ラストリローダーの憂鬱

 昨日あんなことがあったのだから、今日くらい学校をサボってしまおうか、とベッドの上で逡巡していたものの、結局、平太郎は下駄箱から上履きを取り出していた。


 全寮制の学校は登下校は楽だけれど、反面、授業に出ずにこっそり近場で遊ぶなんてことが出来ないのが難点だなぁ……などと思いつつ、上履きに履き替えていると、


「ようやく来たわね!」と、背後から声を掛けられた。


 振り返ると、そこには雪平カエデの姿。


「お、おお」


 目の前の女性が本当はどういう存在なのか把握出来ず、平太郎は曖昧に返答する。


「なによ、元気無いわね。せっかく良い天気なんだから、もっとシャキシャキしなさいよ」

 雪平は今日も強い意志を瞳に湛えていて、今にも駆け出さんばかりだ。


「はぁ……」

「なによその反応! ……まぁ、そのくらい神妙な方が丁度良いわ。実はね、早急に対処しないといけないことがあるの」

「対処? ……何の話?」

 訳が分からず、平太郎は首を傾げた。


「アンタの居場所がギルトギルドの連中に伝わった可能性があるのよ。だから、早くアンタを目覚めさせないとマズいの」

 そう言った雪平は少し眉を寄せている。


「ち、ちょっと、待ってくれ。その……お前の言っていることは、本当なのか?」

「事実よ。ギルトギルドの連中が動き出したって情報も入ってきてるし」

「いや、そっちじゃなくて、そもそもの話しが真実なのかどうかが――」

「詳しい話は後で説明するわ。時間が勿体無いもの」

 雪平は指を一本、ピンと立てた。


「これから、アンタには覚醒してもらう。アタシが付き合ってあげるんだから、感謝しなさいよ!」

「え? これから?」

「何? 文句あるの?」

 ずい、と雪平は平太郎に迫る。

 その勢いに押され、平太郎は下駄箱に背中をひっつけた。


「いや、でも……」

「言っとくけど、授業に出てる暇なんて無いんだからね。こうしてる間にも――」


「何か問題か? 拍子木平太郎」


 雪平の勢いを削ぐような、重く冷たい声が割って入る。

 眼前に雪平の顔があり、必死で顔を背けている平太郎は、救いを求めるように声を掛けられた方へと視線を送った。


「あ、三都……先輩」


 二人の間に静かに立っていたのは、昨日屋上で出会った三都依沙さんといさだった。


「……誰、アンタ?」


 雪平は三都の顔をまじまじと見つめ、片眉を持ち上げる。


「ふむ――」


 三都はほんの少しだけ思案するような顔を作り、それから答えた。


「それを君に説明する必要性を感じない。私は彼に用事があって来たのだ」

「な……!」雪平は驚いたように目を開き、口をぽっかりとあけた。


「なによアンタ!? 先輩って言ってたわね? 言っとくけど、平太郎は私と予定が――」

「平太郎君。昨日から少し事情が変わった。これから私と共に来て欲しい」

「聞きなさいよッ! 私が喋ってるんでしょうが!」

 雪平が大声を上げた。

 三都はそんな彼女に一度視線を送り、直ぐに平太郎と向き合う。


「では、行こうか」

 三都が平太郎の腕を掴み、三都の腕を雪平が掴んだ。

「無視してんじゃないわよ!」

 雪平の声が一段低く発せられる。


「……君は何だ? 邪魔をしないで欲しいんだが」

「……その台詞、そっくりそのまま返してやるわ」

 雪平と三都が睨み合いを始め、平太郎はキョロキョロとその間で視線を左右させた。


 これ、どういう状況?

 俺はどうなってるんだ?

 女性二人が自分を巡って争おうとしている――、

 つまりこれ……修羅場ってやつなのか?


 まさか、修羅場を経験出来るだなんて思ってもみなかった。

 ただ、俺が望んでいたものとはちょっと違うけれど――。


 そんな思いを巡らせていると、雪平と三都が同時に平太郎に視線を送る。


「アンタはどうなのよ!?」

「君はどう考えている?」

「え? え、何が……」

「話し聞いてた? どっちと行動するのかって聞いてるの! 勿論アタシとよね!?」

「君は昨日、どんなことが起こっているのか自覚した筈だ。だから私に着いて来て欲しい」

「いや、その……」


 どっちと言われても、出来得るならばどっちにも行きたくはないんだけど……。

 平太郎が答えに窮していると、それを見計らうように始業のチャイムが鳴る。


「あっと、そろそろ教室に行かないと……」


 そう言い出した平太郎の襟を、雪平がグイと掴む。

「逃げようったってそうはいかないわよ!」

「何にせよ、このままここに居ると目立ってしまう。離れた方が良いな」

 次に、三都に手首を掴まれ、平太郎は下駄箱から校舎の外へと連れ出された。


「制服のままじゃ何かと動き辛いだろう。まず、寮に戻って動きやすい服に着替えたまえ」

「確かに……それはそうね。時間も無いことだし。ここで待ってるから、早くしなさいよ!」

 雪平が平太郎の背中をドンと押した。


「言っとくけど、こなかったら承知しないから!」

「私のほうが承知しないということを、伝えておこう」

「……何なのアンタさっきから」

 雪平が再び三都を睨みつける。

 しかし三都は、そんな視線に目もくれず平太郎に動くよう促した。

 有無を言わさぬ彼女らの勢いに押され、平太郎は再び寮へと戻るしかなかった。


 自室に戻り、鞄をベッドに置く。


 一体どうすりゃいいんだ。どうなってるんだ。

 このまま今日はずっと部屋に閉じ篭っていようか、などと考えていると、


 コン、コン。


 ドアをノックする音。

 まだ数分も経っていないのに、雪平か三都が遅いと急かしに来たのだろうか。


 平太郎は静かにドアの側まで寄った。

 ドアスコープが無いので、向こう側に誰がいるのかまでは分からない。


 仕方なしに、ゆっくりと扉を開く。


 しかし、扉の向こうに立っていたのは雪平カエデや三都依沙ではなく、三人の男たちだった。


「拍子木、平太郎だなァ?」


 一番手前の男が、平太郎の顔を見てそう言った。

 その男はオレンジ色のニットキャップを目深に被っていて、その下にある二つの目が鋭くこちらに向けられている。


「はあ……」


 平太郎は返事をしながら、ある違和感を感じた。

 男たちは三人とも、自分と同じ位の年だろう。

 いかにも若者といったラフな服装をしている。


 しかし何故、彼らは学生服を着ていないのか。

 ここの生徒じゃ無いのか?

 でも、生徒で無ければこの寮の中へは入って来られない筈だ。

 入寮には認証が必要なはずだし、寮長もいる。


「……どちらさま?」平太郎は警戒を強めつつ、そう尋ねる。


 学生服を着ていない人物に一人、心当たりがあった。

 いかにもファンタジー調のローブを羽織っていた、小柄な女の子。


 まさか、こいつらもその一味か?

 しかし、現代風の服装は、あまりにもファンタジーとは縁遠い。

 もしや……こいつ、昨日の女の子と同様、屍食鬼なんじゃないだろうか。


 女屍食鬼の歪んだ顔を思い出し、平太郎は後ずさる。


「誰だって良いだろォ?」

 ニットキャップの男はそう返事をした。やけに芝居掛かってはいるけれど、敵意を剝き出しにしている口調だった。


「お前が拍子木平太郎かァ」

 男は再度そう尋ねて、それから意味ありげに笑う。


「まさか、まだ“目覚めて”無いとはな。こりゃ仕事が楽で良いぜェ」


 目覚めて、という単語に、平太郎は引っ掛かりを感じた。

 どこかで聞いたことがある。


「ラストリローダーも、弾が込められていなけりゃただの人かァ」

 そう言って、男は強引に平太郎の部屋へと足を踏み入れた。

 平太郎は更に二歩ほど後退し、キャップの男と対峙する。


 ラストリローダー――聞き覚えのある語感。


 これは、そう。雪平カエデだ。

 つまり、こいつらは雪平カエデのストーリーに絡んでくる人物。

 あれは、どんな話だったか。確か、超能力とか遺伝子とか、そんな設定だったような……。


「ええと、君、雪平カエデの知り合い?」

「知り合い……? ハッ」


 平太郎の問いに、男は鼻で笑った。

「知り合いなのはァ、お前の方だろォ?」

「いや、俺は昨日会ったばかりだから。全く知らないと言っても良いぐらい」

「……そうか。だから“目覚めて”いないのかァ?」


 男は肩眉を上げた。


「まあ、“目覚めて”いようがいまいが、やることは変わらないがなァ」


 意味深な台詞と恥ずかしげも無く口にする様を見て、平太郎は如何ともしがたいむず痒さを覚える。


「あのさ」と平太郎は切り出した。


「それなんだけど……本気でやってるんだよね? その変な喋り方も」


 三都依沙の語ったことが事実であるならば、自分は何かしら特別な存在であるわけで、つまりそれは彼らの言動をも肯定することになる。

 なってしまう。


 ニットキャップの男は、クク、と漏れるような笑い声を上げた。

 それがどちらを意味しているのか分からず、平太郎は眉を顰める。


 不意に、男が左腕を平太郎の目の前へと突き出した。


「……え、何?」


 出された腕に押されるようにして、平太郎は無意識的に体を反らせる。


 続いて男は、突き出した手の人差し指と中指を、左側へと向けた。

 平太郎がそちらへ視線を送ると、その先には、平太郎がいつも座っている小さな勉強机が置かれていた。


 男はにやりと笑い、机に向けた指を、何かを呼び寄せるかのように勢い良く内側へ曲げた。


 すると、それに呼応したかのように、机の上に置かれていたペン立ての中から、銀色のハサミが勢い良く飛び出してきた。

 ハサミは平太郎と男の間を飛び抜けると、ザンッ、と音を立てて壁に突き刺さる。


「……えっ? な……!?」


 平太郎は深々と壁に突き刺さった鋏の柄を見つめ、愕然とした。一体どれくらいの力で放り投げたら、これほど深く壁を貫くことが出来るのか。


 いや、まて、そもそも――誰が投げた?


 平太郎は再び机に目をやる。

 勿論、そこに人などがいるわけがなく、狭い四畳の部屋は平太郎と、目の前の男だけ。誰かが隠れられる様なスペースは当然無い。


「おっと、外したかァ」


 不可解な現象が起こったにも関わらず、男は眉一つ動かさなかった。

 それどころか、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。ハサミが壁に突き刺さるのは当然のことだ、と言わんばかりだった。


 確かに、一連の男の動きを考えると、ハサミはこの男の行動に触発され、自発的に飛び出してきたように見える。しかし、それは――。


『アタシたちの力は、本来、人に与えられるべき力じゃ無い。遺伝子的には壊れた存在なのよ』


 頭の中に、雪平カエデの言葉が蘇る。

 まさか、これ……超能力だって言うのか!?


「次は当てるぜェェ!」

 男は再び、手を前に翳しながら歩み出る。

 平太郎はそれに合わせるようにして後退した。


 それがトリックであるのか、それとも超能力と呼ばれる類の力なのかは分からないけれど、ハサミが飛んできたことは紛れも無い事実だ。

 もしも体に当たっていたら、怪我だけでは済まなかったかも知れない。


 そして、この男は間違いなく俺に敵意を持っている。


 平太郎は更に後ずさる。膝裏がベッドの角に当たり、思わず布団に座り込む形になった。


「おいおい、どこに行くんだラストリローダー! この部屋には他に出口なんてないだろォ?」

 男はニヤニヤと、嫌らしい笑みを浮かべた。


「……生憎だけど、ここ、一階なんだ」

 平太郎はベットに身を乗り上げると、後方の窓を勢い良く開け放った。


 窓のすぐ外には植え込みがあるものの、ちょっとした隙間があり、そこを伝って寮の裏手をぐるりと回れるようになっている。平太郎は振り返りもせず、靴下のままで外に飛び出した。


「おいィィ! くそ、追えェェェ!」

 背後からニットキャップの声が響く。


 平太郎は植込みの間を駆け抜けた。

 寮の裏から右回りに建物を周り、寮の敷地外へと飛び出す。

 どこかの建物内に入ることが出来れば、誰かしら職員や生徒たちがいるだろう。

 とりわけ人が多いのは、もちろん校舎だ。人気の多い場所ならば、あいつらだって無茶な行動には出難い筈だ。


 最短で校舎へ向かうには、目の前の広い通りをずっと進んで行けば良いのだが、校舎へと進む道には三人の男たちが立っていた。

 全員が私服姿で、キョロキョロと辺りを窺っている。

 服装の雰囲気からして、ニットキャップの仲間だろうと判断した平太郎は慌てて身を翻し、反対側へ駆けた。後方から「いたぞ!」と声が上がる。


 あいつら、何で平然と校内をうろついてるんだ?

 セキュリティはどうなってんだ!?


 平太郎は歯噛みした。


 どうする!? どこに逃げる!?


 このまま真っ直ぐ進んだとしても、高校の敷地はぐるりとフェンスで囲われているから、いずれは突き当たってしまうだろう。

 どこかで引き返し、中心部へ向かわなければ。


 しかし、いざ小道に逸れようとしても、どこの通路にも私服の男が一人、二人といるものだから、結局平太郎は道なりに真っ直ぐ進む以外の選択肢が無かった。


 ……くそっ! あいつら、一体何人でやって来てるんだ!?


 平太郎は体力に自信があるわけでは無い。

 体育の成績も取り分けで秀でてはおらず、運動神経は人並みだった。このまま逃げ続けても、すぐに捕まってしまうのは目に見えている。


 それでも只管に走っていると、道はそこで途切れていて、目の前一杯に背の高い白色のフェンス群が広がっていた。立て看板には、第二校舎建設予定地と書かれている。


 しまった、と平太郎は唇を噛み、辺りを見回す。


 幸いにも、工事用のフェンスは、その一部が少しだけ空いていた。この中に身を隠せば、奴らをやり過ごせるかもしれない。


 それに、もう体力の限界だ。


 息を切らせながら、平太郎はフェンスの隙間を潜り、工事現場の中へと足を踏み入れる。広々とした敷地には、足場にするのだろうか、所々に細長い鉄のパイプが山になっている。中央辺りには一台のショベルカーがぽつんと置かれているのだけれど、工事に携わる作業員の影は無く、内部はしんと静まり返っていた。


 どこか、隠れる所は無いか――と、平太郎はショベルカーに向けて小走りで近付いた。そして、その裏側に回り込み、身を伏せる。


 重量感のあるショベルカーのキャタピラを背にしゃがみ込み、呼吸を整えるために大きく息を吐いた。靴下は、もう洗濯しても元の白さには戻らないのではないか、というくらいドロドロに汚れてしまっていた。


 重機越しに、先ほど入って来たフェンスの隙間を眺める。

 平太郎は息を整えながら、雪平カエデの言葉を思い出した。


『アタシたちが戦わなければならない相手は、『反逆の異能者達』……ギルト・ギルドの連中よ』

『アイツらの考え方は違う。覚醒者は選び抜かれた人間なんだと定めて、そうでない者たちを支配しようと考えてる』


 ええと、つまり、あいつらは雪平カエデと相対するギルト・ギルドって連中で、人類を支配しようと考えてて、それで、雪平カエデ側に付いたと思われる、人類最後の希望である俺を狙ってきた、って、こういうことで良いのか?


「いやいや、まてまて……」

 平太郎は頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き毟った。


 本気で俺が、人類最後の希望だって思ってるのか?

 超能力なんて、本当にあるのか?


「拍子木平太郎ォ!」


 そう声がして、平太郎はビクッと体を固める。それから、恐る恐るショベルカーの隙間から後方を覗き見た。


 先ほど平太郎が入って来たフェンスの隙間から、、オレンジ色のニットキャップを被った男が顔を覗かせた。


「いるんだろォ? 出てこいやァァ!」

 キャップの男が声を上げた。平太郎は臍を噛む。


 安易に隠れ場所を求めすぎた。

 完全に追い込まれた。

 どうする?

 どうすればこの状況を切り抜けられる?


 平太郎は焦りながら辺りを見回す。

  広大な建設予定地は、ぐるりと周囲をフェンスに囲まれていて、他に出口は見当たらない。地面は均されていて、手近な場所には武器になりそうな石ころさえ無く、遠くに工事現場を照らすライトのようなものがくっ付いたポールが立っているだけだ。


「そんなモノの後ろに隠れていれば、平気だと思うのかィィ!?」


 男の声。

 平太郎がこのショベルカーの裏に隠れていることは、すでにバレているようだ。


「今、どかしてやる」男がそう言った。


 どかす?

 何をだ?

 平太郎が振り返ると、ニットキャップの男は片手をこちらへと突出し、何か念じているかのように目を閉じていた。


 一体何を――と平太郎が思った矢先、すぐ側でガチャリと金属音が鳴る。

 同時に、ブルル、とショベルカーがその車体を揺らした。


 平太郎は慌てて重機の乗り込み口に視線を送る。

 しかし、運転席は空っぽだった。

 

 ショベルカーは、乗り手を必要とすることなく、その重たい体を震わせてゆっくりと前へ進み出した。

 

 平太郎は呆気に取られ、呆然とショベルカーが前進する様を眺めた。

 三メートルほど進むと、重機はその場でピタリと行進を止め、再び死んだように静まり返る。


「みーつけたァ」

 キャップの男が、茶化すような浮かれた声を上げた。

「な、何で……?」

 平太郎の疑問に、キャップの男が不敵な笑みを浮かべて答える。


「これが俺の力――“遠隔強制(リモート・コンペリング)”だッ!」


「リモート……?」

「覚醒前のお前には、訳の分からない話だとは思うがなァ」

 男は仰々しく肩をすぼめ、それから平太郎を睨み付けた。


「さっさと覚醒しなかったテメェを恨め!」

 男の手が、彼の横に積み上げられている鉄パイプの山へと向けられた。

 そして、まるで平太郎に何かを投げつけるように、勢い良く振る。


 同時に、バァァン! と言う破裂音が鳴った。


 男の腕に呼応したかのように、積まれていた鉄のパイプが一本、空中へと跳ねあがった。その鉄パイプは勢い良く縦回転をしながら、鋭い放物線を描き、平太郎目掛けて飛来する。


「うわっ!?」


 平太郎は慌てて身体を捻った。

 鉄のパイプは、平太郎が今の今までいた場所の地面を抉り取ると、勢いそのまま、数度地面を跳ね回り、少し離れた地点でようやく止まった。


 避けなければ、確実に当たっていた。

 あんなものが直撃したら……平太郎は青ざめる。


 キャップの男は一瞬だけ目を丸くしていたが、すぐに口の端をぐいと持ち上げる。


「良く避けるなァ。ラスト・リローダー!」

 そう言って男は哄笑した。

「やはり覚醒する前に、殺しておくべきか」


 ニットキャップの男が手を翳す。

 次にパイプが飛んできたとして、避け続けることが出来るとは思えない。

 どこか、身を隠せる場所は――と平太郎が視線を彷徨わせたその瞬間、平太郎は体中に異常な熱を感じ、思わず仰け反った。


「ぐうッ!」


 体の中身が沸騰するんじゃないかと感じるほどの熱気が、平太郎の体表を焼く。

 まるで、自分を包んでいる空気そのものが一瞬にして燃え上がったかのようだ。


 その場に留まってはいられず、平太郎は体を丸めるようにしながら、ショベルカーの裏側へと逃げ込んだ。


 熱は一瞬にして収まったが、じっとりと嫌な汗が背中を流れていく。


 この熱も、その覚醒した能力だって言うのか!?

 平太郎が思考する暇も無く、背後から破裂音が鳴り響き、鉄パイプが射出される。


 けたたましい金属音と共に、平太郎の背中の重機はその車体を激しく揺らした。

 鉄パイプはショベルカーにぶつかり、地面を跳ね回る。


「まァァァたカクレンボか? 出て来いやッ!」


 鉄パイプは次々に打ち出され、その度にショベルカーは悲鳴を上げた。


「うわあああああ!」


 平太郎は蹲り、叫んだ。幸いにして平太郎の体にこそ当たってはいないものの、金属がぶつかり合う激しい音に、身を縮こませる以外の選択肢は無かった。

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