追加

『さて、これから新しいゲストを迎えるけど、準備は大丈夫かい?』


 昼休みになり、素早く昼食を済ませると、人気の無い校舎裏へ足を運ぶ。

 学校をぐるりと囲んでいる背の高いフェンスに備え付けられた一つのカメラに向かい、俺は小さく頷いてみせる。


『いちおう、重点だけおさらい。ゲストは御影御園みかげみその、一年生。タイプはC-2-Ⅵ(シー・に・シックス)。OKかな』


 耳の奥に埋め込まれた超小型の無線チップから、オペレーターの声が響く。俺は再び首を縦に振った。そして、先日から度々打ち合わせてきた内容を反芻する。


 御影御園。タイプはC-2-Ⅵ。


 タイプとは大雑把な性格分類で、Aは陽気、Bは穏やか、Cは冷静と言った具合に分けられている。

 その後に付いているアラビア数字、ローマ数字はそれぞれ十段階に分けられていて、アラビア数字が大きければ大きいほど外交性に富み、小さければ排他的と判断される。

 ローマ数字は活力があるか無いか、強気か弱気かのざっくりとした基準だ。勿論、人間は刻一刻と性格、心情が変化していくものなので、あくまでも参考程度に留めておく必要がある。


 この調査結果から判断すると、対象の彼女は冷静であり、かなり内向的で、やや強気と判断される。

 文字面だけだと矛盾しているようにも感じるが、実際に相対してみると、殆どの場合が正解に思えるのだから不思議なものだ。


 俺はそのデータをしっかりと頭に刻み込み、三度、頷いてみせた。


『OK。今回、初遭遇でもあるから、ボクはあんまり口を挟まないからね。目標は彼女と面識を作ること。情報収集はあわよくばで。

 それじゃ、深影美薗、フェーズ1へ移行』

 

 オペレーターの声を受け、俺は生徒指導室へと足を向けた。


 俺がこの研究機関に所属してから、今年で六年目になろうとしている。

 ちょうどその頃、とある研究者から一通の報告書が提出された。 

 

 十五歳から十八歳までの多感期において、ごく少数の少女の中に、特殊なエネルギーを発生させる能力が備わっている可能性がある。

 報告書の中では難しい用語が使われていたが、簡単に言えばフシギなチカラと言ったところだ。

 そして、時にそれは国家レベルの対応が必要とされる事象を引き起こし、引いては国際的な問題にまで発展する可能性が予想されるため、早急な対策が必要である――と。


 なぜ女性限定なのか。

 なぜ十五歳から十八歳という短い期間限定なのか。

 なぜその時期を過ぎると安全と判断されるのか。


 詳しいことは良く分かっていない。十分な予算が与えられず、研究もままならない状態であったからだ、とその研究者は言った。

 実際、発足した当時のこの研究機関は国内外各所からかなり軽視されていたようだ。俺が所属した当時も、まるで末端の研究所といった様相であったし、今でもなおその過去を引っ張り出しては愚痴を零す研究員も少なくは無い。


 ただ、近年になり、研究対象とされていた少女がその「事象」を発生させ、実際に国際レベルの問題を引き起こした時点で、この機関は国からの全面的なバックアップを受けることとなり、多くの人員及び最先端機器を導入、現体制へと急速に「進化」したわけである。


 前年には研究対象の監視及び保護の強化という名目で高等学校まで設立してしまったのだから相当なものだ。


 研究対象となる少女らが本当に「力」を保持しているかどうかは不明だが、そうであるにしろないにしろ、彼女たちには円滑な学生生活を送る権利がある、と言う人権派の意見と、彼女たちの行動を逐一監視せねば、取り返しのつかない問題へ発展する可能性がある、と言う研究者サイドの意見をそれぞれ検討した結果、管理された教育機関を用意し、そこへ全国から対象となる少女を召集、収容する、という形で具現化されたのだ。


 俺に与えられた仕事は少女の観察だった。


 普遍的に生活する彼女たちに接触し、刻一刻と変化する彼女たちの感情を観察、必要とされる情報を機関の研究員に提出する。

 彼女たちの前で必要な役割を演じて見せることから、機関内では「キャスト」と呼ばれている。


 とは言え、研究員たちとは違い、俺は別段、選りすぐりのエリートと言うわけではない。

 よく言えば普通、悪く言えば、特徴が無いただの学生だ。


 特異な事象を引き起こす可能性があるとされる彼女たちには、幾つかの共通点があるとされている。


 まず第一に、彼女たちは総じて我が強く、時として理不尽かつ意味不明な行動を選択する場合が多い。

 抜群に頭が良かったり、並外れた運動神経を有していたり、あるいはその全てを揃えていたりとケースは様々だが、世間一般の基準と比すれば、人格的に問題があると捉えられかねない人物ばかりだった。


 第二に、彼女たちはどういうわけか、ある「特定」の男性に気を許すと言う傾向がある。


『学力、容姿及び運動能力が平凡、ないしはそれ以下と判断される同世代の男子』


 これが統計の結果得られた彼女たちに好まれる異性の傾向だ。

 彼女たちはどこかしら他者よりも秀でている場合が多いため、その能力の誇示、あるいは補填のために平凡さを好むのだとされているが、こちらも具体的なことは分かっていない。


 つまり俺は、あまりの平凡さゆえに、この仕事に抜擢された。


 勧誘の理由を耳にした当時は、馬鹿にされているのかと疑いもした。中学一年生が「究極的に平凡で素晴らしい」「平凡の天才」などと言われ、それが褒め言葉であるとは微塵も思いはしないだろう。


 しかし、今の今まで、六年間もこの仕事に従事してこられたのだから、つまり俺はキャストに向いているということなのだろう。

 初めのうちは、それが誇らしいことなのか嘆かわしいことなのか理解に苦しんだものだが、今となってはもう、それについて考えることも無くなった。



 昼休み、校舎二階の生徒指導室には、二人の人物の姿があった。

「あ、来た!」と黄色い声を掛けてきたのは、教員の宮前悠子みやまえゆうこだ。

「呼ばれりゃ、来ますよ。教師に従うのが生徒の義務ですから」

 俺は肩をすくめ、やれやれと言った表情を作る。

「もう、十柳とおやなぎクンはすぐにそうやって皮肉めいたことを言って!」

 宮前は頬をぷくっと膨らませ、それから手をクイクイと曲げて俺を呼ぶ。

 

 十柳とは、俺の学校での名前だ。仮名であり、意味は無い。


 宮前もまた研究機関の人間であり、こちらも本名ではないそうだ。年のころは、恐らく二十代後半あたりだろうが、童顔かつ小柄な女性なので、こちらも分からない。


 普段の宮前はかなり大人しく、静かな性格であり、こうしてキャストとして行動している彼女を見るたびに、別人なのではないかと疑ってしまう。

 教員免許も取得していて、本当は教師になりたかったらしいと、オペレーターであるQが言っていた。


 こんな派手な性格にする意味はあるのか甚だ疑問だが、並み居るゲストに対し動揺無く接するには、どこか突き抜けた性格設定にしたほうが行動し易いらしい。


『宮前さん、可愛いね。ボク、初めて組んだよ。嬉しいなぁ』


 オペレーターが呟く。静かにしているんじゃなかったのか。


「深影さんは、予定の五分前には来てたんだよ!」

 宮前はそう言って、深影と呼ばれた生徒を掌で指した。

 俺はその掌の先にいる女子生徒に視線を送る。


 深影美薗みかげみその、高校一年生。

 切れ長の目に流麗な睫が特徴的で、腰ほどまである長い黒髪はつややかで、しらけた蛍光灯の光を跳ね返している。


 教師からの紹介を受けても、深影はこちらに視線を返しもせず頷きもせず、黙って宮前を見つめていた。


「皆さんに集まってもらったのには、他でもありません」


 宮前はそんな深影の態度を気にするでもなく、本題に入る。

「今日は皆さんに、ちょっとオロシアイをして貰います」

 首をクイクイと曲げながら、宮前は濁声で喋った。深影はその様子を静かに眺めていて、俺は大きく溜息を吐く。


 これは一体、何だろう。宮前のアドリブであることは分かるのだが。


「オロシアイって何ですか? あとそのモノマネは何なんです」

 一応、説明を求めておく。

「何よ、トオヤナギバカヤロウ」

「もう良いですって」

 ネタが古すぎる。想像よりもずっと年上なのだろうか。


「せっかくワクワク感を煽ってるのにー。あ、オロシアイは荷卸しのことね」

「荷卸しって?」

 深影が一向に喋らないので、俺が聞きまくるしかなさそうだ。

「玄関に届いた新しい教科書をね、職員室まで運んで欲しいの。お願いね」

「それ、荷卸しじゃなくて、ただの荷物運びじゃないですか」

「細かいことは気にしない!」

 宮前は人差し指をこちらに突き出すと、左右に振ってみせる。


「……どうして、私が呼ばれたんですか?」


 御影が初めて口を利いた。静かで、どこか冷たさすら感じさせる声だった。


 宮前は御影に向き直ると、少し真剣な口調になる。

「御影さん、あまり授業に出てないみたいじゃない。新しい高校生活が始まってまだ二ヶ月なのに、どうして?」

「……別に、特に理由はありません」

「聞いた話だと、立ち入り禁止区域に入ろうとしたとか」


 確かに、そう報告を受けている。

 とは言え彼女が入ろうとしたのは、研究機関の内部でもなんでもなく、例えば改装中の建物だったりだとか、あるいは屋上だとか、機密保全上は比較的安全な場所ばかりだ。


「入学式の時に聞いたと思うけど、うちの学校、そういうのに厳しいんだ。約束を破った生徒には、何らかの罰則を与えなきゃいけないの」

「それが、荷物運びですか」

「そう。しばらくは雑用をお願いすることになると思うから、よろしくね」

「……しばらく?」深影の顔が少し曇る。

「そんな、毎日とかじゃないよ! 一週間に一、二回、お願いするかもってこと」


 もともと決まっていた流れではあるが、スムーズだった。

 これならば深影の行動をある程度抑制出来るし、いずれは深影に対して踏み込んだ質問も可能になるかも知れない。


『うまいな』と耳の奥で、感嘆の声。


「あのー、その子は良いとして、何で俺もやらなきゃいけないんですか?」


 荷卸しは確定事項とは言え、一応尋ねてみる。

 その方が、自分という人間の存在や性格を御影に認識して貰えるだろうからだ。

 相手が新人キャストならば、余計なことは言わないほうが良いのだけれど、宮前は信用出来るキャストなので、予定に無い行動でも対応してくれると踏んだ。


「えっ!?」


 しかし宮前は眼を丸くし、動揺した様子を見せた。

 これは失敗したか、どうするか、と頭を働かせていると、


「十柳クンは、荷卸し部じゃないの?」

 宮前が訳の分からないことを言い出す。


「そんなニッチな部活があるもんですか。文学部ですよ、歴とした」

「冗談はさておき、十柳クンもほら、問題児じゃない? その、授業に――」

「授業にはちゃんと出てますけど」

「授業に出ていない、と言うか、出ても意味ないと言うか」

「馬鹿だって言いたいんですね」

「言いたくは無いよ!」

 宮前は眉を吊り上げ、怒ったような素振りをする。しかしまるでハムスターのようで、少しも怖くは無かった。


「殆ど言ったようなもんですけどね……」

 苦笑いを浮かべつつ、チラ、と深影を見る。

 二人の下らないやり取りを見ても、彼女は眉一つ動かさず、ただただ傍観していた。


 なるほど、冷静で排他的。この調子だと時間が掛かりそうだ。


『あははははははは!』

 ちょっと、沸点が低すぎる人物が、どこかにはいるらしい。


「十柳クンはもうそろそろ受験じゃない? 内申点稼ぐ良いチャンスだよ!」

「はあ……そうですか」

「もう玄関口に置いてある筈だから、職員室まで宜しくねー」

 宮前は手を振りながら、生徒指導室を後にする。

 深影に目をやると、一瞬こちらに視線を送って来たものの、すぐに目を逸らしてしまった。


「……んじゃ、さっさと終わらせちゃうか」

 俺は両手を腰に宛がいながら、御影に言う。

 御影はそれに答えることなく、スッと廊下へ歩き出した。



 玄関の脇に、四つほどダンボールの箱が詰まれている。

 いざ持ち上げようとしてみたものの、かなりの重量があった。おまけにダンボールには手ごろな引っ掛かりが無く、持ち運びづらいことこの上ない。


「こりゃ、二人で運ぶしかなさそうだな。四往復か……」

 そう提案してみたが、深影は荷物に触れもせず、玄関をすたすたと通り過ぎていく。


「お、おい! どこ行くんだよ」

 慌てて呼び止めると、御影は首だけを僅かに傾けて、

「荷台を借りてきます」と呟いた。

「……荷台って、職員室は二階だぞ? 流石にダンボール四つ乗っけた荷台じゃ階段が」

「階段前まで運んで、ダンボールと荷台をそれぞれ二階まで運んで、そこからまた荷台を押せば、一回で済みますから」

 何で分からないのか、と言わんばかりに深影が冷たく言う。

「……なるほど、確かに」

 俺が頷いている間にも、深影は構わず歩いていく。

 俺は彼女の後を追った。


 冷静で、的確。見知らぬ先輩にも物怖じしない頭の良い生徒だ、などと関心したものの、反面、彼女には体力と言うものがまるでなかった。


 階段前からは、二人で一つのダンボールを担ぎ上げ、二階へと運ばなければならない。やはりここが一番の難所で、そして想像以上に重労働だった。深影は二つのダンボールを運んだ時点で、はあはあと口から息を漏らしていた。


 一階へと降りる階段の踊り場で、深影に声を掛ける。


「ちょっと休むか」

「いえ、大丈夫です」

「いや、俺が休みたい。実は腰を痛めててさ」

 俺は腰の後ろに手を当て、とんとんと叩く。

「……そうですか」と深影は小さく頷いた。


 踊り場の手すりに体を預けるようにして、二人並んで休憩を取る。

 時折、生徒か階段を駆け上がって行くが、基本的には人気の少ない場所だ。どこかから、微かに女子生徒たちの笑いあう声が聞こえ、その残滓が廊下に反響した。


「なぁ。お前、授業サボって、何してるんだ?」

 沈黙も悪くは無いが、少し切り込んでみる。


「…………」

「ま、授業はツマランもんなぁ。退屈だし」


 横目で深影の顔を窺った。特に嫌そうな顔をしている訳でもなかったが、元々表情の乏しい女性なので、何を考えているか判断し辛い。


「毎日毎日、同じようなことばかり。いつまでこんなのが続くんだって、思うよ」


 その言葉が、自然と口から出た。言ってから、あれ、と自分で驚いてしまう。

 ふと気が付くと、深影がじっとこちらに視線を送っていて、彼女と眼が合う。

 それから、深影はすぐに視線を逸らした。


「勉強とか、人付き合いとか……深影も、そうは思わないか?」

「別に……ただ……」

 深影がぽつりと呟く。

「ただ?」


「……貴方には関係無いことです。さあ、早く終わらせましょう」

 深影は壁から背中を離すと、階段下へと降りていった。


 ただ――何だろう。

 ほんの少しだけ、彼女の心が揺れた気がする。

 きっとそれは、彼女の核心に迫る何かなんだろう。

 そしてそれに触れるのは、もっと先の話になるだろう。

 その後、全てのダンボールを職員室へと運び終え、宮前から感謝されつつ、解散となる。


 次に会うのは明日か明後日か、それとも来週か。

 今日と同じ時刻なのか、あるいは放課後か……何にせよ、一日目としては、良くやったほうだろう。


『上々の立ち上がりだったんじゃないかな?』とオペレーターも満足げだった。

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