第8話 モスクワ

 翌日の昼休み、雄一郎から銀花の携帯に電話が掛かってきた。

『あの銀花さん、学校に電話して申し訳けない』

『はあ、何でっしゃろ?今度は樹里さんは病院から失踪されはりましたか?』

『……その通りです。昨日の夜病院に行ってちょっと話し合ったんですが……今日の午前中に病院を抜け出したようで……申し訳けない。ちょっときつく言い過ぎてしまった』

『また誘拐されはったっちゅう事もあるんやろか?』

『いや、それは無い。そういう事をやりそうな連中には全て釘を刺しておいたから』

『それでまた恨みを買ったっちゅう事は?』

『……』

『まあ、ウチも単なる失踪と思うんやけど。念のため』

『……』

『ほな、ウチはモスクワに行ってきます。ちーっと伝手つてもあるさかい、万一マフィアが絡んでいるっちゅう事なら何とかしてきます』

『銀花さん、ありがとうございます』

『へえ。どうせ行くつもりやったから。樹里さんが誘拐されはった時に指示を出していたロシアん方の音声を手に入れましたさかい。誰の声か聞いてきます』

『へ?本当ですか?……やっぱり。警察より千倍役に立つな。あの……もしもマフィアとの交渉になってお金が必要なら一千万円までならお任せしますんで』

『……へえ。金額の上限が分かって助かりますう』


*  *


 放課後、俊哉と夜古が銀花の教室に駆け込んできた。

「銀花さん、お願いがあります」

「なんでっしゃろ?」

「僕もロシアに行きます。すみませんがお金貸してください。後で必ず返します。銀花さんならなんとかなるでしょ」

「……」

「たった今、樹里さんからメールが来たんだ。今、成田空港でこれからモスクワに行くって。それなら僕もモスクワに行って銀花さんの仕事を手伝うよ。その後で樹里さんに会って連れ戻す」

「お金の事は心配しーへんでもなんとかなります。ロシアんビザも大使に頼んで即日出してもらいましょ。しかし……神田さん、これは危険ですよ。昨日、神田さんが言うてはったように」

「だって銀花さんはマフィアに会うんでしょ。それなら僕も行く。紗枝や樹里さんをここまで追い詰めた奴を僕だってゆるせないよ」

「……ほな、ウチは今晩から行きます。神田さんは明日、ビザをもろうてから明後日の飛行機で夜古ちゃんと一緒に来てくだはりますか?」

「へ?そんなに早く?」

「へー。月曜日に刑事さんが学校に来るさかい、そん前に日本を出ておきたいんや」


*  *


 二日後の土曜日、二月二十六日。夜古と俊哉は成田空港のロビーで飛行機の出発を待っていた。

二人ともぱんぱんに膨らみまくった新品のダウンジャケットを脇に置いて並んで椅子に座っている。

「銀花さんは平気なの?今頃マフィアと交渉してるんじゃないの?大丈夫なの?」

「へいきへいき。慣れてるから。それに銀花ちゃんはロシア語ぺらぺらなんだ」

「え?そうなの?」

「昔、ペテルスブルグに住んでたんだよ。銀花ちゃんはね」

「え?夜古さんは違うの?」

「私はインドにいたんだ。ムンバイ。へへへ」

「……」

「はい。それではですね神田君、よーく聞いてください。今回の作戦の説明をします。ははは」

「……」

「実は今回関わったマフィアの目星はもう付いたんだよ」

「まあ、そうだろうね」

「だけど裏をとりたいよね。だからそのマフィアに敵対しているファミリーで、その人の事をよく知っている人を紹介してもらったんだ」

「え?大丈夫なの?」

「まあ、お金払ったからね。しかしね、その紹介してもらった人はかなり上の方のボスなんで、その部下の部下に別ルートから声をかけたんだ。それでその人と会う場所にそのボスにも隠れて待機していてもらって、下っ端が裏切ったら介入してもらう」

「う~ん、大丈夫かなあ」

「まあ、他にもいろいろ仕組みは考えてるから」

俊哉は深く考え込んでいるようだったが、下を向いたままぼそぼそと言った。

「……マフィアに話をするのは僕がするよ。夜古さんや銀花さんにはとてもそんな危険な事はさせられないよ。僕も英語なら少しはできるから」

「え?別に、私たちは大丈夫だよ?」

「……今度の事は僕にも原因があるんだ」

「え?何で?」

「いや……実は僕も、樹里さんは僕に気があるんじゃないかと思っていた。僕がはっきり態度を決めるべきだった」

「う~ん、でも、もしそうなら樹里さんの方が先に婚約者と別れるかどうか決めるべきだよ」

「まあね。でも樹里さんにはそれはできないと思うよ。僕が先に返事をしないと」

「ふーん、甘やかしすぎだと思うけどね。私は」

「……あのさあ、ずーっと考えてるんだけど……」

「何?」

「もしかしたら『僕とデートだと思った』って言ってるのも樹里さんの狂言じゃないかなって思い始めた」

「へ?どういうこと?」

「もしかしたら樹里さんの方が紗枝を利用したのかも。そう考えるとすっきりするんだけど、ていうかロシア・マフィアに誘拐されたのも含めて、全体すべてが樹里さんの仕組んだ狂言だとすれば、理屈ではすっきり説明できるんだけど。……とっても信じられない話だけどね」

「やっと樹里さんの方に関心が向いてきたね」

「え?」

「ははは」

「……まず、樹里さんが紗枝に恋愛相談したって話、それ自体が不思議だ。いつも僕と一緒にいる紗枝にいきなり恋愛相談するかあ?あの人見知りの樹里さんがさ、仲も良くなくてしかも変人の紗枝に?」

「う~ん、宣戦布告しておきたかったのかも」

「いや、それはないだろ。回りから固めるタイプだよ、樹里さんは」

「……そうなんだ」

「で、その恋愛相談と同時期に紗枝は『なぜか分からないけど』マフィアと知り合って、樹里さんを眠らせて引き渡した。このタイミングは偶然なの?」

「……」

「ねえ、ロシア・マフィアへの依頼者って本当に樹里さんのお父さんの商売敵だと思ってる?」

「うーん」

「母方の親戚が頼んだっている話もあったけど、それを言うんなら樹里さんだってロシアの大富豪の孫娘なんだから、繋がりがあっても不思議はないよね。……で次に、ロシア・マフィアに協力してくれる生徒を探そうと思った場合、紗枝は最適だ。だって、紗枝は樹里さんをロシアに追い払おうとして協力するだろうし、そもそも普通の生徒だったら誘拐の手助けなんて話、絶対に乗らないよね。でも紗枝だったらやる。自分の利益に合致していれば。……じゃあここで質問。ロシア・マフィアが紗枝を選んだのは偶然なの?」

「……」

「それに顛末が冷凍倉庫に入れられて仮死状態で発見されたって事だけど、……ねえ、一般的に狂言誘拐を仕組んだとして、その顛末をどうやってつけるか苦労するんじゃないかと思うんだ。『犯人から釈放されました』ってのこのこ出てくれば警察から追求されてしんどいよね。その点、睡眠薬飲まされて冷凍倉庫で仮死状態だったら『記憶がありません』って言い張っていればいいんだから楽だよね。まあ発見が遅れたら死んでしまう可能性もあるんだけど。その点も父親の会社の倉庫なんだから。社員が探せばすぐに発見されるでしょ」

「ふーん、さすが推理小説ファン」

「……でも、どうしても分からないのは、マフィアに誘拐されて父親の会社の冷凍倉庫に入れられるなんていうとんでもない狂言を演じた動機だ。これをずーっと考えているんだけど……」

「……」

「とにかく、樹里さんに直接会って聞いてみるよ。それで万一、本当にすべてが彼女の狂言だとしたら、どこまで世間に話してどうやって謝るかを一緒に考えてあげなければならない。そうしなければ樹里さんはもう日本に帰って来ないし、そうなれば紗枝は犯罪者のままになってしまう」

「神田君、君はすばらしいよ。感動した」

「……いや、こういうの得意だから」

「いや、そのやさしさと責任感と行動力にね。惚れられるわけだな」


*  *


 モスクワのレストラン。日曜日の午後二時を回ったところだ。外はよく晴れていたが零下十七度。それに対して店内は壁一面の大きなガラス窓から低い角度で陽の光が差し込み、広い空間が完璧に温度管理されて実に快適な午後のひとときが実現されていた。ところどころのテーブルにお茶を楽しむ客が座っている。銀花と夜古は店の奥の方のテーブルに座り、入り口の方を気にしながらグルジア紅茶を飲んでいた。俊哉の方はいざという時に逃げやすいようにと一番入り口に近い席に一人で座る。やがて中年の恰幅のいい男が入ってきて、重そうなコートを脱ぎながら俊哉に声をかける。

「日本人はすぐわかるからな。お前だろ」

「神田俊哉だ」

「で、俺になんの用?東京から来たんだろ?」

「ちょっとお願いしたい事があるんだ。この音声ファイルを聞いて欲しい」

そういうと俊哉はスマホを捜査して紗枝が録音した日本人とエフゲニーと呼ばれる人間の会話を聞かせる。中年の男はだまって聞いている。

「この中で電話の向こうでしゃべっているやつがいるでしょ。エフゲニーって呼ばれてる。こいつが誰だか分かる?」

「いや、知らない。それにこの声は電話の向こうだろ?ほとんど聞こえないじゃないか」

「知らない?じゃあいいんだ。もし知っていたら、こいつにこのUSBメモリーを渡して欲しいんだ」俊哉はダウンジャケットのポケットから取り出したUSBメモリーを男に見せる。

「何?」

「いや、暗号化されているから中身はわからないんだけど。日本にいる知り合いから頼まれた」

「おい、それ貸してみろ。ちょっと俺の知り合いに聞いてやるよ。顔の広いやつがいるから。エフゲニーっていう奴の事」

中年男はそういうと俊哉からUSBメモリーを無理やりひったくり、コートを羽織って店から出て行った。外の道路で誰かに電話をしているのが見える。


 銀花はイヤホンでその男の会話を聞いていた。男がひったくっていったのはUSBメモリーの形をした無線マイクだからだ。

『おい、エフゲニー、なんか日本人のガキがお前の事、探しているぞ』

『え?なんだって?……俺、最近日本の仕事をしたんだよ。たぶんその関係だろう』

『なんか知り合いに頼まれてメモリーを渡したいって言っていやがる。このためにわざわざ東京から来たってよ』

『何それ?なんかちょっとやばそうだな』

『お前、何やったんだ?』

『いや、ちょっと頼まれてね、女の子を誘拐した。ロシア人とのハーフだ。それでその子を父親の会社の冷凍庫に入れてやった』

『ひどいな。ははは』

『死んではいないはずだけど、まさかロシアまで追ってくるとは思わなかったな。しかしよく俺の事が分かったな。絶対分かるはずないんだけど。……ちょっと厄介な事になるかも』

『お前の声、録音されてるぞ。……まずいだろ。日本人を……』

『いや、ハーフだ』

『で、どうする?ばらしといてやろうか?』

『ああ。頼むよ。恩に着る』

『高いぞ。これは』

『ああ。今度マクドナルドでおごるよ』


 中年男は再びレストランに入り俊哉のテーブルに戻ると立ったままで言った。

「俺の知り合いがエフゲニーっていう奴を知っているって言うんだが、相手を見なけりゃ話したくないって言うんだ。そいつの所に連れてってやるから、一緒に来てくれないか?」

俊哉は一瞬どうするべきか躊躇した。しかしその時、五~六人の男が店の奥のテーブルから立ち上がってぞろぞろと俊哉たちの方に歩いてきた。それを見て中年男が二~三歩後ずさりする。男の顔がみるみる引きつる。

「あっ、ボ、ボス。こんなところでお会いするなんて……」

「なあ、ユーリー、誘拐犯の味方をしたっていい事はないぞ。しかもなあ、きれいなお嬢さんを冷凍庫に入れるような残虐な奴のさあ。いかに日本での話だからってさあ、名前が割れる所まできたらかばいきれないでしょ」

「は、はい。ボス。今、ちょっと電話で話しただけです。奴の居場所を確認しようと思って」

「そうかそうか。じゃあ、この件は俺に預からせてくれるか?」

「はい。もちろんです。ボス」

そう言うとボスといわれる小柄な男は俊哉の方をおもむろに向いた。高そうなスーツを着た品の良さそうな初老の男だ。

「なあ君、まず自己紹介しよう。私はドミトリー・スパーノフだ。なんで君がこの件を調べているか知らないけどさあ。この件には色々裏があってさあ。簡単にはいかないんだよ」

そういい終わらないうちにグループの男の一人がジャックナイフを俊哉のわき腹に突きつけた。小柄な男が続ける。

「ちょっと事情が変わってね。エフゲニーにはこれから役に立ってもらう事があるんだ。だから彼を日本人に引き渡す事はできなくなった」

「……」

「何でナイフだかわかる?ナイフだと音がしないからね。それに痛くて声が出なくなるんだよ、わき腹刺されるとさ」

俊哉は促されるままに席を立った。店の入り口の方の様子を見る。距離にして十メートル程だ。男たちは店の奥から来たので、入り口側には誰も立っていない。ナイフを振り払って駆けって表に出られない事もなさそうだ。俊哉はちらっと銀花たちを見た。二人は店の奥のテーブルに座り、何も気が付かないようにまったりと紅茶を飲んで楽しそうに談笑している。


するとその時突然、店の入り口から金髪の少女が髪を振り乱して駆け込んできた。樹里だ。まだ指に包帯をしている。樹里は俊哉を見つけると、一瞬で状況が分かったようで俊哉に向かって叫んだ。

「神田君、こっち。早く走ってきて」

俊哉も叫んだ。

「樹里、なんでここにいるんだよ。危ないから表に出てろ」

しかし樹里は立ち止まって俊哉の方に手をさし伸ばすようなポーズをとる。

「神田君、大丈夫だから。早く走って来て」

ナイフを持った男が反対の手で俊哉の腕を掴もうとする。しかしその時にできた一瞬のすきに俊哉はその男のナイフを奪い取った。瞬時に男の仲間たちが俊哉から間合いをとる。相当手馴れた連中のようだ。そしてレストランの他の客たちも一斉に俊哉を見る。男たちが俊哉に飛びかかろうとしたので、俊哉はナイフを思いっきり左右に振った。すると一人の男の手にナイフがあたり、血が飛び散った。

女性客の一人が悲鳴を上げ、他の客も総立ちになる。

俊哉はナイフを投げ捨て、一目散に入り口に向かって駆けると途中で樹里の手を取った。それから二人はばたばたと走ってレストランを飛び出した。

 ドミトリーは俊哉たちを追っていこうとする部下を制止し、レストランの他の客の方に向き直って両手を大きく振って言った。

「みなさん、落ち着いてください。なんでもありません。ちょっと揉め事があって、お騒がせしました。申し訳ありませんでした」

そしてドミトリーは深々とお辞儀をすると、ハンカチで床に飛び散った血を拭き取った。

するとその他の男たちも客に頭を下げ、お騒がせしましたと口々に言った。やがて客たちも平静を取り戻し、席に座った。


 樹里と俊哉はレストランを出ると道路を走り、近くに待機していた大きなベンツに飛び乗ってすぐに車を出させた。

二人は激しく息を切らしていたが、やがて俊哉が言った。

「樹里さん、大丈夫?」

「うん。私は大丈夫。神田君は?怪我はない?」

「うん、僕は平気。誰かに怪我をさせちゃった。……驚いたよ。何でここが分かったの?銀花さんに聞いた?」

「うん今朝、銀花さんから聞いて心配になって……」

「病院を抜け出してロシアに来たのは何で?マフィアに狙われたのに危ないじゃない」

「だってここは、お母様の国だもの」

「……そ、そうだね」

「神田君が心配になって。マフィアと話をするって銀花さんから聞いたから。いても立ってもいられなくなって。強引に頼んで場所を教えてもらったのよ。私でもロシアでなら少しは役に立てるから」

「ありがとう。でも樹里さんはもう危ない事に関わらないでね。全部、僕がやるよ」


少し落ち着くと俊哉は夜古に電話をかける。

『夜古さん、大丈夫?』

『こっちは大丈夫。今、りんごパイ頼んだところ。ははは。神田君は?』

『大丈夫だよ。今、樹里さんと車に乗ってる。渋滞してるけど誰にもつけられてないと思う。』

『たぶんね。ちょうどお店に政府の偉い人がいたらしくてね、マフィアも追って行けなかったんだよ。おとなしくお茶会に戻った。ははは。いやあ、派手にやったね。驚いたよ』

『つい暴れちゃった。ナイフ突きつけられて』

『ボスに脅されたからね。ごめんね筋書き通りに行かなくて』

『いや、いいよ。彼らもただ脅しのポーズとってきただけなのかもしれない。……で、樹里さんが来るって分かってたの?驚いたよ』

『いや、私もついさっきまで知らなかったんだ。今朝、銀花ちゃんが樹里さんに連絡したら、どうしても場所を教えてくれって言われたんだって。まさかこんな展開になるとは思わなかったからね。ごめんね』

『そう』

『樹里さんのお父さんにはこれから連絡してあげる。モスクワにいるってね』

『いや、僕たちはこれからペテルスブルグに行くよ』

『えええ?そうなの?』

『今から列車で移動する。マフィアに怪我させちゃったから空港には行けないよ。どこまで手が回っているかわからない。樹里さんも一緒だから無理なことはできないし』

『う~ん』

『ペテルスブルグの樹里さんのお母さんの実家にしばらくお世話になる事にした。しばらく日本には戻らないかもしれない』

『え?本当?大丈夫なの?』

『この機会に樹里さんともじっくり話すよ。……それより紗枝の方は?』

『実はね、紗枝さんからもメールが来たよ』

『え?』

『もちろん匿名アカウントからなんだけど。しばらく湯河原にいるって』

『そうか……良かった』

『まあ、なんとかするよ。ははは』

『う~ん。よろしく頼むよ紗枝の事。本当に危ないやつだから』

『じゃあね。また連絡するよ。明日は誕生日だね。……一日早いけど、誕生日おめでとう』


*  *


レストランではドミトリーがにやにや笑いながら銀花と夜古のテーブルに来た。ギンギンに冷えたウォッカの入ったグラスを持って銀花の隣に座る。

「銀花ちゃん、あんなもんでいいのかな?」

「へー。完璧やなあ。おおきにです。部下ん方が怪我をされてしもうて堪忍や」

「ああ、ちょっと手を切っただけだ。あんな小僧の振り回すナイフなんて何でもないよ。それよりさ、銀花ちゃん、双子なの?」

「ヘー。夜古いいますが、夜古はロシア語ができへんのや」

銀花が夜古の方を見て言うと夜古は微笑んで軽くお辞儀をする。

「そうなの……。銀花ちゃんのロシア語はちょっとフランス語訛りで可愛いねえ。どこにいたの?」

「ペテルスブルグや。もうだいぶ前になるんやけど」

「そうなんだ。ナターリヤと同じだね」

「へー。ナターリヤさんをご存知ですか?」

「ああ。ニコライ・エミリヤネンコの末娘。……熱い女だったよ。日本人の男と付き合って、で結局家族の大反対にあって駆け落ちしたんだよな。それで生まれた娘がさっきのお嬢ちゃんだろ?俺はその頃エミリヤネンコ家で働いていたんだ。ソビエト崩壊で世の中が滅茶苦茶になった時にね。みんな仕事が無くなって食えなくなった時にさ、俺はずいぶん世話になった。だからこの件も受けたんだ。金だけじゃ受けないよ。ナターリヤの事も思い出してね。彼女の娘の駆け落ちなら手伝ってあげようって。こんなくさい芝居までしてさ」

「それで、エフゲニーさんの連絡先を樹里さんのお父さまに教える件はどないなりましたやろか?伝えてよろしおますか?」

「ああいいよ。あいつはもういいんだ。裏切り者だから処分する予定だった。俺も自分の手を汚さなくて助かる。……あいつも最後に役に立ってくれたな。ははは」

そう言いながらドミトリーは携帯を操作してエフゲニー・グレベノフというフルネーム、そして携帯の番号を銀花に見せる。銀花はすぐにその情報とエフゲニーが電話の向こうでしゃべっている二つの音声ファイル、それとドミトリーから聞いたおおよその居場所を鮫塚雄一郎に送った。

「ははは。ボーナスミッションも完了だね」それを見て夜古が笑う。


「銀花ちゃん、京都でジャパニーズ・レストランやってるの?」

「へー。ちっぽけなところやけど」

「俺も日本にはよく行くんだよ。ほとんど東京だけどさ。今度行くとき京都に寄るよ。その時は連絡するからさ。行っていい?」

「へー。それはおおきに」

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