群像
アナウンスが流れ、三階の訓練室は狂乱に包まれていた。
階下から、施設全体が揺さぶられるような振動と、爆発音が鳴り響いている。
総勢五十名にも及ぶキャストたちは、我を忘れたかのように、階段へ向かって一斉に走り出した。
そこへ、階下からオペレーターたちが駆け上がってきたものだから、階段付近はすし詰め状態となり、訓練室から外へ出られない人、階段を転げ落ちていく人、転んでしまい、後続に踏み潰される人など、方々で悲鳴が上がり、怒号が廊下に響き渡った。
一体、この施設に何が起こっているのか。皆が不安に駆られている。オペレーターたちは、モンスターが、と叫び散らしていて、それが人々の動揺に拍車を掛けていた。
誰もが自分を優先し、我先にと前へ出ようとするものだから、避難行動は遅々として進まない。不安は頂点に達し、今にも爆発しそうになったその時、
「静かにしなさいよ!」
一人の少女が、そう叫んだ。
意志の強そうな黒い瞳の横、肩口の辺りで髪の毛が揺れている。
「怖がっても仕方ないでしょ! 自分が助かりたいから、他人を蹴落としていくわけ!?」
少女が怒鳴り、辺りはしん、と静まり返る。
しかし、それは演技だった。少女も同様に不安だった。
「そうだ、ゆっくり行こうぜ。女が優先だ、女が!」
その横で、ニットキャップを被った男が、周囲に声を掛ける。
群集はどうにか落ち着きを取り戻し、列を作り、階段を上っていった。
それでもやはり、そう早くは進まない。
少しずつ不安を募らせながら、人々は列が進むのを待つ。
そこへ、今度は制圧部が駆け上がってきた。勇猛果敢で鳴らした制圧部であったはずだが、誰しも怯えた顔をしていて、中には血を流している者もいる。
「早く逃げろ! 怪物が来るぞ!」
銃を構えた男が叫んだ。
折角収まりかけていた狂乱が、再び人々を支配始める。そしてそれは、モンスターの群れが階段を競り上がってきた瞬間、ピークに達した。泣き、喚き、嗚咽を漏らす。最早、避難行動に清廉さを求めることなど、不可能に思えた。
「階段を死守! 陣形整え!」
制圧部のリーダーである男が、必死に号令を掛ける。
日々の訓練の賜物か、かろうじてその声は部隊員の耳に届き、彼らは階段に陣形を作り、モンスターを待ち構えた。
やがて、銃撃が響き渡る。
階段上方に陣を構えたこともあり、戦況は制圧部が有利だった。モンスターは次々に階段を転げ落ちていき、階下に屍の山を築き上げる。その間に、群集は上へと進み、階段に溜まっていた人の数はようやく終わりを見せ始める。
しかし、モンスターは、人ではない。
尋常ならざる跳躍や、あるいは腕力でもって、銃撃に対抗する。コボルトが壁を蹴り、オーガやオークは仲間の死体を放り投げる。
陣形は崩れた。
そこへ、次々とモンスターが流れ込んでいく。
「うわあ!」
白衣を来た細身の男が悲鳴を上げた。もう一人の白衣を纏った男に縋りつくが、あえなく蹴り落とされ、モンスターの前へそのやせ細った体を晒す。
あわや、ゴブリンの餌食になろうかというその瞬間、一人の少女が、長い黒髪をなびかせながらモンスターの前に躍り出た。
少女は落ちていた銃を拾い上げると、足から滑り込むように体を傾けつつ、銃を乱射する。モンスターは蜂の巣となり、その場に仰向けに倒れ込んだ。
少女は、初めて撃った実銃の重たさに驚きつつ、同時に、言い知れぬ興奮を覚えていた。
激しい振動が、三階のフロアを揺らす。
訓練室の扉がぐにゃりと拉げ、弾け飛んだ。
その隙間から、魔王がその姿を現したのを、少女は見た。
魔王は天井に向かって火球を投げつけると、さらに上層へと昇って行く。少女はその妖気に触れ、立ち竦んでしまう。
隙を突いたかの様に無数のモンスターの群れが、いつの間にか少女を取り囲んでいた。少女は引き金を引き、無数の銃弾を浴びせ、制圧部の生き残りも、彼女を助けるべく駆け寄り、銃を撃ち続けた。しかし、多勢に無勢。数で勝るモンスターに、彼らの弾は尽きていく。最早これまでか、と覚悟しつつも、一体でも多く倒そうと奮闘する彼らに、モンスターは容赦なく襲い掛かった。
一人、また一人と倒れていく。
彼らは後退しつつ、それを食い止めるが、しかし、それももう限界だった。
最後の弾丸を撃ち終え、少女は銃を投げつける。
そして、諦めた。
これから起こるであろう惨劇を予測し、身を震わせる。
その時、後方から無数の光弾が降り注ぎ、次々とモンスターの体を貫いていった。同時に、赤い鎧を身に纏った男が、周囲の怪物を薙ぎ倒していく。
男は、どこの言語かも分からぬ異国の言葉を、生き残った者たちに投げつけた。しかし、その意味は理解出来る。少女と、生き残りの制圧部は、肩を並べ階段を駆け上がった。
赤い鎧の男と、三角帽子の女。
それに対峙するモンスター。
やがて、双方は激突する。
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