第28話 リックストンⅡ


  身長差はメートル以上、体重差はそれこそ倍以上ある。まるでゴリラ対人間だが、相手はゴリラなど比較にならない戦闘力を持っている。

 打ち込まれる拳に受けは通じず、こちらの打撃は全ていなされる。常に背後に回り込まんとする足運びはその巨体からは信じられないほどの滑らかさ。

 踏み込んだ軸足を刈られ、無防備になった腹部に肘を撃ち込まれる。腹部に感じる衝撃は思考を停止させるのには十分すぎるものであり、背中から受け身も取れずに倒れ込む。

 もう何度繰り返したのかわからない状況。

身体能力で遙かに劣り、技量においては天と地の差がある。

勝ち目は万に一つもない。

それでもこうして意識を保っていられるのは、


「どうした。力の差がわからんわけではないだろう?」


 鎧の力とリックストンの思惑に他ならなかった。

 腹の底を貫いた衝撃は未だに鈍い痛みを残し、同種の痛みが全身を蝕んでいる。

あの男の狙いは戦意を削ぐことにある。一撃で仕留められるくせにそれをやらないのは、あくまで遊んでいることをこちらに伝える意図がある。

 要は挑発されているのだ。

「…わから、ねえな」

 ようやく呼吸がまともになってきた。

 全身を動かすのも億劫だったが、無理やり立ち上がる。その間に追撃の一つもないとは、本気で舐められている。

 構えを維持したまま、リックストンはゆっくりと間合いを詰め始めた。

「なんと言った?」

「あんたなら、こんな鎧なくても戦えるだろ?」

「さてな。貴様程度も仕留めることが出来ん拳だ」

「手ぇ抜いてるくせしやがって」

「わかっているなら兵器を使え。でなければ手元が狂うかもしれん」

 揺れた。

 そう思った時には、視界にあった巨体を見失った。視線ですら追えない独特な動きに翻弄されている。

 一瞬の空白。

 ほぼ勘だけで右の脇腹を肘でガードした。

「がはっ!」

 衝撃。

 腕一本程度では何の意味もないことを思い知る。横っ腹からぶっ飛ばされて床を転がる。机や椅子を巻き込んで壁際に叩き付けられた。

 呼吸ができない。

 それでも無理やり立ち上がる。

 何度も繰り返した場面。

 さすがにリックストンも訝し気な顔をした。

「…随分と殴られ慣れているようだな?」

「昔、ちょっとな。出来が悪くて、何度も死にかけた」

「そうか。残念だが、少し手元が狂うぞ」

「ちょ、おい、待てよ。ちょっとは人の話を」

 消えた。

 そこからの動きは考えたわけではない。ほぼ山勘で身体を動かしただけだった。

 衝撃。

 後頭部があった空間に巨大な拳が叩き込まれた。

「む?」

 眼前にはリックストンの困惑した顔が見える。

 反射的に振り向き、両腕で巨大な拳を受け止めたのだ。全力で握りしめる。鎧の効果もあってか、何とか掴むことができた。

「だから、人の話は聞けっての…!」

「腕は二本あるが?」

「なんで、そこまで兵器に拘る! あの化け物を倒すだけなら、あの三人がいれば十分だろ…!」

 フローラ、カレン、エリス。

 赤、青、緑。

 三色の光を纏う少女達の力は絶大だ。数に圧倒されることはあったが、彼女達自身は無傷のままだった。

 極論すれば、彼女達を万全の状態にしてさえおけば、この舟を守ることはできる筈である。

それは、昨夜の戦いを見れば明らかなことで。

「貴様こそ何を言っている。あの化け物を倒すだと?」


「そんなことはどうでもいい。全ては未到達点へ向かうためだ。そのために我らがどれだけの血を流して来たと思っている…ッ!」


 衝撃。

 がら空きの脇腹に丸太のような足が叩き込まれた。

 意識が明滅し、気が付くと見慣れない部屋まで吹き飛ばされていた。呼吸が出来ず、何度も嘔吐する。

 それでも冷静さを保っているのは鎧のせいだ。

 既に痛覚は遮断されている。吐き気や悪寒は止まらないのに、意識だけはしっかりしている。

「目の前で父は殺され、母は嘆き死んだ! 多くの友と名も知らぬ同胞を失いながら、我らはそこを目指しているのだっ! この世界の、いや我らの未来のためにっ! そのためならば私は、私達はどんなことだろうするッ! そうだっ! 貴様らのような余所者の力を借りようがッ! どんな手を使っても我らは行かねばならんのだッ!」

 天中、眉間、人中、喉、丹中、水月、金的。

 正中線にある急所を正確に射抜かれ、一瞬で肉体は自由が消えた。痛みはない。そのくせまるで動かない手足がもどかしく感じた。

 いや、違う。

 すでに動かす気力がなかった。

 散々に打ちのめされたのだ。肉体的にも精神的にも。

 目の前の男の気迫に、完全に叩きのめされたのだ。


「我らが世界を救うのだッ! 貴様ごときに邪魔はさせんッ!」


 その眼差しの苛烈さ。

 その怒声の真摯さに。

反論の余地なく地に伏した。明瞭だった視界がいつの間にか消え、ようやく意識を失えたことに安堵した。

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