全ては日常のなかで

 図書館の表側へと周る。

 構内に設置された時計で時間を確認すると、午後を少し回ったところだった。

 校内に人影は無く、おそらくは授業中なのだろう。


 これからどうしたものか、と平太郎は思案しながら構内を歩いていると、校舎のほうから二人の人影が、一直線にこちらに向かって来る姿が見て取れた。

 雪平カエデと三都依沙が、併走するようにこちらに駆けて来る。 


「ちょっと、アンタ、どこに行ってたのよ!」

 駆けつけるなり、雪平カエデは言葉をぶつけてくる。

「どこかに出掛けるのなら、事前に連絡をしてくれ」

 三都依沙は頬を膨らませる。


「アンタ、ラストリローダーなんだから、ちゃんと自分の立場をわきまえてよね!」

「君はハンターなのだ! そこを理解して行動して欲しい!」

 二人がまくし立てるように攻め立ててくる。

 その言葉を聞きながら、平太郎は決心した。


「ちょっと、二人に話したいことがあるんだけど、良いかな?」


 雪平カエデと三都依沙は、キョトンと顔を見合わせる。

「あ、じゃあ、私はここで」とサーリは頭を下げたが、

「いや、サーリにも聞いて貰いたい」

 平太郎が言うと、サーリはあいまいに了承した。


「ところで、その子、誰? ここの子?」

 雪平がサーリを見て、眉を顰める。

 サーリは困ったように、おろおろと顔を動かした。

「二人と同じだよ」

 平太郎はそう言って、寮に向かって歩き始めた。


 女性を三人引き連れて寮へと入ると、寮長は口をぽっかりと空けた。

 しかし特に咎められるようなことは無く、平太郎は自室に三人を迎え入れる。

「結構綺麗にしてるのね」

 雪平カエデは室内を見回しながら言った。

「その、い、良い部屋ですね」

 サーリが同調する。

 おそらくはこの前のやり取りを気にしての台詞だろうけれど、あの王城で暮らしているサーリには、こんな狭い部屋は物置にもならないだろう。

「ごめん、座るところ無いんだけど」

 平太郎はそう前置きをして、ズタ袋をベッドの脇へ置き、床に胡坐を掻く。

 雪平はベッドに腰を下ろし、サーリは正座、三都依沙は立ったまま、壁に背をもたれていた。


 女性三者がそれぞれの顔を窺う中、平太郎はおもむろに切り出した。

「皆が俺に期待してくれているところ、申し訳ないんだけど……」

 平太郎は顔を下に向ける。

 これから自分が言うことを考えると、誰の目も見ることは出来なかった。


「俺はやっぱり、普通の高校生みたいだ」

 平太郎は言った。それから、堰を切ったように喋り始める。


「ラストリローダーでもないし、ハンターでもないし、伝説の英雄なんかじゃない。凄く短い間に、それを思い知ったよ。俺は所詮、ただの高校生なんだって」

 平太郎はそういって、自嘲気味に笑ってみせるが、頬が張ってしまっていて、うまく笑えているかは分からなかった。

「嫌だとか、そう言う訳じゃないんだ。そうだったら良いなって、今でも思う。でも、やっぱり、俺じゃないんだ。俺は何も秘めてない。何も守れないし、何も出来やしない」


「別に、アンタに守ってもらおうだなんて、思ってないわよ」

 ベッドを軋ませながら、雪平カエデが口を尖らせる。

「その通りだ。君を守るのは、私の役目だ」

「……そうじゃないんだ」

 平太郎は首を振った。


「何も出来ないのが嫌なんだ。いざと言う時に、俺は、ただ見ていることしか出来ないのが……だから、俺なんかじゃなくて、もっと、使えるやつを捜して欲しい」

「捜せって……捜して、アンタだったのよ」

 雪平は言う。

「君以外には考えられないのが現状なんだ」

「……勝手なことを言ってると思ってる。期待してくれて、本当に嬉しかった。でも、それに応えられない自分を……俺は、これ以上知りたくない。本当に、ごめん」

 平太郎は頭を下げた。


 グリウルに襲われた時、そしてサーリが立ち向かった時からずっと、平太郎の頭の中から消えなかった。そして、ファリグラート王国の冀求の門の前で、それは決定的なものとなる。


 もし、赤の勇者フリウが助けに来なかったら?

 サーリは今、ここにこうして存在していないだろう。

 いや、それ以前に、俺じゃなくて、もっと使えるやつがサーリの側にいたら……。

 ひょっとしたら、グリウルを撃退出来ていたかもしれない。

 少なくとも、あの場所で傷付く人は、もっと少なかったはずだ。


 己の無力さ。

 そして、無力な人間が期待されることによって、引き起こされるかもしれない悲劇を考えると、平太郎は気が気でいられない。

 これが映画ならば、「あいつ使えない奴だ」と腹を立てれば済むことだけれど、そんな無能な男が自分だと分かってしまったら、もう、平気な顔をして彼女たちと共に過ごすことは出来ない。

 彼女たちを危機に貶めるのは、誰でもない自分だと分かっているのだから。


「本当に、ごめん」

 平太郎は更に深く頭を下げる。

 情けなくて、恥ずかしくて、涙が出そうだった。

 自分は無能ですと認めることが、これほど辛いことだとは思ってもみなかった。


「……話は分かったわ」

 雪平カエデはそう呟いた。

 動揺しているのか、その眉の間には深い皺が刻まれていた。

「ちょっと、一度組織に戻るわね。ちょっと、あっちも混乱してて、色々と、話し合ってみないといけないから」

 雪平は立ち上がると、小走りで玄関へと向かっていく。

「私もそうさせて貰おう」

 三都依沙もまた動揺しているようで、冷静な口調の中に深刻さが窺えた。


 そしてサーリは、平太郎と同様に顔を下げたまま、しょんぼりとしている。

「あの……」

 サーリがおずおずと切り出す。

「私、何か、ヘータロー様を困らせてしまったでしょうか? いきなりヘータロー様をお連れして、勝手にグリウルと戦わせてしまって――」

「サーリに責任なんて無いよ。行くと決めたのは俺だ」

 何の覚悟もなしに、と喉元まで出掛かったが、言わなかった。

「伝説の英雄は、多分俺じゃないよ」

 平太郎の言葉に、サーリはハッと顔を上げる。

「そんな……そんなことは!」

 サーリは否定しようとしたが、平太郎はそれを拒絶するように口を開く。

「この学校には人が多いから、見落としてる奴がいるかもしれない。……そうだ、そいつを探すのを手伝おうか!? 一クラスずつ虱潰しに探していけば……」

「いえ……」サーリは静かに首を振る。

「そうだ! あの二人に協力して貰うって言うのはどうかな? 雪平は魔法みたいな力を持ってるし、三都っていう人も、銃裁きは凄いし、拳銃はモンスターにも有効だと思うんだ。その代わりに、サーリのほうでも、彼女たちを手伝ってやってくれよ。そうすれば、全部丸く収まるかもしれない!」

 平太郎は、この状況をどうにか改善出来ないかと、それだけを考えて言葉を紡いだ。自分が役に立てる唯一の方法は、自分以外の誰かを紹介することしか残されていなかった。

「先ほどのお二方……ですか?」

「そう! そうだよ! 何でもっと早く思いつかなかったんだろう。絶対それが良いよ。俺なんかを頼るよりも、ずっと――」


 そこで、平太郎は言葉に詰まってしまう。

 自分で言っていて虚しくなったのが半分と、もう半分は、サーリのあまりにも悲しそうな顔を見てしまったからだった。


「ちょっと、私もその、今日は失礼します。お二人の件は、参考にさせて頂きます」

 静かに彼女は立ち上がった。そして玄関先に向かう途中で振り返ると、

「その……出来ればまた……すみません。それでは、失礼します」

 サーリは丁寧に頭を下げ、同時にずり下がったフードにすっぽりと顔を隠しながら、玄関の扉を開け、外へと出て行った。


 そうして、一気に人がいなくなった部屋に、平太郎は一人取り残される。


 それは、今まで過ごしてきた毎日と何ら変わらぬ光景だった。

 いつも通りの一人の部屋。


 体が冷えてるな、と感じた平太郎は、ハンガーに掛けていた詰襟の制服を羽織った。そして、ついいつもの癖でパソコンを立ち上げてはみたが、回線に不具合があるのか、ネットには繋がらず、大きく嘆息する。


 しかたなく、ベッドに寝転んだ。

 ズタ袋が倒れ、平太郎は何となくその袋を開封する。


 中には、サーリが渡してくれた数々の魔法アイテムが入っていた。

 それぞれに秘められた逸話を思い出し、平太郎は小さく笑った。

 それから、このアイテムたちは、まるで俺みたいだな、と自嘲する。

 何の役にも立たない、期待はずれの魔法のアイテム。


 試しにモノクルを掛けてみた。

 確か、侵入者の眼と呼ぶのだっけ。

 そうして再び寝転び、天井を眺める。すると――、


 天井に、ぼんやりと赤い点が浮かんでいた。


「……なんだ?」

 モノクル越しに赤い点を見つめる。

 試しに眼鏡を外してみると、赤い点はフッと消えた。


 起き上がり、ベッドの上に立つようにして、その点へ顔を近づける。

 天井に張り付くような蛍光灯の脇に、ガス漏れ探知機が付いている。その探知機の中央に、円状の小さな黒い穴が開いていた。幅は直径5ミリほどのその穴を覗くと、キラリと中が光っている。


 これは……レンズか?

 このサイズだと、監視カメラだろうか。

 監視カメラが、俺の部屋の天井に?

 どうして?


 平太郎は首を傾げる。

 防犯対策とは言え、生徒の部屋まで監視しても良いものなのか。 


 モノクルをつけたまま、あたりを見回した。

 玄関の真上にも一つ赤い点が浮かび、そこにも同様の穴が開いている。

 それから、何故か平太郎の机の上、筆箱の辺りにも赤い点の反応があった。

 筆箱を逆さにし、中身を全て取り出して確認する。

 しかし特に何かがあるわけでもない。


 平太郎はサーリの説明を思い出す。

 そう言えば、赤い反応の場合は、罠が解除された後だと言っていたっけ。

 そうなると、今このカメラは機能していないということか?


 筆箱を見て思い浮かぶのは、いつぞや水峰ユウトが尋ねてきた時に、彼が能力によって飛ばしたハサミだった。

 しかし、壁に突き刺さったハサミからは何の反応も無い。


 一体、どういうことなんだ?

 疑問は深まるばかりで、平太郎はズタ袋を背負うと、急いで靴を履き、寮の外へと出た。


 そして、驚愕する。


 モノクル越しに見た学校の敷地内の、その至る所に無数の赤い点が浮かび上がっていた。元々、監視カメラの数が多いとは思っていたけれど、それにしてもこの数は異常だ。


 防犯の為だと教師たちは言っていたが、本当にそうなのだろうか。

 まるでこれでは、外部からの侵入者用ではなく、内部にいる者――例えば生徒たちの行動を見張るために設置しているとしか思えない。それくらい、隅々に至るまで監視カメラが置かれていた。


 平太郎は思い立って、ギルト・ギルドの連中と相対した建設現場へと足を運んだ。

 フェンスから中へ入ると、飛び散っていたはずの鉄パイプはきっちりと山のように積みなおされていて、ブルドーザーも置きっぱなしになっている。倒れていた男たちの姿も無い。平太郎が初めてこの場所に足を踏み入れたそのままの状態だ。そして、その鉄パイプの山にも、重機のハンドル部分にも、やはり赤い点が浮かんでいた。


 水峰たちが能力を使って動かしたから、赤い点が付いたのか?

 いや、それなら、ハサミにも赤い点が浮かんでいないとおかしい。筆箱にだけ残されているのは変だ。


 工事現場を離れた平太郎は、校舎へ向かうと、階段を駆け上がって屋上を目指す。立ち入り禁止のプレートを無視し、屋上への扉を捻ると、ドアノブはすんなりと回った。


 目の前、屋上の床に、赤い点が点々を浮かんでいた。

 それは先日、三都依沙やグールが穿った銃弾による傷跡がある場所だった。


 ……でも、一体何故?

 銃弾で削れたんじゃないのか?

 穴を開けるための罠があったのか?


 いや、そもそも――罠って?


 平太郎は首を捻る。

 誰のための、何の罠だ?

 頭の中でもやもやと疑問が飛び交う。

 そのまま屋上の端まで歩き、階下を見下ろした。


 無数の赤い点が見える。

 中には幾つか黄色い点もあった。黄色と言うことは、そこには何らかの仕掛けがあるということだ。何の仕掛けなのかまでは、ここからでは分からない。


 そして、校舎の一角に、赤い点が特に密集している地点があった。

 校舎の端にあるごみ集積場の奥。この高さから見下ろして初めて分かったのだけれど、鬱蒼とした木々の中に、小さな四角い建物がある。人の出入りなんて殆どなさそうな場所だけれど、赤い点の数はどこよりも多い。


 あんな所を監視する必要なんて、無いはずなのに。

 平太郎は階段を駆け下り、木々の奥へと足を踏み入れた。


 四角い建物は、中央にドアがあるだけの、簡素な形をしていた。

 スチール製のドアには、IDカードをかざすためのパネルがあり、そこにも赤い点がある。


 赤い点と言うことは、つまり、解除されているってことか?

 一体この中に、何があるんだ?


 平太郎は意を決し、ドアノブを捻り、開けた。

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