第31話 リックストン


 はじめは、ただ外の世界を知りたかっただけだった。

 

 拳が熱い。

 全身を回る熱量が収まらず、リックストンはあかつき丸の甲板へ出た。テツオを殴り飛ばした余韻が尾を引いている。らしくもなく叫んだことに対して何も恥じていない。リックストンにとって未到達点へ至ることは生きる意味そのものとなっている。

 気になったのはそれをあの男にぶつけたことだった。

 黒崎哲雄。

 今代の『鎧』の装着者。異世界から来訪し、圧倒的兵器を操る者。

 先の戦闘では一度も兵器を使用せず、近接戦闘のみで化け物共を撃退。鎧の性能もあるだろうが、肉体の使い方に特徴があったことをリックストンは見逃さなかった。なにがしかの武を身に着けている。そのせいで折角のデータ収集が無駄になってしまった。

 どこか気の抜けた顔つきの男だった、とリックストンは記憶している。

 わずか数か月前のことだ。セルタに連れられてきた時のことは未だに覚えている。化け物共の襲撃と相まって、この世界のことを一瞬で叩き込むことが出来た。

 それから何度も顔を合わせていたが、その印象が変わることはなかった。

 それが、である。

 あの目、あの形相、あの叫び。

 間違いなく化けた。逆境にあって、あの男はひるむことなく踏み出したのだ。

 これだから、あいつらは面白い。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」

 思わず独り言ちた。

 そんなことを考えている場合ではなかった。先の戦闘での被害は甚大である。修繕にも時間が掛かるし、人的資源の不足を補う必要がある。なにより、また一からやり直さなくてはならないのだ。

 鎧の超兵器。

 それがなければ未到達点へ至ることはできないのだから。

 前回は、スティーブの時は、そんな当たり前のことを理解できずに失敗した。あの男を前線に立たせ、兵器によって化け物共を駆逐した。

 それが間違いだった。

 あの兵器を盗まなければならなかったのだ。あるいは学ばなければならなかった。

戦いを繰り返す度に損耗し、ついには兵器を使用することすら出来なくなってしまった。

 自己修復機能。

 その機能自体は現在も活動しているが、耐用年数に問題があったのだ。それに気付かなかったことが現状に至った要因の一つであることは間違いない。

 だからこそ、もう間違えることはできない。

 なんとしても黒崎哲雄を味方につけ、兵器のデータを収集しなければならないのだ。

 そのために彼女達と接触させた。

 フローラ、カレン、エリス。

 これは過去の再現である。唯一成功した事例。スティーブをこの世界にとどめた過去の出来事の焼き増し。

 ニーナ。

 フローラとセルタの母であり、最初の守護者。 

 彼女とスティーブの関係性と同等のものを築かせることが目的だったのだ。

 リックストン自身、初めは冗談としか思っていなかった。異世界人の召喚が決定した後、クルーとのミーティングで真っ先に議題に上がった具体策。場の雰囲気を和ませるための冗談かと思ったが、全員が即座に賛同したのには驚いた。

 スティーブは当初反対していたが作戦にセルタも含まれていることを伝えた。更に火に油を注ぐ結果となったが、待遇の改善となることを理解し、渋々納得したようだった。

 そのままとんとん拍子で進み、今日を迎えている。

 思いの外、上手くいっていた。あの気難しい三人娘がすぐなついたことも意外だったが、セルタまでもとは思わなかった。

だが、それももう無意味になった。

セルタが裏切り、黒崎哲雄が真相を知った。

作戦の続行は当然不可能。あとは無理やりにでも兵器の情報を搾り取らなければならない。どんな手を使っても。

『艦長! 応答してください、艦長っ!』

 突然の声にリックストンは思考を止めた。

 即座に周囲を確認する。甲板から見える範囲の全てに視線を飛ばしたが、異変は見つからない。あかつき丸にも異変はなく、やつらが来たわけではないようだ。

 慌てふためく通信手の様子を訝りつつ、リックストンは通信に応じた。

「どうした?」

『艦長! 大変です、すぐに戻ってきてください! 大変なんですッ!』

「落ち着け」

 要領を得ない言葉に違和感は更に強くなった。

 奴らの襲撃でもないのにここまで狼狽するとは考え難い。他にあるとすれば、黒崎哲雄とスティーブの脱走くらいだろうか。

 それについては既に対策を打ってある。

 そもそもスティーブがあの程度で諦めるわけがないことはわかっているのだ。今更驚くほどのことではない筈なのだが。

「すぐに戻る。要点だけでいい、状況を知らせろ」

『は、はい! 捕縛対象が二名脱走しました。現在内部で交戦中。ただ、その』

「どうした?」


『捕縛対象の二名が破壊活動を行っています! 標的は校舎! 現在フローラ、カレン、エリスが説得に当たっているものの、聞く耳を持たず。既に半壊しています!』


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