自分の顔を触ってみる。父の一重と母の団子鼻がミックスされて、それはそれはのっぺりした和風の顔。

両手のひらでゆっくりと、鼻、瞼、額…顎。

窪んだり出っぱったり、尖ったところは1つもなく、全てがなだらかな丘と谷。そして鼻腔がある。

わたしは大福のようにぷっくり白い頭部を見つめたっきり、どう粘土で造形してゆけば良いものかと考えていた。

平面に絵を描くこととは全く違う。立体を作るということは、奥行きも必要なのだから。

台所で、見たことも聞いたこともない食材と睨めっこしているような気持ちになった。

分からないことが、分からない。


【顔の造形は、平面的にならないように意識しましょう。鼻は顔の中央、目は眼球を思わせるように丸さを出します。左右上下、色々な角度からチェックしてみて下さい】


鼻から作ってみるか。

粘土をよく練って、適当な大きさにちぎって大福の中央に乗せた。

中央にあって、高さがあるだけで何となく鼻っぽく見えなくもない。

今度は真珠大の粘土の玉を2つ作って、先ほどの鼻の左右に置いてみる。半魚人のように腫れぼったいけれど、これでまたぐっと顔らしくなった。

思っていたよりも簡単かもしれないと、妙にウキウキしてきた。

口も作って、鼻の穴もグイグイとこじ開けた。

正面からみると、顔にしか見えない。これは顔だ。左右対象でなんなら可愛らしくもある。

たった30分程の作業で、顔を作った。

私は天才かもしれないなと真面目に思った。

造形後の顔をそっとテーブルに置いて、スマホのカメラを構えた。

スッとピントを合わせてみる。

?!?!

ハニワがひしゃげた顔で奇妙な微笑みを浮かべている。

驚いてスマホをゴンと落とした。

さっきまでのあの可愛らしく仕上がった顔はどこにもなかった。


マリモ》今日、やっと顔の造形に入ったのですが、全く顔になりません。何時間も顔を触っているけれど、どうやっても平面的だし左右対象にもなりません。


闇色乙女》マリモ様、お疲れ様です。お顔難しいですよね。私もお顔迷子です。時々鏡に映してみると、歪みのチェックになりますよ。


マリモ》闇色乙女様。いつもコメントありがとうございます。歪み以前の問題なんだと思います。美術関係は全く初心者なので、四苦八苦しています。


闇色乙女の薦める、鏡でチェックをするまでもなく、私のミィは歪みに歪んで気の毒すぎる顔になっている。

粘土が乾燥するまでは、何度だってやり直せる。けれど、何度作っても酷くなる。やればやるほど、深みにハマっていくようだ。

お顔迷子とは、闇色乙女は上手いこと言うな。泣笑いのようなため息がハハッと出た。


人形制作は、没頭すると2時間や3時間はあっという間に過ぎて行く。そういえば、今日なんて昼の賄いから何も食べていない。でも不思議と空腹感もない。

アドレナリンが大量に放出されているのだろうとおもう。

そして、面白い程ハイになって自分の腕前に陶酔する時間もあれば、反対に力量のなさに鬱々と落ちる時間もある。

何時間も上がったり落ちたりを繰り返しているうちに、今度は何も感じない無の感覚にハマって行く。

大量に飲酒しても、ここまで情緒が乱れるという経験はなかった。

歪んだハニワを作って、それが素晴らしく可愛いと思い込めたのも、トリップしていたからに過ぎない。

何が正しくて、何が美しくて、何が正解なのかを静観し、無心で作るという修行なのだと思う。


深夜2時を過ぎた頃、両手が冷たくなって震えだした。感じてはいなかったが、極度の疲労と空腹のためだ。

まだまだ作っていたかった。食事の時間も眠る時間も惜しく感じた。でも、致し方ない。私はフラフラと立ち上がって台所へ向かった。料理をする気にならないので冷蔵庫からカマンベールチーズを出して、切らずに丸ごとかじった。涼のワインのお供にと買っておいたものだった。

涼とは、もう数日も連絡をとっていない。

特に用事もなかった。

人形を作り始めてから、私はあからさまに涼を面倒がっている。2人で何もしないで過ごす、飲んで寝るだけの贅沢な時間を、今は勿体無いと感じている。私の作り出すものに関心のない涼に会いたいとは思えない。涼だけではなく人形に興味のない人間と話す事は、今の私には全て無駄でしかない。

どうして私は、こんなにも切羽詰まったように人形を作っているのだろう。

人形が欲しくなった理由は、何だろう。

欲しいけれど買えないからと涼にも言ったけれど、それは何故なのか。

チーズを水で流しこんで、一息ついた。発酵か進んでいたのか、ツンとした匂いが鼻腔に刺さる。

ミィを作り終えた時に、きっと何か解るかもしれない。解らないかもしれないけれど。

夜明け前、遂にハニワ大福から脱却し、人の顔だと思える代物が出来上がった。

何時間も粘土を盛り付けては削り落とし、粘土の冷たさでかじかむ手に耐えながら作り上げた。

地中深く埋もれていた宝物を、素手で掘り当てたかのように、私は身震いしてベソをかいていた。待て待て、また陶酔して、トリップして、良く見えるだけなのかもしれない。

私は寝室の姿見の前に立った。

闇色乙女の言う、鏡で歪みチェックをするためだ。薄桃色のタオルでくるんでそっと持つ

ミィの空っぽの両目はじっと私を見上げている。

産まれたての赤ん坊を抱いているようだ。

斬首された生首に見えなくもないけれど。

生々しさと儚さに包まれた生首を、姿見に向き合わせる。

ミィは決して美人ではないけれど、歪みのない目線でこちらを見据えていた。

待ちこがれた瞬間だった。


生まれたてのミィが乾燥しないうちに、濡れたふきんで包んでラップで軽く巻く。乾燥してしまうと、顔の造作を弄るのがまた難儀だ。

明日、もっともっと落ち着いた状態で再チェックしてコミュニティにアップしよう。

冷蔵庫の隅にうやうやしく運んで扉を閉めた。













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