構想

方眼紙なんて、いつ以来だったか。

中学生の頃に?座標を書いたような。あれって方眼じゃなくてただのマス目だったかな。

丸まった四方を手のひらでさすりながら、そんな事を思っていた。


指南書の工程はとてもとても長く、しかも初めての事なだけに余計長く。

とにかく第一段階に突入した。

方眼紙を使って、人形の等身バランスをみながら製図を書くという段階。

真正面からと、側面からと。

初心者は大きすぎも小さすぎも作りにくいのだそうだ。

適正な大きさは約50センチ前後とある。

50センチ??

結構な大きさではないか。リカちゃんやジェニーちゃんは30センチもなかった。

人間の新生児ぐらい…ということだ。


【方眼紙の真ん中に、縦に正中線をひく。

まずは右側だけを描いて、

バランスよくかけたら左側も描いていく】


さらりと解説されているが、もはや難しい。

正中線をひいたまでは良かったが、50センチの枠内に、バランスよく理想のスタイルを納める事が出来ない。

美術の心得など皆無な私には、人体の等身バランスなどあるわけもなく、ただひたすら描いては消してを繰り返した。

イメージしている高級外車の人形をと、メモ用紙にあれこれと描いた落書きたちは、山の様に積み重なった。どう描いても高級外車人形の絵が描けない。

あの時、脳裏に浮かんだ小さな女の子。その子なら描けるだろうかと鉛筆を動かしてみたが、それもまた上手くいかず、それでも高級外車人形よりはまだ、イメージ図としてはカタチになっているように思えた。


ミィとはじめから名前をつけた。

8歳ぐらいの女の子。小生意気そうな、ツンとした表情で、リネンのエプロンワンピースを着ている。

ミィは多分4等身?

50センチの枠内に、4等身ということは

12.5センチの頭4つなわけだ。

50センチの枠を、上から4分割してみる。

結構な頭の大きさだ。

これでいいのかどうかすら分からない。

指南書を手に入れてから半月。

その間に休みは3回あった。涼とはあれっきりで、今日は連絡しなかった。

涼からも、なかった。

寂しいこともなく、今はミィのことが第一だった。


SNSに人形制作のコミュニティを発見したのは、発泡スチロールの切り出し工程に入る直前だった。

初心者から上級者までが集い、質疑応答や制作過程の画像が沢山アップされていた。

私のようにはじめたばかりの人も多数いて、ネット上のカルチャースクールのようだった。

自己紹介欄に、早速私も書き込んだ。


マリモ》こんにちは。人形作り初心者です。色々と教えてください。北海道在住です。


マリモというハンドルネームに特に理由はなかったが、北海道在住だしそれっぽいかなと思ったのでそうした。

私の書き込みの直前にも一件、初心者と思われる人の自己紹介があった。


闇色乙女》はじめまして。人形制作をはじめて半月の闇色乙女と申します。よろしくお願い致します。人形制作の他に、衣裳制作もしております。


闇色乙女…

ハンドルネームから、ゴシックで耽美な匂いがプンプンした。

街中でたまに見かけるゴシックロリータの派手な衣装に、何故だか素っぴんの女の子たち。

明らかに目立つのに、目立ちたくないと言うように俯いてそそそと早足で歩いていく女の子たち。

じっと見てはいけないような、見かけると目をそらさなくてはいけないような気持ちにさせる女の子たち。この現実世界で、夢の世界に生きている。

そういった闇色乙女たちの中では、人形というアイテムは当り前にあるもの。というのを、このコミュニティで知ったのは最近だ。

私には分からない。そういった類の人が多くこのコミュニティにいるからといって、そうでなければいけない事もないのだし。

人形作りをしているだけで特殊なのに、それ以上更に特殊になってしまっては、などと考えた。

目立ちたくないのに、目立つ格好を好んで、特殊な事をして、特殊だと言わないでというような矛盾が、なんだか無性にムカムカさせる。


発泡スチロールは、人形の芯材としての役割を果たす。

方眼用紙に書いた製図を元に、それに見合った大きさのスチロールを切り出す。

頭、胴体、腕、足

大まかに分けて4つのスチロールが必要になる。


【発泡スチロールは切り出すと静電気が発生し、飛び散りに注意が必要です。

大事な工程ですので、慎重にすすめましょう】


発泡スチロールを切り出すという作業を、ごく普通の日常でやった事のある人は、世の中にどのぐらいいるのだろうか。

ギチギチとスチロールが軋む嫌な音と共に、ポロポロとスチロールの破片が落ちる。

破片は落ちてとどまらず、ふわぁとあちこちにへばりつく。

無数のスチロールの破片が、無重力状態で浮かんではどこかに着地する。私の両手もびっしりと白い破片がこびりついている。

払っても振っても落ちる事なく、ぴたりとくっついたままだ。


マリモ》スチロール作業はほんとにキツイですね!部屋中スチロールクズだらけになりました(o_o)!


コミュニティの制作過程に、真っ白になった手の画像をアップした。


闇色乙女》マリモ様、お疲れ様です。私は今やっと粘土作業に入りました。スチロール作業は大変ですが、丁寧にしておくと後が楽ですよ。


すぐさまコメントが入った。闇色乙女だ。

闇色乙女は淡々とした文章で、既に先を行ってますよと言う。顔文字のひとつもなく、なんだかはしゃいでる私がちょっとバカっぽい。

別に私に構っていただかなくて結構ですわよ!と内心呟いた。


美智子》マリモさん、頑張ってますね!私は最近は球体関節人形は手掛けていませんが、とても大変でしょう。ガンバです!


ガンバです!に吹き出した。

美智子さんは年配の人形上級者だ。

色々な初心者たちに親切に質問に答えたり手ほどきをしている。

昔、球体関節人形を作っていたそうだが、今はもっぱら招き猫専門なのだそうだ。

犬派なのに招き猫を作るなんて不思議でしょう?でもね、知らないから作れるってあるのよね。

そんなやり取りをした。

そして、あまりおおっぴらには話していないのだけど…と続け、

華南先生の門下生だったの。と。

華南先生とは、あの高級外車の人形作家である。なんと。こんな出会いがあるものか。

交通事故で急逝した華南先生の事、当時の教室風景や作品の事など、美智子さんは1つ1つ私に個人宛メールで送ってよこした。

きっと誰も知り得ない、故人となってしまったカリスマ的人形作家の当時の様子。

私は運命的なものを感じ、そしてそれが必然に違いないと興奮した。


発泡スチロールの切り出しを終え、スチロールの破片と格闘し、なんとかゴミ袋に収め終わった。それでもなお、部屋の壁や照明の傘にまでスチロールの破片はくっついている。

掃除機で吸い取ってやろうと動くと逃げる。

掃除機の排気でまた逃げる。逃げる逃げる。

とりあえず、見える範囲の破片は何とかした。

一息ついた所に連絡が来た。

涼だ。

涼{そっち行っていい?)

掃除機のコードをグルルっと巻き取りながら考えた。

こらから粘土作業をしたい。だから今日はやめておく。と言えば良いのか、今日はごめんというべきか?

既読がついてから数分たってしまった。

涼{やっぱいいわ)

いつもなら即返事してきた私が、既読をつけたまま放置した事に苛立ったような文面だ。

無理もない。

だけど私は謝らない。今日こそ闇色乙女よりも先の工程に進みたい。同時期に始めたからなのか、闇色乙女を随分と意識している自分がいる。

涼に、またねと返信し、ピンク色の包にを手にかけた。遂に石塑粘土の登場だ。


闇色乙女はとてもマメに制作過程をアップしている。大変だとか、どうとかこうとか言わないで、淡々と、粛々と作業しているようだった。

イイネ!ボタンを押すのも癪にさわる。大人気ないけど。


闇色乙女》粘土作業は楽しいですね。今日はシエルさんのお顔を造形しました。


シエルさん。なるほど、闇色乙女も自分の人形に名前をつけたようだ。お顔と表現するあたりが、闇色乙女らしいなと思う。

私のミィは、まだお肉がついていない。スチロール芯の骨のままだ。







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