解れ

 朝から織守と、新しい部活についての話し合いを重ね、もっと具体的に詰めて行こうと先延ばしにする。

 昼は、教員の宮前に呼び出されたという体で、深影と気まずいオロシアイに励む。

 部活の無い日は、基本的には伊鞍とも会う予定にはなっていないのだけれど、休み時間など、近くの教室を通った時には、挨拶くらいはするようにしている。

 その他、以前研究対象だった女性に出くわすこともままあるが、Qの力を借りつつ、辻褄を合わせていく。


 そんな風にして、キャストとしての一日は過ぎていった。


 放課後になって、施設へと向かう。

 数多くある会議室は今日も盛況なようで、様々なチームが入れ替わり立ち代り利用しているようだ。階段を下りてオペレータールームへ向かおうとすると、


「どうなってるの? 信じられないんですけど」


 と、ややヒステリック気味にも思える声が廊下に響いていた。


 何事かとそちらを窺ってみると、「8」と記されたオペレータールームの前に人だかりが出来ている。その中には、一昨日、昨日と廊下で会話をした女性キャストや、ニットキャップを被った男、その他大勢のキャストと思しき人々が、入り口の前に群がっていた。

 普段ならば、他所のチームの行動はあまり気に掛けないのだけれど、他チームの様子も見ておけと篠川に言われていたことを思い出し、その集団に近寄ってみる。


「あ、チュウさん」


 キャップの男が俺の接近にいち早く気が付き、声を掛けてきた。

 それに合わせて、方々から挨拶の声が上がる。

「何か問題?」

「いえ、実は……」

 キャップの男は口ごもった。

 何かしら面倒な事態が発生したのは間違いなさそうだ。


「ゲストが、被っちゃったみたいなんです」


 横からそう説明したのは、例の女性ゲストだ。

 不安がありありと顔に浮かんでいて、落ち着く無く体を動かしている。

「かぶった?」

「ウチのチーム、今日から動き出したんすけど、同時に動いたチームがあったみたいで。時間帯は分かれてたから、直接ぶつかったわけじゃないんすけど……」

 キャップの男は苦笑いを浮かべながらそう付け足した。

「事前にスケジュールは提出しているんだろ? 何で被るんだ?」

「その筈なんすけどね……」

「こう言うことって、よくあることなんですか?」

 女性キャストの問いに、俺は首を振る。


 今までの間――と言っても女ゲスト限定だが――そんな事態に陥ったとこは一度も無い。キャスト同士、あるいはゲスト同士のニアミスならば、同じ学校に通っている性質上から、ちょいちょい発生してしまう事案なのだが。


「でも、モニターはされていたわけだろう? ゲストを追いかけていたなら、他のチームが関わっていることくらい、分かりそうなもんだけど」

「それが、今日昼過ぎくらいに雨が降ったじゃないすか。結構強めの。ウチのチームも、よそのチームも、屋外が舞台に設定されてて、その仕掛けが正常に機能するかどうかのチェックに入ってたんす。それで、工作部を呼び出したりなんだり、オペのほうも手一杯だったみたいで……」

「それで見逃した?」

「みたいっす」


 確かに、火薬などを使用するなら雨は最大の敵だろう。

 いざゲストを迎えておいて、仕掛けが作動しませんでした、では洒落にもならない。何よりも優先すべき案件なのは間違いが無いが、しかし、ゲストが被るだなんて、初歩的なミスをしてしまうとは……。


「それで、今後はどうするんだ?」

「今、研究室副長とオペが所長のところに行って、その話し合いをしてる最中っす」

「折角ここまで稽古をしてきたのに、途中で中断なんて、私、嫌です」


 女性キャストは今にも泣き出しそうな顔で訴えた。

 相当な熱意を持ってこの仕事に臨んでいたことは、短いながらも昨日までの彼女の姿を見れば良く分かる。

 何とかしてやりたい気持ちにもなるが、しかし、俺に何が出来るわけでもない。所長が立ち会っているなら、妥協点を見つけて上手くやってくれるだろう。


 彼らとのやり取りもそこそこに、自分のオペレータールームへと向かう。

 中に入ると、やけに上機嫌な様子のQが、鼻歌交じりで俺を出迎えた。

「結構、大変なことになっているみたいだねぇ。聞いた?」

 言葉とは裏腹に、Qはニコニコと恵比須顔だ。

「さっき、外でざっくりと聞いたよ。何でも、ゲストが被ったとか」

「そうそう。困ったもんだよねえ」

「言葉とは裏腹に、やけに楽しそうに見えるけど?」

「え? そんなこと無いよ。困ったなぁ」

 Qは腕組みをして、悩んだフリをしている。

「どうして、あんな事態になるんだ? 普通ありえないだろう」

「さて、そこまでは分からないけど。何せ、活気のある新興部署だからね。相当数のチームが同時に動いているらしいし、横の連絡が上手く行ってないのかな?」

「それにしたって、幾らなんでもゲストの確認くらい、開始前に提出するデータ上で引っかかりそうなものだけど」

「ほら、研究室副長がさ、こっちのシステムを流用するの嫌がって、独自のシステムを構築したって息巻いてたじゃない。こっちのは布永室長が考案したやつだから。んで、新しく作ったそれに不備があったってことでしょ。ゲスト被りだなんて初歩的なミス、想定しないもんねぇ」

 言いながら、またしてもQは笑っている。

 布永室長もそうだったが、このQも研究室副長有する男ゲストのチームに対し、快くは思ってないのは間違いが無い。

「ま、僕らは僕らに出来ることを、地道にやっていきましょう」

 Qはパシンと手を叩き、それらを擦り合わせる。


 それから、織守千尋、伊鞍彩香、深影美薗についての報告と雑感を伝え、今後の進行について検討する。

 ストーリーと呼ばれる研究調査は、どこまでやればOKと言うような終わりは、基本的には設定されていない。所長や室長クラスの人間が、もうこのゲストは適正が無いだろうと判断するまでは、彼女たちが高校を卒業するまで付き合うことになる。

 当然キャストも歳を取り、学年が上がり、卒業を迎える。

 キャストとしての活動終了時刻もまた、卒業が一応の目処となっていて、キャストとしての業務を終えると、彼らは職務放免となる。

 誓約書にサインすれば、どういう道を選択するのも自由ではあるが、曲がりなりにも国務であるから、関連の仕事に就く者が多いようだ。メインキャストではなく、サブとしてキャスト業務に携わる者、オペレーターや研究者サイドといったバックアップ業務に回る者、と様々だが、どうやらこの業務は中毒性が高いらしい。


 かくいう俺も、昔は、ずっとこの業務に関わっていたいと思っていた。

 なにせ国家機関であるから、それなりの給料も発生するし、将来楽できるだろう、などと考えていた。


 しかし、今は、先のことなど殆ど何も考えていない。

 今を生きるのに必死、とか、世界の平和のために、などといったご大層な理由があるわけでもなく、ただ漫然と、日々の業務をこなしている。


 何も思わないし、何も感じない。


 先ほどの女性ゲストのやる気に満ちた目を見た時、ああ、俺も昔はこんな風だったのだろうか、と思い出そうとしたけれど、その時の俺が何かを志していたのか、全く思い出せなかった。


『自分の時間が無いじゃないですか』と彼女は言った。


 自分の時間とは何だろう。俺には良く、分からない。

 Qとの話し合いを終え、いざ、地下六階へ向かおうとした時、


「そう言えば、この前所長に呼び出された件、どうだった?」


 俺を呼び止めるように、Qが話を振ってきた。

「いや……」

 山乃葉マリと対話をすることについて、特に口止めなどはされていない。けれど、して良いとも言われていないので、他言はしない方が良いだろう。

「まあ、三人同時は凄い、とか、そんな感じ」

「ふぅん、そう」

 Qはそれを信じたのかそうでは無いのか、曖昧に頷く。


 昨日俺がどこに行っていたのか、それは施設内の監視カメラに映ってはいるだろうけれど、このオペレータールームのモニターからアクセス出来るのは、自分の階層より上の階だけになっているし、そうでなくても、どこのカメラに切り替えたかは、記録に残るようになっている。

 だからQと言えども、昨日俺がどこへ向かったかまでは分からないはずだ。


「それじゃ、お疲れさま」とQが言い、俺は「お疲れ」と返す。


 オペレータールームを出て、例の一角を覗いて見ると、群れを成していたキャスト陣は流石にもういなくなっていた。廊下を塞ぐような形になっていたから、迷惑だと判断されたのか、それとも、何かしらの回答が出たのか……。


 それから、ふと思い立って、同階層にある資料室へ足を運ぶ。


 資料室は、その名の通り、この業務に関連する各種資料が纏められている。

 ゲストの情報は勿論、キャストに関する資料も一通り揃えられいて、また、過去にどんなストーリーが進行していたか、その企画書や報告書なども纏められている。


 まだ俺が中学生で、キャストとしては新米であった頃は、資料室は出入り自由だった。入室制限が掛かるようになったのは、この地下施設に転居してからで、上からの監査対策と、スタッフの増員が主な理由なのだろう。

 案内役のオペレーター、大まかな設定を構築するストーリーライナー、それと、各部署の部長クラス以外の入室は禁止とされている。


 中に入ってみると、そこは小さな図書館のようだった。

 手前側に、机と椅子が置かれ、数台のPCモニターが置かれている。その奥は、背の高い棚が幾つも並んでいて、そこには分厚いファイルがきっちりと整理されている。蛍光灯の白い光が懸命に室内を照らしているが、本棚の高さがそれを遮ってしまって、部屋の奥側は少し薄暗い。

 何もかもがデータ化されている今日、紙媒体のファイルを保管するのはかなりの手間だとは思うのだけれど、昔の習慣がそのまま残されているのだ。局長も室長も、紙媒体の方が読んだ気になる、と言っていた。


 室内に人の姿は無かった。

 入室制限もあるし、普段もそれほど入退室の激しい場所では無さそうだ。


 適当な椅子に座り、キーボードに触る。


 コウスケ、と検索してみた。

 すると、モニターに懐かしい顔が浮かび上がる。


 本名、高倉耕介。

 十三歳からこの機関に所属し、十六歳、彼が死去するまでの三年間、キャストとして活動していたことになっている。

 こうして文字上で見てみると、実に短い期間に感じるが、あの頃の俺たちからすれば、非常に濃く、密度の高い毎日だった。


 彼は俺より半年遅れで入った、二人目のキャストだ。

 その頃、俺も仕事には全く慣れておらず、彼と共に右往左往しながら日々の業務をこなしていた。

 男キャストに求められる性質からすると、彼もまた、俺と同様に平凡な男であったのだろうけれど、キャストとしての特性は俺より優れていたと思う。

 だから、山乃葉マリという最重要調査対象に関わることを指示されたわけで……その結果、山乃葉マリの特殊な力により、命を落とすことになった。

 彼女の力の発動原因が何であったのか、回答は依然はっきりとはしていない。はっきりしないものを、どうにか明解にするための仕事なのだと、そういう解釈をしている。


 コウスケのことは、一度として忘れたことが無い。

 しかし、思い出したことも無い。

 コウスケのことを考えると、どうしても自責の念が生まれてしまう。


 もしかすると、死んでいたのは俺だったのかもしれない。

 もしかしたら、コウスケは助かっていたのかもしれない。もしかしたら……、


 コウスケは俺だったのかもしれない。

 コウスケが死んだ時、俺も死んだのかもしれない。


 もしかしたら――それは意味の無い考えだ。

 自分でも良く分かっている。

 だから思い出さないし、けれど忘れない。


 コウスケと山乃葉マリ。


 コウスケは、山乃葉マリのことを、凄い女性だと評していた。

 あんなに活力のある人は見たことが無い、と。

 出来れば彼女には、自由になって欲しい。平穏な日々の中で、思う存分その才能を発揮して欲しいとまで言っていた。


 キャストとしては不適格と判断される発言であり、あの時の俺も同様に思ったはずだが、今となっては、もう何の意味も無い。


 何の意味も無いことなのだ。


 コウスケのページを閉じ、それから、別の調べ物をしてみる。


 まず、山乃葉マリについて。

 しかし、彼女に関する情報は、先日所長から手渡されたデータ以上の内容は記載されていなかった。


 次に、村雲スミレについて、検索をしてみた。


 彼女は、山乃葉マリと同様、この研究機関において、最重要調査対象とされていた女性だ。俺がこの機関に入る一年ほど前に辞めてしまったので、直接の面識は無い。


 1999年、彼女もまた『事象』を発生させるが、規模は山乃葉マリのそれとは違い、非常に小さなものだった。

 当時、まだ駆け出しの研究者であった篠川所長と布永室長は、彼女と一緒になって協力体制で研究活動に当たっていたらしい。

 しかし、彼女が高校を卒業するとほぼ時を同じくして、彼女からその能力は失われてしまう。

 何が原因なのかは、やはり判明していない。

 しかし、女性ゲストに関するデータの基本部分は、彼女から得られていると言っても過言ではない。それを元に、俺やコウスケのようなキャストと言われる人員を確保し、研究機関としての体制を作り上げてきたわけである。


 機関発足から今までの十数年の間で、実際に『事象』を発生させたのは、ただ二人だけ。圧倒的にデータ不足なのだ。この機関が山乃葉マリに執着する理由も良く分かる。


 村雲スミレは現在も存命中らしいとの噂を聞いたことがある。

 どこで何をしているのかは分からないけれど、生きているならば、現在二十九歳になっているはずだ。

 幸せな生活を送っているのか、そうでないのか、やはり俺には分からない。


 それから、ふと気になって、別の検索を掛けてみた。


 彼の名前は分からなかったが、かろうじてニットキャップの男がユウトと呼ばれていたことを思い出し、検索ツールに打ち込んでみる。

 すると、予想通り男のデータがモニターに表示された。そこから辿る様にして、今彼らが携わっているストーリーを呼び出す。


 拍子木平太郎――これが、問題の「被り」があったチームのゲストの名前らしい。

 そして、彼に関する情報が、写真と共に記載されていた。

 男ゲストについて調べてみたのは、これが初めてのことだ。


 男ゲストは、元々、女ゲストに対する調査の行き詰まりから発足した、副次的な調査である筈だった。

 彼女らが好む平凡な男は、実は『事象』を引き起こすための重要なファクターなのではないか――苦肉の策とも言える様な考え方ではあったけれど、思いのほか上層部に受け入れられ、現在はこの研究施設の主流の一つとなっている。

 勿論、何らかの結果を提出し続けなければならないという、機関としての面目もあるだろう。

 彼ら平凡な男子を特殊な性格の女性と引き合わせ、特異な環境に陥れることにより、本来の女ゲストに影響を及ぼすとされる何らかのデータが引き出せるのではないか? 

 男ゲストの目的は、ざっくりと言えばこんなところだ、と研究室副長は皆の前で説明していた。


 つまり、拍子木平太郎は、俺のような男であるはずだ。

 平凡で、これと言った取り得の無い男。

 もし、俺がこの機関に所属していなければ、あるいは俺も彼のように、男ゲストとして翻弄される日々を過ごすことになったのかもしれない。

 そう思うと、この写真の彼には、奇妙な親近感を抱いてしまう。


 平凡な男が、平凡さ以上の何かを求められた時、どうすれば良いのだろう。


 写真に問いかけてみたところで、答えなど返って来るはずも無かった。

 どことなく、写真の男はコウスケに似ていた。



 資料室を出て、地下六階へと向かう。

 出来れば毎日通って欲しいと言っていた布永室長の言葉に従っているつもりでもないのだけれど、山乃葉マリとはなるべく会っておかなければならない、そんな気持ちだった。


 三上に鍵を開けてもらい、室内に入る。

 山乃葉マリはやはり椅子に座り、本を読んでいた。彼女はこの一年と半年の間、この隔離された世界で、ずっと本を読み続けているのだろうか。

 伊鞍彩香も相当な本の虫だったけれど、恐らく求める物は全く違うのだろう。


「また来た」


 山乃葉マリはあからさまに顔を顰める。

 そして、俺から少しでも距離を取るようにベッドまで歩くと、そこに腰を下ろした。俺は部屋の中央まで進み、彼女が座っていた椅子に腰を落ち着ける。


 それからしばらくは無言だった。


 いざこの部屋に来て、彼女と対峙してみると、やはり俺は彼女に対して、どんな言葉を掛ければ良いのかが分からなくなってしまう。


「なあ」と俺は、無理やりに口を開いた。


「コウスケって、どんなやつだった?」


 言ってから、自分は一体何を聞こうとしているのだろう、と自己嫌悪に陥る。

 案の定と言うべきか、山乃葉マリは眉をひそめ、嫌悪感と不信感を前面に押し出していた。


「あんたには、関係ないわ」


 そう切り捨てられ、俺は「確かに」と納得するしかない。

 そしてまた、長い沈黙。


「……あんたも、コウスケと同じようなことをしてるの?」


 不意にそう尋ねられた。

 どう答えたものか思案したが、結局俺は頷くことで肯定を示す。


「世界平和? 真理の探求? そういうのが、あんた達の目的なんでしょ?」


 彼女をここに連れて来た際、篠川所長や布永室長あたりが、そう彼女に説明したのかもしれない。

 そしてその二つは、確かにこの研究機関のお題目でもある。


 だが、今現在、それを目的として作業に従事している人間が、果たして何人いるだろうか。

 ひょっとすると、まだ入ったばかりの人たちは、そんな気持ちで活動しているかもしれない。俺も昔は、そんなことをチラッと考えていたのかもしれない。

 だが、今は……。


 布永室長は山乃葉マリを、機械のようだと言った。


 何てことは無い。俺だって、似たようなものじゃないか。


「それで、今日も上手に騙せた、良いデータが取れたって、ほくそ笑んでいるんでしょ?」

 山乃葉マリは、その二つの瞳で俺を睨み付ける。

 彼女の声が、少しずつ上ずっていく。


「世界平和? 真理の探求? 何よそれ、下らない! 私は、そんなもの、これっぽっちも興味が無いの!」


 言葉が、まるで破裂したかのように四角い室内に飛び散り、彼女の内側から発せられる感情が、奔流となって俺の全身を打つ。


「ただ、私は! 自由に……ッ!」


 そこで、山乃葉マリは項垂れた。

 彼女の発した声は、あっという間に四散する。

 静かな部屋の中に、彼女の怨嗟だけがいつまでも蟠っている。


「……あんたなんかに言ったって、無駄よね」


 山乃葉マリは、ベッドに横たわった。そのまま壁の方を向き、小さく呟いている。


「絶対、生き抜いてやる。生きて、ここを出て……」


 彼女の言葉はあまりにも小さすぎて、その先何と言ったのか分からなかった。


 それから、彼女は、眠ってしまったかのように、静かになった。

 規則正しく揺れ動く背中をしばらく眺め、静かに席を立ち、部屋を出る。



「チュウさん!」


 寮の自室に戻るため、地下一階の廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。

 振り返ってみると、例の女性キャストが嬉々とした表情を浮かべて、こちらに向けて走って来る。


「続投、決まりました!」

 そう言って彼女はガッツポーズをする。

「ああ、そう」

「ストーリー的にはちょっと噛み合わせ辛いみたいですけど、どうにかして合同で行くそうです。不満もありますけど、無くなるよりはよっぽど良いですよね!」

「そう……だな」

「それでは、これから会議なんで、これで失礼します!」

 ビシっと敬礼をして、再び走り出していく。


 嬉しそうにしている彼女を見て、俺は一つ、息を吐き出した。

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