逃避行のその先

『研究室副長の諸田だ。所長から指令を受け、代わりに全職員へ通達する』


 アナウンスが地下四階のフロアに響き渡る中、平太郎とサーリは、壁の陰に隠れるようにして、追っ手から逃れていた。

 地下四階へは未だ電力が行き渡ってないためか、照明も無く、隠れるには最適の場所だった。階段から漏れる光のおかげで、全く見えないほどではないのも、都合が良かった。


 このフロアは、それまでのフロアとは違い、複雑な構造をしている。区画が細かく網の目状に分割されていて、部屋数がかなり多い。ガラス張りの部屋はどれも狭く、個人で使用する部屋のようだ。


『ただ今この施設内に、二人の人物が侵入している。一人は拍子木平太郎。学生服を着ている。もう一人は、白いローブを羽織った少女の二人組だ。見つけ次第、総合司令室まで連行するように』


 フロアの入り口を見ると、武装をした数多くの人間がこのフロアにやって来ていた。ヘルメットに付けられたライトがフラフラと揺れている。その数は二十を超えているだろう。


 その先頭を、二人の白衣の男が歩いている。ここからでは見え辛いが、一人は、先ほど平太郎がぶつかった眼鏡の男だろう。もう一人は、そのシルエットから、背が低く、太っていることが分かる。

 二人とも、片方の手には懐中電灯、もう一方に小型の拳銃を握り締めていて、周りを窺うようにしながらフロアに足を踏み入れた。


『尚、そのうち一人は武器を所持している模様。警戒して当たられたし。非武装の職員及びキャストは、速やかに地下三階の訓練室まで避難、指示あるまでそこから動かぬこと。以上だ』


 ブツッと耳障りの悪い音が鳴り、アナウンスは終了した。


 武器なんて、もうあと一本しかないんだけど――と、平太郎は手にした杖を小さく振る。しかし、アナウンスを信じるならば、彼らに発砲の意思は無いようだ。鵜呑みにして良いものかどうかは、分からないが。


「せっかくキャスト被りなんて事態を起こしてやったのに、副長はお元気ですねえ」

 誰かが笑いながら言った。

「二人を捕まえれば、大人しくなる」と誰かが答える。

「拍子木平太郎くーん!」

 男の声がした。恐らく、眼鏡の男だろう。

「平太郎君。どこにいるんだい。出ておいでー!」


 緊張感の無い声がフロアに響き渡る。

 こういう時にこういうことを言う相手は、絶対に信用してはいけない。

 けれど、このまま多人数でこのフロアを捜索されてしまうと、幾ら区画が細かく分かれているとは言え、見つかるのも時間の問題だ。上層へ行くためには、階段辺りにたむろしている彼らの包囲網を突破しなければならないが、それは至難の業に思える。


「……サーリ」

 平太郎は小声で、隣で身を縮めているサーリの名を呼んだ。

「……はい」

 サーリは杖を両腕に抱いたまま、精一杯体を丸めている。


「ごめん。こんなことに巻き込んじゃって」

 平太郎は、ずっと謝りっぱなしだった。謝らないで欲しいと言われても、どうしたって申し訳ない気持ちが込み上げて来る。

「私なら、大丈夫です」

 サーリはそう答えた。


 アナウンスでは、二人を連れてくるようにと言っていた。

 でも、この連中が欲しがっているのは、サーリの方だろう。あいつらは特殊な力を持っている女性を集めているようだし、サーリを捕まえて、実験か何かをするつもりなのかもしれない。


 そんなことだけは、させてたまるか。


 平太郎は荒くなる一方の呼吸を抑えるため、大きく深呼吸をする。

 吐き出した息は、細かく震えていた。


 何て情け無いんだ。

 女性であるサーリの方が余程落ち着いている。あのグリウルの時だって、彼女は果敢に立ち向かっていた。俺だって、せめてそのくらいはやってみせないと――、


 そこで、平太郎はサーリの勇姿を思い出し、この状況を抜け出すアイディアを思いついた。


「サーリ、あの魔法、使える? グリウルを引き付けた時に使った」

「声の魔法ですか? はい、出来ます」

 サーリの返事を聞き、平太郎は物陰からフロアの入り口に視線を送る。銃を構えながら、迷彩服の男たちが列を作り、ゆっくりとこちらに向けて歩を進めている。

「こっち」

 平太郎はサーリを連れて、中腰の体勢で闇の中を歩き、フロアの左端、最奥へと向かった。そして反対側前方を指差す。

「あそこ、一番右前から、壁を沿うように右後ろまで、順々に声を出す事って出来るかな?」

「……可能だと思います」

「それは、サーリが動きながらでも?」

「はい。一度発動させられれば、しばらくは」

「よし。じゃあ、あいつらを少しずつ引き寄せて、気を取られている隙に、階段を上ろう」

「……分かりました!」


 サーリは頷くと、杖を握り締め、小声で何事か呟いた。

 しばらくすると、杖の先端が、青く光り輝く。それから、サーリは頷いた。


「こっちこっち、ここに隠れよう」

 平太郎は杖の先端に向かって、小声で呟く。

 その音に反応するように、フロア前方で、ザッと人が動く気配がした。物陰から覗いて見ると、光線の群れが、一方向に向けられ、それからゆっくりと動き始めている。


 平太郎はそのまま、左側の壁に沿うように、少しずつ歩を進めた。

「サーリ、こっち、もうちょっと奥」

「ここだよ、ここ」

「もっと奥に行こう。こっちだ」


 平太郎はそう囁きながら、声の発信源と対角線に位置するように、そっと動いていく。作戦は上手くいったようで、白衣の男たちも、迷彩服の男たちも、じわじわとフロアの奥へ歩を進めていた。


 もう少しでフロアの入り口まで辿り着ける、と思ったのだが、


「ヘータロー様、限界です」

 サーリは息を切らせていた。ゆっくりと移動していたものだから、かなりの時間を要してしまっている。


 どうする。このまま静かに歩いていくべきか。それとも走り出すべきか。声が途切れたのだから、どちらにしろ誰かしら振り返る可能性は大きい。


「走ろう!」

 平太郎は立ち上がり、フロアの入り口目掛けて駆け出した。サーリもそれに続くように後ろから付いて来る。

「後ろだ!」

 フロアの中で、誰かが声を上げた。そして、


 パンッ! パンッ!


 発砲音が鳴り響く。

 撃って来た!? 

 平太郎は驚き、怯えながらも、上り階段へと辿り着く。そして振り返り、サーリの到着を待った。サーリもまた、懸命に足を前に出し、こちらへ向かってくる。


 パンッ!


 再び銃声。

 同時に、サーリの身体が揺れた。

 縺れるようにして、サーリは上り階段ではなく、下り階段のほうへ向かっていく。


 そして、そのまま足を滑らせ、階下へと転がり落ちていった。


「サーリ!」

 平太郎は叫んだ。慌てて階段を下り、サーリが落ちた方へと向かう。

 サーリは階段の踊り場で片足を押さえて蹲っている。

「うう……」と小さな呻き声が聞こえた。


「馬鹿者! 撃つな!」

 誰かが叫んだ。そして、懐中電灯の光が、一斉にこちらに向かってやってくる。

「サーリ! 大丈夫か!?」

 平太郎は階段の踊り場まで駆け下りる。

「だ、大丈夫です」

 サーリはそう答えたが、その細い足からは血が流れて出していた。しかし、弾はサーリの足を掠めただけなようで、平太郎は一先ず胸を撫で下ろす。

「行こう! 立てる!?」

 平太郎はサーリを肩に担ぐようにして抱え、よたよたと階段を下りる。


 フロアを登らなきゃいけないのに、降りてばっかりだ!

 平太郎は悔しさのあまり、心の中で叫んだ。

 サーリが怪我を負ったのも、自分の無謀な作戦のせいだと嘆きたくなる気持ちで一杯だったが、今はとにかく逃げなければならない。


 平太郎は必死に階段を下り、地下五階へとやって来た。

 先ほどの階よりも天井はかなり高く、フロアは明るく照らされている。通路は目の前で、右と左に分かれていた。


 こういう時は、左側を選択するんだったか――どこかで得た知識を元に、平太郎はサーリを担いだまま、通路を奥へと進んでいく。


 しかし、通路はそこで行き止まりだった。右手に扉こそありはするものの、押しても引いても空きはしない。扉の横に、IDカードを掲示するパネルがある。対応しているカードでなければ、開くことが出来ない仕組みなのだろう。


 平太郎は絶望した。振り返ると、追っ手は階段を降り切っていて、もうすぐそこまで迫っている。迷彩服の集団を先導するように、二人の白衣の男たちが、少しの距離を取って平太郎と対峙した。


「終点が司令室とは、上出来じゃないか」


 眼鏡の男が、ニヤついた顔を浮かべながら、平太郎に向かって言う。

「遊んでいる場合か」

 それを嗜めるように、小太りの中年男が口を尖らせる。

 どうにか扉が開かないかと、平太郎はパネルをいじり、ドアを叩いた。しかし、一向に開く気配は無い。

「無駄だよ。電子ロックが掛かってるんだからさ」

 眼鏡の男が茶化すように言う。

「拍子木、平太郎くん」

 中年の男が、一歩前へ足を踏み出す。

「彼女をこちらに引き渡しなさい。そうすれば、儂も悪いようにはしない」

 その言葉に、平太郎は首を振った。

「そんな取引に応じる馬鹿がいるかよ」

 それを聞いて、眼鏡の男は口笛を吹き、中年男は大きく溜息を吐き出す。

「仕方ない。男を殺れ。女には当てるなよ。大事な被検体だからな」

 中年男はそう言って、投げ出すように一歩、二歩と通路の脇へ歩く。それに呼応するようにして、後ろで列を作っていた一人の男が、平太郎に向けて銃を構えた。

 平太郎も杖を突き出す。が、その男をどうにか出来ても、状況が変わらないことは明白だ。


 最早、成すすべは無かった。

 どういう行動を取ろうとも、サーリを助けることは出来そうも無い。

 何をしてでも、助けるつもりでいたのに、自分にはやはり、何も出来なかった。


「……サーリ、ごめんッ!」


 平太郎は、サーリを抱きしめ、庇うように背中を銃口に晒した。

 サーリにだけは、当たらないようにしなければ。サーリを無傷で手に入れたいという相手の思うツボだけれど、それだけしか考えられなかった。

「ヘータロー様ッ! いけません!」

 サーリが平太郎の中で暴れる。サーリにも、あの銃が人を殺傷する兵器だということが分かっているのだろう。しかし、平太郎はそれを押さえつける様に、強く、強く抱きしめた。


 その時、ウィィン、と滑るような音が鳴り、平太郎の横の扉が開かれる。


 中から姿を現したのは、インテリ風の細い眼鏡をかけたスーツの男だった。


「えっ?」


 その男は、目の前で何が起こっているのか理解出来ていないようで、素っ頓狂な声を上げた。

「ヘータロー様!」

 サーリが叫んだ。

 チャンスとばかりに、平太郎はサーリを抱きしめたまま、その部屋の中へと飛び込んだ。

 背後から「諸田ァァァ!」と怒号が聞こえる。インテリ眼鏡の男は、平太郎に突き飛ばされるようにして、扉の外で尻餅を付いている。


 平太郎たちが中に入ると、背後で扉が静かに閉まった。

 窮地を脱したものの、状況が好転したわけではない。

 何か、出来ないのか。この状況を変化させる何か――。


 周囲を見渡す。

 室内はかなりの広さで、階段状に下へ広がっている造りになっていた。正面に壁のような大きなモニターがあり、その手前に並ぶ机にには多くの人々が座っていた。皆一様に、入室してきた平太郎たちを見つめている。


 広い部屋。壁のようなモニター。


 もしかすると、出来るかもしれない。この状況を切り抜け、サーリを元の世界へと戻せるかも知れない。


「サーリ、降りるよ!」

「は、はい!」

 平太郎はサーリの手を引き、階段を駆け下りた。足の痛みがあるだろうに、サーリは必死に堪えながら、平太郎の後に続いている。

 後方から、大勢の人がなだれ込んでくる足音が聞こえた。先ほどの男たちが扉を開けて入って来たのだ。方々から驚きの声が上がり、「伏せていろ!」と中年男の声がする。


 一番下の段まで降りた平太郎は、サーリにそっと耳打ちした。


「冀求の門を、ここに出せる? 出来れば超特大のやつを」

 平太郎は前方の巨大なモニターを指差す。

「え!? でも、それは!」

「大丈夫。俺を信じてくれると、言ったでしょ」

 平太郎はサーリの手を掴むと、強く握り締めた。

「……分かりました!」

 サーリは決心したように頷く。平太郎はヅタ袋の中から、ぼろきれのような布を、魔法を唱えんとしている彼女にそっと被せた。

「ヘータロー様!?」

「これで、大丈夫。急いで、時間が無い!」

 平太郎に押し切られるように、サーリは目を閉じ、呪文を唱え出す。


 迷彩服の集団は、右と左、それぞれの入り口からなだれ込み、前方、左右に列を作った。そして、銃口を平太郎に向け、構える。

 平太郎はモニターの正面から、すこし中央へと進んだ場所に立ち、ズタ袋の中から残された最後のアイテムを取り出した。


 狩人ジョルスの笛――勿論、平太郎は笛なんて、小学生以来吹いたことが無い。それでも、大丈夫だと平太郎は確信していた。何の根拠も無かったが、そう感じた。


 やがて、後方のパネルに、黒い歪が発生する。その歪は次第に膨れ上がり、モニター上に巨大な楕円を形作る。

「出来ました!」

 サーリが振り返った。

 平太郎はサーリに離れるように促す。

 彼女はそれに従い、モニターから距離を取る。


「ありがとう、サーリ。俺を信じてくれて」


 平太郎はサーリに向かい、そう伝えた。平太郎が手にしたものを見て、サーリの口が、大きく開かれる。


 平太郎は振り返ると、向けられた銃口に向かって、笛を吹いた。

 お世辞にも上手とは言えないメロディーが、広い部屋に響き渡る。


 誰もが、何だこれはと言う顔を浮かべている。

 一体この馬鹿は何をやっているんだ、と。


 そうだ、と平太郎は笛を吹きながら心の中で叫んだ。

 俺は馬鹿だ。馬鹿で、平凡で、何の取り得も無い、何にも出来ない男だ。

 ラスト・リローダーでもなければ、救世主でも、伝説の英雄でもない。

 むしろ、これからやろうとしていることは、それと対極に位置する行為だ。


 一人の女性を守るために、この世界を破滅へ導く。


『王国に生きる人たちを守ることが、私の務めですから。その為ならば、私に出来ることは、どんなことだってやってみせます』


 俺は彼女ほど強くも無いし、偉くも無い。俺みたいな男は、何の犠牲も無しに、誰かをを救えやしない。

 それでも、俺は彼女を守ってみせる。彼女の世界へ返してみせる。その為だったら、俺がどうなろうと、この世界がどうなろうと、そんなの知ったことじゃない。


 何故なら、彼女だけは、俺を信じてくれたからだ。

 それだけで、俺はもう、十分なんだ。


 平太郎の心の叫びに呼応するかのように、冀求の門は一瞬、大きく膨らんだ。そして――、


 その膨れ上がった黒い球体から、無数のモンスター達が、この世界に姿を現した。ゴブリン、オーク、オーガ、コボルト、リザードマン、ワイバーン。その他何十種類ものモンスターの群れが、冀求の門から一斉に這い出し、司令室の中へ押し寄せてくる。

 オーガが、その手にした巨大な棍棒を振り上げ、まず初めに目に付いた平太郎目掛けてなぎ払った。平太郎は人形のように吹き飛ばされ、壁に全身を打ち付け、落下する。

 銃を構えた迷彩服の男たち、臥せっていた職員たち、布永室長とQと諸田は、そのモンスターの群れの出現に唖然とする。

 こんなことが、起こるはずが無いと、誰もが我を疑っていた。


「何だこれ」


 ぽかんと口を開けて、Qが呟いた。

 その声に反応するように、一匹のリザードマンが、Qに目掛けて飛び上がった。堅い鱗に覆われたリザードマンは、Qに覆い被さるように飛びつくと、鰐のように獰猛な顎を開き、その体を喰らおうとする。

 Qはリザードマンに組み臥されながら、悲鳴を上げて、手にした銃を乱射した。数度、破裂音が鳴り響き、リザードマンはQの上に覆いかぶさるように息絶えた。


 それが合図だった。

 モンスター達は一斉に吼え声を上げ、手近な人間目掛けて突進する。武器を持たぬものはわめき声を上げて逃げ惑い、武器を持つものは我に返ったように、銃を乱射する。あるモンスターはその銃弾に倒され、次のモンスターが人間へ飛び掛っていく。室内は狂乱に包まれ、至る所で銃撃音が鳴り響いた。


「ヘータロー様!」

 サーリは足を引き摺りながら、横たわる平太郎に駆け寄った。平太郎は全身を打ちながらも、小さく呻き声を上げる。

「ヘータロー様! ヘータロー様!」

 サーリは平太郎を抱きかかえながら、彼の名を呼ぶ。その目には涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちそうだった。


 平太郎は、薄っすらと目を開けた。

 全身が、まるで他人の体のように動かない。


 黒々とした冀求の門。

 その黒く開かれた門から、ゆっくりと、小さな魔王が姿を現した。

 その小さな身体から発せられる凶悪なオーラに、室内にいた誰しもが息を飲む。そして、蜘蛛の子を散らすように、方々へと逃げ出した。その後を追って、モンスターたちが跳ね回る。


 グリウルは静かに辺りを見回すと、壁際に倒れこんだ平太郎の方を一瞥する。

「サーリ……向こう側に、逃げろ……そして門を、閉じるんだ……」

 必死に口を開いた平太郎だったが、しかし、グリウルはフッと目を反らすと、その視線を天井へと向けた。

 そして、手を大きく開くと、天井に向けて巨大な火球を打ち出した。火球は天井を突き破り、上層階へと向かう巨大な穴を穿つ。天井の壁が崩れ落ち、平太郎とサーリの側へ落下してくる。それでもなお、グリウルは火球を吐き出し続けた。その度に司令室は大きく揺れ、天井は見る影を無くしていく。


『所長の篠川だ。全職員に緊急避難命令! ただちに地上へ避難せよ! 繰り返す、直ちに地上へ避難せよ! また、全校生徒に告ぐ。今すぐ校舎を離れ、山を降りるように。職員は生徒を誘導し、安全な場所へ避難させよ! 繰り返す――』


 崩れ落ちる室内に、アナウンスが鳴り響く。

 グリウルはそれを気にする様子もなく、上層に向けてゆっくりと飛び上がっていった。


 見逃した……のだろう。

 故意にではなく、サーリの羽織っている魔法の布のおかげで。


 周囲にモンスターの気配は無くなり、崩落しそうな室内に二人だけが残されている。

「大丈夫ですか?」

 サーリは羽織っていた布を取ると、平太郎を気遣いながら、その体を抱え起こした。

「……ああ……いや」

 平太郎の体に、徐々に感覚が戻ってくる。それは激しい痛みを伴っていて、どこかの部位を少しでも動かしただけで、平太郎は悲鳴を上げた。


 平太郎の視界の端、冀求の門の中から、何かが司令室へと飛び込んできた。

 その何かは、辺りを伺うように見渡すと、端正な顔を顰める。


「これは……」

 赤い鎧を身に纏った、勇者フリウは剣を抜いた。

 それに続くように、強靭な体つきをした戦士と、三角帽子の魔法使いが、冀求の門の内側へその姿を現す。

「おお、なんだここは」

「ボロボロじゃない。どうやら、始まっちゃったみたい?」

「サーリ様!」

 フリウはサーリに気が付くと、そちら目掛けて駆け出した。

「ご無事でしたか!」

「フリウ様!」

「モンスターの気配がありませんが……」

 その時、頭上で爆発音が起こる。司令室が再び揺れ動き、誰しもが天井を見上げた。

「上に、グリウルとモンスター達が!」

 サーリの言葉に、フリウは小さく頷く。

「バル! 彼を頼む!」

「おう!」

 バルと呼ばれた戦士は、平太郎の下へ近寄ると、脇に頭を突っ込むようにして、その体を抱え上げた。

「大丈夫か? 痛そうだな、我慢我慢」

 バルは豪快に笑い、その振動で平太郎は再び悲鳴を上げる。

「バルはサーリ様と彼を守れ。ララィ、行くぞ!」

「はいよ!」

 フリウと魔法使いは、階段を駆け上り、モンスターの後を追って上層へ向かった。

「俺らも行こう。兄ちゃん、痛みは慣れだよ、慣れ」

「いや、これは、慣れないたたたた!」

「ヘータロー様! お気を確かに!」

 そう言いながら、三人は階段を上り、司令室の外へと向かった。

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