛立ち交じりの声なんて、初めて聞いた気がする。見れば顔つきまでも険しくなっている。

「仮に、あの娘に妹がいたとします。では、その娘はどうしてあんなところにいるんですか? 普通の人間があそこに行けるはずがない。私達と同じ力を持っているならあそこにいることがわかる筈です。けれど、なにも感じません」

「連れ去られたんだよ、あの化け物共に!」

「それこそありえません! それなら私達が戦っている筈」

「戦ったんだよ! そのせいで大勢死んだんだ!」


「ちょっと待った、その話詳しく聞かせて」

 

 突然、別の声が割り込んできた。

 聞き覚えのある声。視線を向けると、何時の間に現れたのか、青い光を纏った少女がいた。

 カレン。

 普段の飄々とした態度はなりを潜め、真剣な表情でおれを見つめていた。


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