やはりヒロインは遅れてやって来る
「ずっとそうしてるのかよォ!? お前の能力を覚醒させてみろよッ!」
キャップの男が高らかに笑う。
戦う……なんて、そんなの無理だ。武器も何も無い。あいつらみたいなおかしな能力なんて、俺にあるわけない。
そりゃそうだ。あるわけ無いだろ!
俺は普通の男子高校生なんだぞ!
平太郎は心の中で声を張り上げた。その時、
「そこまでよ!」
声が響いた。高らかで、力強い声。
直後、ショベルカーに隠れている平太郎の遥か前方にあるフェンスの一つが、バンッ! と派手な音を立てて吹き飛び、その奥から一人の少女の影が現れた。
意志の強そうな瞳。凛々しく鋭い二本の眉。肩口で揺れる茶色い髪の毛。
「待たせたわね、平太郎」
雪平カエデは悠々と歩を進めながら、平太郎を見て強かに笑った。
まるで、どこぞの漫画で見たような主人公の登場シーンだ、と平太郎は見蕩れてしまう。
そして、雪平の登場に僅かに遅れるようにして、敷地内に黒い影が踊り出た。
その影は、平太郎たちを取り囲んでいる集団に二丁の銃を向けると、彼らが反応するよりも早く、次々に銃弾を打ち込んでいった。
あっという間に、ドサリ、ドサリと男たち倒れ、その数を減らしていく。
「ふぅん……結構やるじゃない」
雪平は平太郎の側まで歩み寄ると、スッと手を伸ばし、屈み込んでいた平太郎を引き上げた。
「雪平カエデ……ッ!」
キャップの男が苦々しく言う。
「アタシのいない所で派手にやってくれたみたいね。水峰ユウト」
雪平は臆することなく、平太郎の手を引きながら、およそ五メートルほどの距離を取って、キャップの男と相対した。
そして、雪平が握っていた拳を開き、片腕を前方に構える。
同時に水峰も、残った鉄パイプの山へとその片腕を伸ばす。
まずは、水峰の腕が振られた。
「くらえェェッ!」
水峰が叫ぶと同時に破裂音が鳴り、鉄のパイプが射出された。それは弧を描きながら、正確に雪平カエデに向かって飛んでいく。
「危ない!」
平太郎の声は聞こえた筈で、飛来する鉄パイプを視界に捕らえているにも関わらず、雪平は微動だにしなかった。
「
雪平はそう呟いて、拳を握る。
突然、鉄のパイプが青い炎に包まれたかと思うと、派手な音を立てて空中で爆散した。
細切れになったパイプは、大小様々な鉄の塊となって、方々へと四散し、落下していく。
「なッ!?」水峰が驚愕の声を上げる。
「半年前と同じとは、思わないことね」雪平が不敵に笑った。
「くそッ! まだだッ!」
水峰が鉄の束へ、今度は両手を伸ばす。
しばしの間が空いた後、水峰がその両手をこちらに向けて勢い良く振りぬくと、派手な音を立てて鉄のパイプが何本も宙を舞った。
しかし、それでも雪平は動じない。
飛んでくる鉄パイプの群れに照準を合わせるように手を翳し、
「雪火繚乱!」
そう叫んで、拳を握った。
ボンッ! ボゴンッ! ボォォンッ!
雪平に向かって飛来していた鉄パイプは、そのどれもが空中で青白い炎に包まれ、直後、粉々に砕け散っていく。残骸は方々へと飛び散り、思い思いに地面へと転がった。
「そんな……馬鹿な」水峰は目を剥いて、眼前で起こった現象に首を振る。
「言ったでしょ? 昔と同じとは思わないでって」
水峰は焦ったように周囲を見渡す。気がつけば、平太郎たちを囲んでいた全ての男たちは、三都依沙によって倒され、地に臥していた。
「……くそッ、次はこうはいかないからな! せいぜい覚醒のお勉強でもしていることだ、ラストリローダァー!」
平太郎をグッと睨み付けると、水峰は身を翻し、フェンスの隙間に駆け出して姿を消した。
「危ない所だったわね、拍子木平太郎」
雪平は一仕事終えたとばかりに両手を払うと、平太郎に向き直る。
「大丈夫か、平太郎君」
二丁の拳銃をスカートの下にしまいながら、三都依沙が歩み寄る。
「あ、ああ。その……どうも」
最早自分がどういう状況に置かれているのか分からなかったが、平太郎は頭を下げる。
彼女らに窮地を救われたことだけは、紛れも無い事実だった。
「ありがとう」と素直に感謝の意を表すと、三都は小さく頷き、雪平は歯を見せて笑った。
「まさか、平太郎のことまで知られているとは、思わなかったわ」
工事現場を離れ、学生寮へと向かう間、雪平カエデは終始歯噛みをしていた。
「どこにも変化はないか?」
少し眉を顰めながら、三都がそう尋ねてくる。
「ああ、特に……靴下がドロドロになったくらい」
平太郎は自分の足を見下ろした。靴下は元より、至る所が土で汚れてしまっている。水洗いで落ちればよいが、そろそろ夏服へ移行する必要があるかもしれない。
「それ以外は? 何かこう、いつもと違う感じだとか、そういうのは無い?」
雪平はグイと顔を、平太郎の顔をまじまじと見つめた。
「あ、いや……別に」
眼前に迫る雪平に、平太郎は顔を背け、ごにょごにょと呟いた。
「覚醒は……まだ、してないか」雪平は残念そうに言う。
「いや、それなんだけど……さっきの、あれって」
「驚いた? 無理も無いわ」
雪平が笑う。
「あれが、アタシたちの戦い。リローダーの宿命なのよ。ラスト・リローダーである平太郎も勿論、今後はあの戦いに加わってもらうことになるわ」
「それなんだけど、どうして俺がそのラスト・リローダーなんだ? そもそもラストって何? さっき起こったことは、その……マジなのか?」
平太郎は堰を切ったように問いかける。雪平は眉尻を下げながら笑みを浮かべ、落ち着いて、と両手でそれを抑えた。
「ラスト・リローダーって言うのは、最後に弾を込める者――つまり、戦いを終わらせる人間のことよ。普通のリローダーには無い、特殊な能力があると言われているわ」
「さっきのだって十分特殊だったけど」
「それ以上ってことよね。アタシも最初は信じられなかったけど、こうしてアンタの側にいると、何となく分かる気がするわ。アンタには何かある、って気がするもの」
「はぁ……」まるで実感が沸かず、平太郎は首を傾げる。
「リローダーとして“目覚める“とね、他のリローダーのことが分かるのよ。感じられるって言うのかしら?」
「スタンド使いは引かれ合うってやつですか」
「は? 何言ってんの?」
「あ、いや……」
「とにかく!」
口ごもった平太郎を無視して、雪平は人差し指をピンと立てる。
「ギルト・ギルドの連中がああやって本気を出してきた以上、こっちも手をこまねいてはいられないわ。アンタを鍛えないと」
「確かに。怪物以外にもあんな脅威があると分かった以上、今の平太郎君では命が幾つあっても足りないな」
三都は顎に手をあて、小さく頷いた。
「まあでも、流石にこれからすぐってわけにも行かないわね。ちょっと、確認しなきゃいけないことも出てきたし」
雪平は三都を見つめた。三都もまた、雪平に視線を返す。
「放課後になったら呼びに行くから、教室にいなさい。良いわね?」
「あ……うん」
「すぐに連絡を入れる。それまでは待機していてくれたまえ」
三都に言われ、平太郎は「分かりました」と頷いた。
その反応を見て、少しふくれっ面を浮かべた雪平は、「じゃあね」と言い残すと、学生寮とは反対方向へとそのまま走り出していった。
「では、私もここで失礼しよう」三都もまた、学生寮から離れていく。
そして、平太郎は一人、学生寮の前に取り残された。
呆然としたまま自室に戻り、泥だらけになった靴下を脱ぎ捨てると、深々と突き刺さった鋏の柄に出迎えられ、平太郎は大きく溜息を吐いた。
数学教師が壇上で熱弁を奮っている。
けれど、授業内容が全く頭に入って来ない。
昨日から始まった一連の出来事を、誰かに話そうかとも思ったけれど、どこから話せばよいか分からなかったし、信じてもらえるとも思えなかったので、やめた。
『君は、怪物を滅するモノ、つまりハンターの血が流れている。だから怪物どもは君を狙っているのだ』
屋上でゾンビと華麗な銃撃戦を繰り広げた黒髪の美女、三都依沙は言った。
『アンタには秘められた力があるわ。そして、その力を行使して、私たちと一緒に戦うの。アンタにはそれが出来る筈よ』
空中で鉄の棒を燃やした雪平カエデは言った。
『貴方にしか出来ないことです。伝説の英雄である、貴方にしか』
いかにもファンタジーな服を身に纏ったサーリという女性は、そんなことを言っていた。
俺が重要な人物?
そんなわけあるか!
平太郎は昨日一昨日で、何度この疑問を浮かべ、何度即座に否定したことだろう。
雪平カエデや三都依沙、サーリと相対した時にも思ったことであったし、それ以前から平太郎はずっと感じていた。
小学校や中学生時代などは――いや、今でさえ、自分が何かしら特別な人間なのではないか、などと夢想することはある。
世の中の、平常に流れているように見えているその陰で、とてつもない異変が起ころうとしているのではないか、と胸を膨らませてしまうのだ。その時に世界を救うのは、他ならぬこの自分と、未だ見ぬ仲間たちに違いない、などと。
けれど、そういった願望は、特定の人間が抱く一過性の妄想に過ぎないのだと、平太郎は分かっていた。
厨二病と言われる部類の現実逃避――目の前の現実では、辛いこと、退屈なことばかりが横行し、勉強が出来ない、運動が出来ない、友達が少ないと言う理由で嘲笑われる人々が、想像の世界でのみ己の才能を開花させ、マイノリティがマジョリティを圧倒し、屈服させ、鬱憤を晴らすことで、一時の心の安寧を得ようとする悲しい願望に過ぎないのだと。
当然ながら、現実と言うものは非常に出来が良く、奇妙なことは起こらないようになっているし、人間にも不思議な力なんてものもありはしない。
もちろん、一握りの人間の中には、眠れる才能というやつがあったりもするんだろう。しかしそれは、強大な敵に立ち向かい、人類を滅亡の危機から救うというような類のものではなく、もっと地に足の付いた現実的な才能だ。
その筈なのに。
三都依沙も雪平カエデもサーリも、困った厨二秒患者な筈なのに。
ゾンビが迫ってくるあの恐怖が、猛然と向かってくる鉄のパイプの風切音が、いつまでも身体から離れて行かない。あれは、紛れも無く現実に起こった出来事だ。
三都依沙が未来からやって来たアンドロイドであるという点は未だ疑問の余地があるが、自分が狙われていることは事実であり、また、雪平のような特殊な種類の人間は存在するらしい。
それを信じるならば、つまり……、
俺が、特別な人物……?
しかも一つだけじゃない。三つもだ。一つでさえ重荷なのに、壮大な背景を予感させる物語が三つも一気に。
そして、少なくとも二つのストーリーは、その証拠だと言わんばかりに異常な事態、異様な現象が次々と起こっている。
おかしいだろ!
普通一つだろ、こういうのって!
二つも三つも並べられたら、ゲームだって本だって、何だって積むぞ!
しかし――と平太郎は思案する。
三人の女性たちが語った物語は、それぞれ別方向を向いてはいるのだけれど、一点だけ重なっている部分がある。
つまり……俺だ。
彼女たちが格闘するそれぞれの世界において、俺が重要らしいということ。それだけは一致している。
もしも世界に危機が訪れているのならば、そして自分にその状況を打開する力があるとするならば、実は、彼女たちは正しい選択をしていることになる。
平太郎は己の掌を見つめ、ギュッと握り、そして開く。
もちろん、何も起こるはずも無い。
けれど、強く握られた自分の拳は、僅かな熱を帯びている。
俺は……俺には、もしかすると、本当に何か特別な力があったりするのか?
胸の奥で再び、しっかりと蓋をして閉じ込めていた筈の願望がビクンと動く。
ラスト・リローダー。
ハンター。
伝説の英雄。
それは、あの頃の自分が夢想した、あるべき自分の姿。
もしも、世界に危機が訪れているのなら。
そしてそれが、自分にしか救えないのなら。
胸の鼓動はますます高鳴り、高揚感と焦燥感から、平太郎は不思議な笑みを浮かべる。
ふと、灰色の髪をした女の子の顔が浮かんだ。
彼女にも、詳しい話を聞く必要がある。彼女は本当に真実を述べているのか、そして、伝説の英雄とは何なのか。
制服のポケットに手を突っ込むと、平太郎の指先が小さな金属に触れた。
「すみません、お手洗いに」
教師に告げ、廊下に出る。教室から十分に距離を取ってから、平太郎はベルを鳴らした。
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