疾走

 廊下を駆け抜ける。

 地下二階には、不安な顔をしたキャストたちで犇き合っていた。


 そして、どういうわけか、灰色の迷彩服に身を包んだ、銃器を所持している人間も数多くいる。彼らはキャストを地下三階の訓練室へと移動させるため、指揮を取っている様だった。


 ――あれは、制圧部の連中だ。緊急時だから、出張ってきたんだ。


 途端、緊張感が増す。

 彼らの間を通り抜け、1番のオペレータールームへと向かった。


「Q!」


 室内に入ると、床に這い蹲るようにして、なにやら作業をしている眼鏡の男がいた。

「やあ、チュウ君。どこ行ってたの? 僕に工具を取りに行かせて一人でサボり?」

 Qはそう言いながら、コードを抜き差ししている。脇には工具箱が置かれていて、様々な工具が乱雑に入れられている。

「聞いてくれ。この原因を作り出したのは――」

「山乃葉マリでしょ?」

 彼女の名前を言いながら、Qは作業をやめて立ち上がる。

「……どうして?」

「やだなぁ。僕は馬鹿じゃないんだから、それくらいすぐ分かるよ。でも多分、彼女だけが原因じゃないね」

「どういうことだ?」

「この施設は、彼女を閉じ込めておく対策が採られていることくらい、チュウ君も知ってるでしょ? 勿論、万全とは言えないけどさ。今回のケースは、外的要因と内的要因が組み合わさって、パワーが増幅したんだね」

「……増幅って……つまり?」

「実はね、この現象が発生する少し前に、校内から異常な電磁波が計測されたんだ。それが何なのかまでは分かってないんだけど……おそらく山乃葉マリと同質のものだろうね」

「まさか……」

 魔王、という子供染みた単語が、頭に浮かぶ。

「それに、山乃葉マリが共鳴した。山乃葉マリの力は増幅されて、防壁を打ち破り、少なくともここら辺一体の電子機器や通信機器を完全にストップさせた、と、こういう感じかな。予測の域は出てないけどね」

 Qはそう言いながら、服に付いた埃を手で払う。

「彼女は、どうなったんだ!?」

「そりゃあ、分からないよ。だって、カメラは全部イカレちゃってるし。今、所長と室長たちが地下一階で復旧作業に当たってるけど……僕は嫌だから、工具だけ借りて戻ってきたんだけどね」

「でも、地下に行けばどうなったかくらい……」

「どうやって行くの? 地下六階はエレベーターでしか行けないんだよ? まさに断絶された空間なわけじゃない。全ては復旧してから、だよ」

「それじゃ、遅い!」

 俺は工具箱から懐中電灯を取り出すと、Qを部屋に残し、外へ出る。

「あ、チュウ君!?」と後ろで声がしたが、構ってなんか居られない。


 山乃葉マリは、今、どういう状況にあるのか。

 扉のロックが外れているならば……。


 俺はエレベーターの前に立ち、強引にドアをこじ開けようとする。

 しかし、どうやっても開きそうに無い。どうしたものかとエレベーターの扉を見ると、上部に小さな穴が開いていた。


 そこで、この施設が完成した時に行われた避難訓練時のことを思い出す。

 確か、ここに専用の鍵を差し込むことで、扉が開閉できるのではなかったか――。


 普通ならば、そういった特殊な鍵は管理会社が保持しているのだろうけれど、ここは場所が場所だ。内部で管理を任されている可能性も、あるのでは無いだろうか。

 俺はエレベーター横の階段を上り、地下一階にある電力室へと向かった。電力室は会議室を通り抜けた最奥に位置していて、そこでは工作部の男たちが数人、作業に取り掛かっていた。


 そして、その作業をじっと見つめている篠川所長の姿がある。

「所長!」

 俺は電力室に入るなり、彼女に声を掛けた。

「おお、君か」と所長は顔を明るくする。

「エレベーターの外側の扉を開けるための、専用の鍵ってありますか?」

「専用の……? ああ、あるにはあるが。まさか、誰か閉じ込められたのか?」

「そう、なんです。だから、俺が開けてやろうと思って」

「そうか。鍵は確かに私が管理しているが……こいつらか、あるいは制圧部の力を借りたほうが良いだろう」

「そうします。とりあえず、鍵を!」

 縋るように言うと、篠川は懐をまさぐり、鍵束を取り出し、その中の一つをこちらに向けて放り投げた。

「もうすぐ、主要な箇所から順次復旧する予定だ。慌てず急がず、慎重にな」

 俺は大きく頷き、電力室を離れた。


 階段を二段飛ばしで駆け下り、地下五階まで辿り着く。

 Qの言った通り、ここから下へ通じる道は、エレベーター以外に手段が無い。

 所長から借りた鍵を扉の上部に差込み、捻る。

 一息入れて、それから、力いっぱいエレベーターの扉を押した。


 ズズ、と重たい音と共に、扉が開かれる。

 Qから拝借した懐中電灯の明かりをつけ、そっと下を覗くと、風が唸り声を上げて吹き付けてくる。

 乗降するためのカゴは、どうやら上の階にあるようだ。左右を見渡すと、エレベーターが駆動するレールや、カゴを釣るためのワイヤーが上下に伸びていた。

 所々、足場になりそうな場所はありそうだ。


 俺は意を決し、体を内側へ滑り込ませる。


 地下五階から地下六階までならば、それほどの高さは無いだろうと思っていたのだけれど、階下は想像以上に深かった。

 人が昇り降りする構造にはなっていないため、危うく手を滑らせそうになり、そのたびに冷や汗を掻く。

 しかし、どうしてこんなことをしなければならないのか、などという疑問は、一度として沸いてはこなかった。

 今はとにかく、少しでも早く、彼女の元へ急がなければ。時間は、あまり残されてはいない。


 最下層まで辿り着き、今度は内側から扉を開ける。

 しかしこちらも、ロックが掛かっているのか、思うように開かない。どうしたものかと辺りを懐中電灯で照らすと、扉上部に掛け金のような装置があった。足場によじ登り、試しにそれを押し上げてみる。

 それからもう一度、力を込めると、扉はゆっくりと開き、地下六階の廊下が眼前に広がった。俺は額の汗を拭き、転がり込むようにして、地下六階の廊下に辿り着く。他の階層とは違い、地下六階は真っ暗だった。ここだけは、採光装置が設置されていないのだろう。


 俺は大きく息を吐き出し、懐中電灯の光を頼りに、暗い廊下を歩き始める。


 山乃葉マリが閉じ込められている部屋までは、もう少しだ。

 彼女を外へ連れ出すチャンスは、今しかない。


 その時、パッと廊下が明るく照らされた。

 思わず天井を見上げる。

 電灯の明かりが煌々と光り、青藤色の廊下を映し出す。


 電力が、復旧したのだ。

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