第26話 問答 弐

「おれなら、あいつらを未到達点に連れてい行くことができる」


 鼻白む。

 どこかこちらを試すような粘つく視線が色を失った。口元に浮かぶ笑みも消え、能面のように表情が消える。

 重圧すらも消え、場には沈黙しか残らない。

 しくじった。

 全身から血の気が引くのを感じ、同時に羞恥心に近い何かが頬を熱くする。舌先が震え、嫌な汗が全身から噴き出した。

「話はそれだけ?」

 続く言葉も短く、視線すらも外される。

 完全に興味を失った様子に心の中にある何かが捻じ曲がるような不快感を覚える。

 それでも、

「まず、貴方がおれをここに送ったのは未到達点にある資源の確保のためですよね。セルタはあくまで口実であって本当の目的はそこにあったはずだ。それをリックストンと共謀したのも含めて」

 言葉を止めることはできない。

 彼女は無表情。それを敢えて無視して言葉を重ねる。

「リックストンはこの鎧を欲しがってる。この鎧自体があの化け物と渡り合うことができる代物だし、内蔵された兵器があれば未到達点へ至ることも不可能じゃなくなる。それを餌におれを送り込み、リックストンと騙し合いをやってたんだろ? 学校に通わせられたのもその一環であいつらはこの鎧を奪うための囮であり駒だった。…おれの名前を誤登録して兵器を使えなくしたのも間違いじゃなくて意図的だった筈だ。たぶん鎧が奪われても良いようにセーフティとしてかけてたんだろ」

 意図的なクラス編成とどこまでも好感度が高いクラスメート。

思い返せば三人娘が常に一緒にいたのも怪しい。いくら同じ能力を持って共に戦っているからと言って、私生活でも一緒にいる必要はないだろう。なによりあいつらの関係性は良好なものとは程遠かった。

 もしかするとおれが他のクラスメートと接触する度に臭い顔をしていたのは、彼女達が駒として使われているのが嫌だったからなのかもしれない。

「けど今回の襲撃で事情が変わったんだ。あかつき丸が損傷し、乗員も随分死んだ。この状況下じゃいくら鎧があってもあいつらに対抗することはできない。だからあんたはおれを連れ戻そうとしてる」

「三十点」

「へ?」

「いいから続けなさい。言いたいことがあるなら最後まで聞くわ」

 続きを促された。

 どんな心境の変化かわからなかったが、ここを外すわけにはいかない。

「さっきの襲撃でセルタは攫われた。わかってると思うが、あの娘は化け物に対抗する三人娘のフローラの実妹だ。そして、スティーブの娘でもある。その彼女が攫われたんだ」

「だから?」

「絶対にあいつらは救出に行く。リックストンが止めようが何をしようが、あの二人は絶対に止まらない。どんなことがあってもだ。たとえ、それが化け物達の巣であったとしても」

 決してあきらめない男を見た。

 全身から血を流し、絶望の状況からも脱した不屈の男。その眼差しに込められた決意は理屈を超えて、おれに確信させる。

「つまりここにしかチャンスがないんだよッ! あの化け物共は未到達点へ向かっていったんだっ! ここであいつらを叩けば未到達点に向かうことができる! フローラが来れば残りの二人も付いてくる。兵器の使用が可能であれば化け物共を殲滅するのも難しくないはずだ! しかもリックストンたちは資源を確保するための足がない。上手くいけば、なんの危険も冒さずに大量の資源が手に入る!」

 間違ってはいない、筈だ。

 無理は多少あるし、希望的観測もいくらかあるだろう。

 それでも、全てを引き上げるには早すぎる。

 まだ何の利益も得ていないのだ。おれに支払う賃金、こちらを監視していた先輩へ払う手当、おれをこちらへ送った時に使った経費(あるかわからないが)。その全てに意味がないことにするのは、経営者としても避けたいはずだ。

 リスクをとるなら今しかない。

 こちらの思惑を感じ取ってか、それとも別に考え事があるのか、彼女は瞼を閉じた。数分が永遠にも感じられる。時計の針の音だけが響く中、おれはひたすら彼女の言葉を待った。

「五十点。いえ、負けて六十点にしておこうかしら」

 瞼が開く。まっすぐこちらを見つめる瞳はこれまでのそれとは違う。どこか心地よさを覚えるそれに、思わず鼓動が高鳴った。


「いいわ、黒崎君。あなたの提案に乗ってあげましょう」


「ありがとうございます!」

 思わず拳を握った。

 湧き上がる何かを堪え、とにかく頭を下げる。緩む口元を自覚していたが、それでも抑えることができなかった。

 と、

「ただし、兵器の使用については別よ」

 彼女は言葉を続ける。

 まぁ、そうだろう。

 正直な話、落としどころとして考えていた要求だったから意外でもなかった。

「フローラ、エリス、カレン。それとスティーブがいれば戦力としては十分なはずよ。それ以上の戦力は過剰過ぎるし、なにより兵器を使用するにも経費がかかる。、万が一故障でもすればそれこそ大赤字になるわ」

 何言ってんですか、あんた。

 のどから出かかった言葉を何とか飲み干す。

 使えない兵器に何の意味がるのか問い質したくなった。

 確かに、鎧から受け取った兵装の情報は過剰と言う表現ですら足りないほどの威力があった。惑星一つを巻き込むほどの熱量や空間ごと消し去るような物理法則を無視したなにかのオンパレード。

 そんな出鱈目兵器が低コストで作れるはずもない。だから、勘定を握る彼女にとっては当然の判断なのだろう。惜しむらくは、そんなものを搭載する判断を下した点だけだろう。

「わかりました。それじゃ、さっそくあっちに戻して」

「せっかちさん」

「ぎゃっ!」

 バチコーン、と視界で火花が散った。

 おでこが痛い。

 いつの間にか突き出された中指が眼前にあった。

「話は最後まで聞きなさい。兵器の使用を認めないとは言っていないわ」

「え?」

「今の状態ではなにも出来ないけれど、それを使用できる方法を教えてあげる」


「ただし、それを使ったらあなたをこちらに連れ戻すわ。問答無用でね」


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