第4話 ベタベタのベタって萌えません?


「起きろ小此木」

「ん、先輩?」

「無謀に寝てるとか何考えてるんだよ」

「先輩しかいませんよ?」

「っ~~!」


 入学してはや半年、この学校のメインイベントである文化祭まで1カ月が切り、我部活動“サカイ”こと、“サブカルチャーを愛する会”は部員2名。予算は当然なく、パソコン研究部から型落ちして入ってきたWind○wsxpがあり、かろうじて執筆活動ができるだけの環境があり、5畳程度の部室に机が二台とソファーとイスがあるだけの、THE文化部と言う感じの部活である。

 同好会は部員2名から作ることができ、顧問さえつければ制作のできるゆるいものだ。入学して3日。新入生オリエンテーションが終わり、図書館を徘徊しているとガラの悪い先輩と遭遇。

 この人より側の悪いと感じるスキンヘッドで釣り目の男こと林を普段から見ているので耐性はあった。だが、何かに巻き込まれると言う空気が全力で飛んでいたのだ。逃げようと試みるものの見事にポンコツっぷりを披露し、あっけなく先輩に肩に担がれ職員室へ連行。“サブカルチャーを愛する会”に入部させられていた。

 実際にやることはアニメを見て、ラノベを読んで、話し合い、少し討論し合うだけの緩い同好会。

 正確には僕のみがその流れを行い、先輩がパソコンに向かって執筆するだけ。

 ブルーレイやラノベ等は先輩の私物であり、同窓会を存続させている条件の感謝の気持ちと言うことで渡される。

 その結果、僕はソファーの住民とかし、疲れたと言って先輩が隣に座ってくる程度の、何をする訳でもない本当に緩い部活動である。

 

「先輩、遅かったですね」

「授業中に居眠りしててな、職員室に呼ばれてた」

「そうですか」

 

 部活動に来たものの、毎日先輩が道具類を持ちかえっているのでやることがなく、秋の夕暮れの日差しに負け寝ていた。


「取りあえず、今日のやつ……と言ってももう6時だけどな」

「…二時間も寝てしまったようですね」

 ポケットに入れておいたスマートフォンの電源を入れれば時刻は17:53を指していた。

「これ、お借りしていきます」

「はいよ。後これ、暇させちまったお詫び」

「ありがとうございますっ!」

 先輩からスッとコンポタ缶が渡される。

 僕の教室からこの部屋のある部活連棟まで来るのにコーンポタージュのある自販機は反対方向であり、行くのが面倒で中々飲めないのだ。

 この人の放置癖はいつものことだが、もので釣るのはいけないと思う。

「…ホント好きだな」

「大好きです」

 先ほど買ったばかりだと思われるコンポタ缶の温さを頬に当てながら感じ、少し頬が緩む。

「先輩、顔が赤いですがどうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 先輩がこちらを見ながら顔を赤く染めていたので指摘をするとそっぽを向く。

「そうですか」

 コーン、コーン~。

 ソファーに座りながらゆっくりと缶を傾け、口の中に固形状のしっかりとした触感のあるコーンが滑らかなスープと共に入り込んでくる感じがなんとも言えない。

 飲み込んだ際に外気温と体の中の温度の差で喉を通って胃に移動していくのが判る。

 …美味しい。

 何缶も飲むのではなく、一缶をゆっくりと飲みながらボーとする感覚がたまらないのだ。

 ただ、メガネが曇ることだけはいただけない。

 厚いレンズなので湯気で曇るとまさしくビン底メガネ状態になる。

 ボヤやる眼で手探りに鞄の中からメガネクリーナーを取り出しふき取る。

「すまん小此木、もう一度メガネ外してこっち向いてくれるか?」

「良いですけど…?」

 そう言って眼鏡を外した状態で先輩の方を向く。

 …女になっても視力が戻らないな。

 30秒ほど経過したのち、もうかけてもいいかと確認を取る。

「あ、ああ。大丈夫だ」

「先ほどから顔が赤くなったり、元に戻ったり忙しいですね」

「そ、そんなこった無い!」

「動揺のしすぎです」

 と、ツッコミを入れ、分別がしっかりとされてる缶入れに空になったコンポタを入れ、お先に失礼することにした。




『こんばんわ、マッキ-』

「マッキーって呼ばないくれよ」

『かわええマッキ-が悪いんよ』

「お世辞乙」

『…安定のマッキ-や』

 食堂で家族そろって食事を取り、離れの自室に戻り、パソコンを付けると“やっすん”から通話が来ていたので、電話に出るとあいからずの似非関西弁で離してくる。音声のみの会話だが、無駄にやっすんの声はカッコいい。

「で、今日は如何したの。愚痴?」

『愚痴と言えば愚痴なんやけど、親の仕事の都合で新しいとこ引っ越して半年たったけど慣れないんよ』

「そんなことも言ってたね、ちなみにどこら辺よ」

『地方の笹見乃町ってとこでな、引っ越した家のお隣さんに武家屋敷!みたいなとこがあって驚いとる』

 …僕の家は笹見乃町にあり、パッと見武家屋敷と言っても良いほど敷地面積はそこそこある。

「…まさかだけど、その家から今黒いスーツのスキンヘッドが出てかなかったか」

『ちょっと待ってな…グラサンかけた頭の見晴らしがええのが出てきたな』

 門から林が出て行くのがちょうど見えたので、それの確認をするとまさかの肯定が帰ってきた。笹見乃町なんて確かにここでしか聞かない様な名前ではある。

『あ~、あんなごっつい完全にヤの人んちに挨拶しに行くん怖くて未だに行ってないんよ。もしかしてあれなんかね、家に挨拶もねぇとはいい度胸してんじゃねえかとか声かけられるん?シャバ代っていうんやったっけ、それ取られるんかな』

「それは無いから安心したほうが良い」

『そか?』

「そのスキンヘッド秘書だからヤーさんじゃないから」

『…ん?』

「柄が悪いだけで、特技料理全般、裁縫を熟す完全なる家政夫だから安心して良い」

『え~と、まさかと思いますが、小此木さんで』

「はい、小此木麻希です」

『はぁぁあっぁぁぁぁぁぁ!?』

「運命って怖いね」

『ちょ、ま、は!?』

「今、会える?」

『お、おう』

 部屋着の浴衣だけでは少し肌寒いのでタオルケットを取り出し、羽織る。

 門の外に出ると、隣の家から慌ただしく一人の男子が出てきた。

 いかにも今時の、普段のサブカルチャーっぷりが嘘のような爽やかな奴である。

 短髪ヘアーに少しタレ気味の目、黒縁メガネが似合い勉強が出来そうと一瞬錯覚してしまうだろう。

「……えー、マッキ-さんこんばんわ?」

「こんばんわ、やっすん」

「声だけやなくて、見た目もええとか何なん、チート?」

「これは過酷なダイエットの日々を潜り抜けた結果。昔52㎏で今45㎏だからそれなりに痩せたんだよ」

「…成長期の誤差とちゃうん?」

「初期状態が130㎝で52㎏じゃなければね」

「あ…」

「察しただろ」

 一応、初対面と言えば初対面になるのだが会話はいつも通り。

 入学後に行った身体測定では身長が159㎝で体重が平均よりちょい下。だいぶ健康的な体系にはなった。

 運動能力はクラス内女子限では上から両手で入る位。

「人間変わるんやな」

「そうだな、僕に至っては性別が変わったからな」

「……んっ!?」

「あれ、言ってなかったっけ。一応TS病発症者」

「そか、クラス内の反応とか大変やったんやn……ってちょい待ち引きこもり!」

「引きこもりでしたが何か?」

 かれこれ2年近い付き合いがあるやっすん。

 自分の2歳離れた兄がTS病にかかったことを心配し、相談を受けたことがあったのでTS病にそこまで深い嫌悪感は無いと思ったので話したのだが。

「自分は高校入ってから本格的に女として生活し始めた口なん?」

「そうだけど?」

「道理で学校から帰ってきたら数コール内に出るわけや……って何でそんなに学力ええの!?」

「やることなかったから」

「天才のそれか!?」

 自宅に引きこもっているとやることが限られるので自然と知識が増えていくのである。

「はぁ、なんなんやこのハイスペックヒッキ―」

「引きこもりじゃない、ちゃんと学校行ってる」

「ん、そうやったなそう言えばどこ通ってるん?」

「瑞原。あそこ引きこもりでも成績良ければ入れるとこだったから」

 経済的にもそれなりに余裕ある家だったので私立に通うことが出来ているので嬉しい。その分公立よりテストは難しい。

「同じ学校とか…」

「偶然だな」

「マッキ-が学校内にいること気づかんかった…声を聞けば分かる自信あったんに…」

「校内ではそこそこ声を作ってるし、教室もそれなりにあるしな」

 さすが私立と言うのか、瑞原の校舎はデカく、文化部が使用する校舎がある位で人学年400人は超える。体育館が第3まであるとか何なんだって最初は思ったけど。

「ためしに声出してみ?」

「はい、こう言った感じで送っています」

 と、引きこもり生活で無駄に鍛え上げられた作った対人モードによる平坦なかつ無表情で発する声である。メガネを装備していないと発動しないのだが、メガネをしている状態でも一応、意識すれば普通の対応はできる。

「…ちょい待ち」

「はい?」

「俺、脳内に声の検索エンジン積んどるくらい一度聞いた声はすぐに判別できるし、記憶能力にも自信がある」

「それは驚きですね」

 確かにコイツは部類的には声豚に入る声優オタクであり、テレビのインタビューに出てきた人の声が何か萌えたとか言う変態だ。

「んで、その声高校入試の時聞いたんや」

「同じ会場だったんですかね」

 何と言うか本格的に運命(笑)である。

「その声の人物にシャーペンと消しゴム借りてな」

「…はい?」

「生徒同士の貸し借りは無しと監督の先生がキレたのを庇ってもらったんや」

 何か聞き覚えのある話である。

 と言うか僕である。

「そんで面接終って、その子を見つけたからお礼にジュース付けて返したんや」

「…地味な黒縁メガネの虐められっこ臭漂う隣の席の子にそんなことをした覚えがあります」

「俺や」

「でも標準語だったような」

「こっちやと、関西出身言うだけで面白いことしてみいとか言われる聞いたんや」

 なんかネットのスレでそんなのを見た記憶がある。

「まぁ、高校入学式に改めてお礼言おう思とったんだけど、見つんなくて、その、ありがとうな」

「別にかまいません」

「…違和感あるからやめてや」

「お断りします」

 お礼を言われるなんてかなり久しぶりだったので完全に内心動揺しているのでここで対人モードを取ったら慌てふためき変な姿を見せるのは確実である。

「…嗚呼、動揺しとるんか」

「してません」

「会話始めた当初もつっかえつっかえの、日本語になれてない外国人みたいやったしな…」

 …くっ、完全にばれている。

 これに関してはに完全にコミュ症の自分が悪い。

 内心の動揺が激しすぎてうまく言葉が出せない。

「…ホント、可愛いんな」

「め、メガネ取らないで!返して!」

 ひょいと、メガネを取られれば完全に僕の打つ手はなくなる。

 おまけに取り返そうとすれば腕を伸ばし、完全に届かない位置にするのでたちが悪い。

「返して!」

「んー、明日一緒に登校してくれるんなら返すわ」

「わ、わかった。行く、明日一緒に行くから返して!」

「今の忘れんでや。明日ここで待っとるから」

 そう言うとあっさりとメガネを返してさっと背を向け手を振りながら去っていった。

 今度からやっすんは鬼畜と呼ぼう。

 部屋に戻った後、自分の持つ最大のレパートリーで罵って通話を切った。

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TS系引きこもり外に出る。 館花(変) @Kurukuru3

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