第32話 未来を掴むため


「なにやってんだよ、馬鹿親父っ!」

 

 聞き慣れた声が妙に新鮮に聞こえた。

 いつもの小生意気さがなくなった途端にあいつにそっくりな声なのがわかって、なんとなく妙な気分になったのだろう。

 まぁ、当然といえば当然だ。親子なんだから。

「こっちだ、おっさんッ!」

 眼下、耳障りな声が聞こえた。

 みれば無駄に大げさに手を振り回す馬鹿が一人。あれだけ目立てば相手にも狙いがわかってしまうというのに、そんなことを考えてもいないのだろう。

 だから、躊躇わずに斉射した。

「ぎゃあああああっ!」

 汚ねえ悲鳴だ。

数百発の銃弾で馬鹿ごと吹き飛ばした壁の一角にトドメの一撃をお見舞いする。ミサイルの弾頭が数秒で目標に到達し、爆炎と煙で周囲が見えなくなった。

「だめだっ! まだ足りねえ! おっさん、もっとぶち込め!」

 直後に正気を疑う声が聞こえた。

 あれだけぶち込んでも動じていないことにも驚いたが、おかわりまで要求されるとは思わなかった。見れば、確かにふっとばしたはずの壁がそのまま残っている。ひび割れや焦げ付きは見えるが、燃え上がったはずの爆炎は跡形もなく消えている。

 自己修復機能。

 俺の鎧を解析して真似た劣化品の唯一の成功例。

 そんな代物を校舎なんて意味のないもんに使いやがった馬鹿を思い出す。まったく、本当にあいつはおれの邪魔をすることにかけては天才的だ。


「スティーブっ!」


 怒号が響く。

 随分と遅い登場だ。続く言葉は想像がつくので無視して弾倉を補充。完了。さっきと同じ場所に狙いを定め、引き金を引いた。

 爆炎が上がる。が、すぐにそれも消えた。

「何故だっ! それは、お前のためにっ!」

 馬鹿みたいに頑丈すぎる。

 残った全てのミサイルの照準を合わせ、斉射。6つの弾頭が標的に当るのを確認する前に、全力で飛んだ。

 轟音が響く。

 鎧が警告音を発し、全身に熱を感じた。鎧の耐熱能力を上回った熱風が荒狂っている。姿勢を保つことも難しく、結局墜落に近い形で着地した。

 燃え上がる火柱。

 校舎の内部で猛り狂う炎が窓ガラスを次々と破裂させていく。固い外壁が膨れ上がり、外壁を内部から食い破るように爆散した。

 ようやくか。

 これまでかかった手間を覚えば素直に喜ぶことも出来ないが、この光景を見ることが出来ただけで満足だった。

 本当に、すっきりした。

「何故だ、スティーブ……っ!」

 声と同時に意識が遠のく。

 何が起きたのかはすぐにわかった。

 もう何度も同じような経験をしている。相変わらず、あの馬鹿の化け物っぷりには呆れるしかねえ。

 ぐらんぐらんと揺れる脳みそに喝を入れ、俺をぶん殴った馬鹿を睨み付けた。

「いきなりなにすんだよ、リック」

「お前は、お前というやつは…!」

 おっかねえなぁ。

 普段の2割増しの迫力で睨み付けてくる視線に吹き出しそうになる。なにを怒っているのかわかっていたが、そこまでに怒ることでもあるまいに。

「あれは、ニーナがお前のために作ったものではないか! 何故、あんなことを…っ!」


「何言ってんだ、お前。ニーナは死んだろうが」


 反射的に拳を振るう。

 出鱈目に振ったが、手ごたえはあった。同時に、自分が数メートルふっ飛ばされたことにも気づいた。追撃が来なかったのは拳の手ごたえが思ったよりも良かったからだ。証拠にあの馬鹿も横倒れになっているのが見えた。

「いつまでも死んだ奴にこだわってんじゃねえよ、リック。お前には、いや、俺らにはもっとすべきことがあんじゃねえのかっ?」

「なん、だとぉ…っ!」

「学校なんてのは、なにもわかんねえガキが行くとこだ。やるべきこととすべきことがわかった奴が浸ってていい場所じゃねんだよ!」

 立ち上がる。直後、みぞおちに衝撃が走った。

 蹴られたのだ。

 背中から何度か回転し、止まったころには呼吸すらままならなくなっていた。全身を丸め、追撃に備える。一度、二度、三度。今度は鎧が勝った。衝撃は知覚したがダメージはなし。四度目の蹴りの衝撃を活かして距離をとり、勢いのまま立ち上がった。

 そのまま突っ込んだ。

「ガキを騙してこんな鉄の箱に籠ってる場合じゃねえだろっ! てめえはなんでここにいる? 未到達点に行くためだろうが! それ以外、なんもねえだろうがっ!」

 一発、二発、三発。

 手ごたえは十分。的がでか過ぎて腹にしか当てられなかったが、それでも打ち続ける。一発が入る度に、言葉を放つ度に、腹の底から力が湧いてくるような気分になった。

 ああ、なんだ。

 はじめっからこうすりゃよかったんだ。

「あの時、俺達が未到達点に近づいたとき! 俺とお前は逃げたんだ! ニーナだけがそれに気づいたっ! だから、あいつは死んだ! 俺たちが殺したんだ!」

「き、貴様っ」

「お前も、俺も逃げたんだよ! あそこにいくのが恐ろしくて仕方なかった。俺は、ニーナとフローラとセルタを失うのが怖かったんだ! お前は違うのか、リックストン!」

 ただそこを目指していたはずだった。

 こんな場所に飛ばされて、惚れた女と結ばれて、娘も出来て。

 おれにとっての願いなんてものはもともとなかった。あの女にだまくらされてこの世界に来た時は、ただ仕事だからと割り切っていた。

 それがどうだ、いつの間にかこいつらと一緒のものを見たくなっちまった。

 こいつらと一緒に居たくなっちまったんだ。

 だから、あの時俺は心の中で逃げた。

 守らなきゃならないものがあったせいで、先に進めなかった。

 本当は、守らなきゃならないものがあるから進まなけりゃならなかったのに。

「失くしたもんと失くすかもしれないもんばっか見て、手に入るもんと手に入れるべきもんまで見失った! だから、進むんだよ! そこに、セルタもいるんだ!」

拳をつかまれた。

鬼の形相が、目の前にある。

「勝手なことばかりぬかしおって…! 俺が、どんな気持ちでこの船をまとめて来たと思っている…! セルタのためにこの船に乗る全員を危険に晒せと言うのか、お前はっ?」

「違うぜ、リック…っ!」


「俺らで掴むんだよ、お前らが欲しがってた未来ってやつをな」


「狂ったか、スティーブッ!」

「さぁな」

 迫る鉄拳。

 歯を食いしばって堪えようとした、その時。

 

 待ちに待った震動が来た。

 

「なっ」

 リックストンは突然の揺れに驚愕している。

 遠巻きにこちらを見ていた連中も何が起こったのかわかっていないようだった。

 フローラ達の姿が見えない点だけが予定とは違ったが、あのクソガキは計画通りに事を進めたようだ。

「スティーブ、これはなんだっ?」

「言ったじゃねーか」


「おれらで未来を掴むってな」


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