ムラクモ・メソッド
再之助再太郎
チュウと呼ばれた少年編
日常
『おはよう。今日もよろしく頼むよ』
学生寮を出た所で、耳の奥から聞き慣れた男の声が響く。
俺は小さく頷くことで返答し、登校する学生でごった返す校舎の玄関へと向かった。
朝の陽光を跳ね返す校舎の白い壁は、どこかぼんやりとして実在感に欠けている。下駄箱へ向かい、顔見知りのクラスメートたちに軽く挨拶しつつ、靴を履き替える。
下駄箱の中に、今年で三年目を迎えた草臥れた革靴を放り込んだ。
新調しようとの提案もあったけれど、履き心地は悪くない。
あと一年くらいなら、どうにか乗り切れるだろう。
『本日は晴天なり。最高気温は十七度。
降水確率十パーセント。南南西の風、穏やか』
調子良く、気象データが耳に入ってくる。
それを聞きながら、仲良くはしゃいでいるクラスメートたちの輪から少し距離を取りつつ、ゆっくりと階段を上った。
『おっと、対象が接近。階段を二段飛ばしで駆け上がっている。遭遇まであと5、4、3……』
ドン、と肩に衝撃。同時に、元気な声が廊下に響き渡る。
「今日も陰気な顔してるわね!」
朝の挨拶代わりに、学生鞄で俺の肩を叩いたのは、クラスメイトの
織守は階段を駆け上がってきた勢いそのまま、俺の横を通り過ぎ、少し先で速度を緩めた。
「いつも言っているが、朝の挨拶は、出来れば声にしてくれ」
俺は小走りで彼女の横に並び、肩を抑えながら苦言を呈する。
「何よ。いつも眠そうな顔をしてるんだから、目覚まし代わりに丁度良いでしょ」
織守はそう文句を言いつつも、白い歯を見せて笑った。
後頭部で結ばれたポニーテールが小さく揺れる。
『昨日とは打って変わって、今日は朝からご機嫌のご様子』
誰にでも出来る分析が耳に流れ、俺はそれを聞き流す。
「俺を叩く鞄の身にもなってやれってことだよ」
「んー、それもそうね。私が鞄だったら、絶対嫌だし」織守はケラケラと笑った。
そうして二人して、朝の落ち着かない教室へと入る。
新学期が始まって、今日で丁度二ヶ月が経過した。
どの生徒たちも、それぞれの居場所を確保していて、連れ立って輪になってみたり、あるいは一人で過ごしたりと様々だ。
俺は窓際の自席へ向かうと、鞄から教科書を取り出して、机の中へと放り込む。
「ねえ、昨日の話だけど」
前の席にどっかりと腰を下ろした織守は、机に鞄を置くなり勢い良く振り向いた。
「ああ、部活のことか?」
彼女は昨日いきなり、部活を作りたいと言い出した。
高校三年と言えば受験が控えている身であるのに、突如部活を設立したいなどと宣言した彼女に、一体どういう思惑があるのかは分からない。
「昨日も言ったが、俺は協力出来んからな」
「部活に入ってるから、でしょ? 聞いたわよ。でも、大丈夫。私が調べたところによると、この学校は部活の掛け持ちオッケーみたいじゃない? だからアンタも安心して、私の部活に入れるのよ」
人差し指をピンと立てて、自身満面の笑みを浮かべる織守。
『上機嫌の理由はこれかぁ』と耳の内側から声が響く。
「いやいや、勝手に頭数に入れるんじゃない」
「アンタの弱小文芸部は、毎日活動してるわけじゃないでしょ? その日くらいはそっちに行っても良いわよ」
「どうしてお前の部活重視で生活にせにゃならんのだ」
俺は大きく溜息を吐いてみせた。耳奥から『ナイスリアクション、頂きました』と茶化したような声がしたが、無視をする。
「大体お前、部活が嫌だったんじゃないのか? 予定が埋まるのが煩わしいとか」
「それは昔の話。よくよく考えたら、青春時代はあと一年も無いわけじゃない? それなのに部活に入ったことが無いなんて、勿体無いわ」
「まあ、そうかも知れんが……」
織守とは、この学校に入学した二年生の時から同じクラスだったので、付き合いも今年で二年目に突入する。三年生のクラス分けが記載された掲示板を見ながら、偶然ね、と彼女は目を丸くしていたが、
勿論、偶然ではない。
彼女に限らず、今年三年生になった生徒は、全員が二年の時に転入してきた生徒ばかりで構成されている。
彼らが高校一年生だった時は、この校舎は未だ建設中であったのだから、それは当たり前の話だ。
だから、三年生の数は他の学年に比べると随分少ないのだ。
「部活ってそんなに簡単に作れるもんでもないだろ? ええと、確か――」
そこで、俺は耳にそっと手を当てた。
すると耳の奥から、用意されていたかのような素早い反応が返ってきた。
『部員は五名。顧問が一名。必要事項を明記して、生徒会への申請』
「部を作るには、部員五名の確保と、顧問の先生を一人見つけなきゃいけないんだぞ?」
「そんなの分かってるわよ」
織守は頬を膨らませる。「でも、もう決めたの。私は部活を作るわ。絶対よ」
『どうやら、彼女の決意は固いみたいだね。さて、どうするかなぁ』
どうするかは、上に任せるしかない。俺は情報を聞くだけだ。
「てか、何の部を作りたいんだよ、お前は」
「決まってるじゃない。目新しくて、斬新で、オリジナリティのある部活よ!」
織守は単語を挙げるたびに、ピン、と指を立てていく。
「全部同じ意味だと思うがな」
「うるさい! とにかく、今日はアイディアを練るから、明日から部員集めを開始するわ。アンタも協力しなさいよ!」
織守は勢い良く立ち上がると、人差し指を俺につき付けた。
明日は部活のある日だが、さて、どうしたものか。
『それじゃ、いつものやつ、お願いします』
耳の奥から、期待を込めた指示が届く。
俺は大きく息を吸い、首を竦めて、言う。
「やれやれ」
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