第7話 放たれたるは死の予言

 妖たちから池のある学校で子供が消えているという情報を得た翌日。

 護は自分の使鬼である五体の狐たちと、符で作った燕を使って妖気の強い学校の探索を開始。

 月美もまた、災いを呼ぶものが何者であるのかを探るため、自分が知りたいことを頭で思い描きながら、水鏡を覗き込んでいた。


――岩に囲まれた水と石でできた蛙に、白い木製の社のようなもの……これ、百葉箱だよね? てことは、やっぱり学校なんだろうけど、どこの学校なんだろう?


 しかし、何が原因でどこに潜んでいるのか、何より、映されたものがどこにあるのか。

 残念ながら、肝心かなめの部分まではわからない。


――もうちょっと、詳しく調べたいけど、何度やっても乱れちゃう……それだけ、強い力が働いてるってことかな?


 これ以上、同じことを調べても結果は同じになる。

 そもそも占いというものは、何もかもを見通せるものではなく、これから起こるかもしれない「可能性の一つ」や原因となっているものを探り当てるものだ。

 だから、映されたものを頭の中に焼きつけ、自分がすべきこと、行くべき場所を考えなければならない。

 月美は水鏡を覗き込むことをやめ、虚空を見上げて、思考をめぐらせた。

 その脳裏に浮かびあがっているものは、鉄格子と百葉箱、そして池のような水面。

 いままで見えてきたもの、すべてに共通している三つから連想できるものが何であるか。


「……やっぱり、学校なのかな?」


 百葉箱が置かれているということは、場所は学校だと考えてほぼ間違いないのだが、いったいどこの学校なのか、その見当がつかない。


――池があるってことは、ビオトープみたいなものがある学校かな? それに水鏡に強く干渉できるってことは、水に関する妖が関わっている?


 これらは今まで集めてきた情報をまとめて導きだした推測にすぎないが、まったく情報がないというよりはずっとましだ。

 しかし同時に、それ以上のことは何もわからない、ということでもある。


――ううん、もう一つ。わたし以上の力を持ってる妖が関わっている、それだけはわかる


 普段、月美が水鏡で占いをするとき、その水面に映るものはかなり鮮明なものだ。

 途中でその鏡像が不鮮明になることなど、今まで一度もなかった。

 だが、今回は見えたものがわずかではあるが不鮮明であり、時間が経過するにつれて、徐々にひどくなっていく。


――誰かに妨害でもされないと、そうなることはまずない


 確証はないが、ほぼ間違いないと月美は考えている。

 そこまで考えると、そういえば、と月美は護に割り当てられた部屋がある方の壁を見つめた。

 壁の向こうでは、護が六壬式盤と呼ばれる羅針盤のような道具で占いを行っている。

 月美が行っていた鏡占いと護が壁の向こうで行っている式占は、共に気の流れを読み、何かしらの形に写すもの。

 性質の似た術がすぐ近くにあると、気の乱れが生じてしまい、正確な結果が見えなくなってしまうことがあるため、それぞれの部屋で占いをしている。


「護は、何か見つけられたのかな?」


 そう呟いた瞬間、ごん、と何かをぶつける音が聞こえてきた。

 その音で護の身に何かあったのかと思い、あわてて部屋を出て、護にあてがわれた部屋に入った。

 部屋の扉を開けた月美の目に飛び込んできたものは、あおむけに倒れ、胸を上下させている護の姿。

 よく見ると、額から玉のような汗が噴き出ている。

 呼吸こそ荒くはないが、何かしらの不調が現れていることは明白だった。


「護?!」

「大丈夫……少し、無理しただけだ」


 駆け寄ってくる月美にそういうと、護はけだるそうに立ち上がり、目の前に置かれていたものに視線を向ける。

 そこには、正方形の板に、北斗七星が中心に描かれた円形の板を合わせたものがあった。

 それは、主に陰陽師や風水師が占いで用いる道具で六壬式盤と呼ばれる、通常は土地の気の流れを読み取り、その土地の吉凶を調査する道具だ。

 陰陽師はそれを応用して、現在の気の流れを読み取り、「今」を見通すために使っているが、護はあまり得意ではないため、使い方や読み取り方を知っている程度。

 より具体的に結果を見通すことは、まだできないにも関わらず、より深く結果を読み解こうとしたようだ。

 結果、集中力が切れ、気力と精神だけでなく、体力までも消耗してしまったためのだろう。


「ふぅ……」


 大きくため息をつくと、護は上半身を起こす。

 護が汗を拭おうとすると、月美が近づき、代わりにそっと汗をぬぐった。


「ありがとう」

「ううん。けど、無理はしないで……」

「……すまない」

「もう……それで、何が見えたの?」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる護に、月美は呆れたと言わんばかりにため息をつき、護が見たものを問いかけた。

 すると護は、式盤の方へ視線を向け。


「水が彼らの世界の入口。行方不明の人はすべて、その世界にある」

「え?」

「式盤で見えた結果だよ。占った本人の解釈が一切入っていない、出てきたままを言ったから、わけがわからなくても仕方ないさ」


 力なく微笑みながらそう返す護の表情は、今にも眠ってしまいそうなほど疲労の色が出ている。

 このまま眠ってしまわないように、気力を振り絞って眠気をこらえつつ、護はできる限り解釈を交えて説明を続けた。


「……池がある場所、あるいは水が溜められた場所に、何かが術をかけて、そこから、自分たちの住む異界に人間を引き込んでいる」

「そこからは?」

「わからん。襲われた人間に共通点がないかも考えて占ってみたんだけど、そっちもまったく」

「そう……」

「で、月美の方は?」

「鉄格子と百葉箱と、池。たぶんだけど、学校だよ。でも、どこの学校かまでは」

「そうか……」


 月美の答えに、護は悔しそうな顔をした。

 自分と月美の二人が力を合わせても、まだ解決することができないことに歯がゆさを感じているようだ。

 それを察した月美は、ふがいなく思い、顔を伏せてしまった。

 その様子を見た護は、苦笑を浮かべる。


「お前まで暗い顔するなよ、月美」

「でも、わたしの力が弱かったからまだ時間がかかるんだよね」

「力が弱いのは、俺も同じ」


 護は月美の頬に手を添え、小さな子供をあやすかのように優しくなでる。

 自分たちの力不足を歯がゆく思う反面、不謹慎ではあるが、まだ事件が終わらないでいることを嬉しく感じていた。

 両親から許可をもらっている期間は、事件が解決するまで。

 解決したら即日とまではいかなくとも、二、三日後には帰宅しなければいけない。

 逆に言えば、事件が長引けば長引くだけ、月美と一緒にいられるということでもある。

 護は、微苦笑を浮かべながら、月美にそのことを話した。


「だから、気にするな」

「……うん」


 月美はようやく微笑み、うなずく。

 その様子を見て、護もようやく微笑んだ。

 それから少しして、占いで霊力ばかりか体力もかなり消耗したことで、疲労と空腹を覚えた二人がリビングに向かう。

 すでに夕食が出来上がっていたことから、かなり長い時間を占いに費やしていたということに魂消ていると。


「何、二人してぼっとしてるのよ? 早く席に着きなさい?」

「あ、はい」

「う、うん」


 亜妃に促されて席につき、夕食を摂った。

 その後、二人は、一度それぞれの部屋に戻ったのだが、五分としないうちに、月美は護にあてがわれた部屋を訪れ、会話をしながら時間をつぶす。

 眠気と時間を忘れて会話を続けていたのだが、ふと、護は自分の視界が暗闇になっていることに気づく。

 そこが夢殿だということに気づくまで、それほど時間はかからなかった。


「そうか……あのあと、すぐに寝ちまったのか……」


 いつの間にか、夢殿に来てしまった護はそう呟く。


――なら、現の世界で隣にいるのは誰なんだろう?


 会話を続けている途中で来てしまったということは、現実の世界では自分の隣に月美がいる可能性が高い。

 仮に、月美が起きているのなら、話の途中で寝こけてしまったことにふくれっ面をしながら、毛布をかけるなりしてから、自分の部屋に戻っただろう。


――まぁ、一緒に寝落ちしてたなら、白桜たちが衝立なり荷物なりでバリケードを作ってくれてるだろうから、間違いは起きないはずだけど


 使鬼たちがそうしてくれていると信じて疑っていないので、何か間違いが起こることはない。

 ないとは思っているのだが、世の中にはあらぬ誤解というものが存在する。

 別に月美と同室したくないというわけではない。

 だが、まだ男女の仲になっていないのに周囲に誤解され、月美に不快な想いを抱かせることだけは避けたいと思っている。


――って、いまはそれを気にしている場合じゃないな


 そこまで考えてしまったが、今はそれどころではないことを思い出し、護は改めて周囲を見渡した。

 星が無いことから、どうやらここは、いつも自分が夢渡りで渡ってくる夢ではないらしい。

 護は眼を閉じ、耳をすませ、意識を研ぎ澄ました。

 すると、ぴちゃん、ぴちゃんと水のはねる音が響いてくることに気づく。


「水……ということは、ここは」


 護は眠りに落ちる前に占っていたことを思い出した。

 流れない水のある場所、そこに何者かが術をかけ、そこから自分たちのいる世界に人々を呼び込む。

 その世界で何をするのか、護はその「何」にあたる部分の答えをつぶやく。


「引き込んで人を食らう、か」


 あくまで、最悪の事態ではあるが、気分のいいものではない。

 湧きあがる不快感を押し殺し、護は閉じていた眼を開き、あたりを見渡す。

 だが、視界にはただ無明の闇が広がっているだけだった。


――妖の干渉を直接受けてる場所だからか……ん? あれは


 ふと、視線を前にやるとそこには四肢を折り、うずくまっている牛がいた。

 いやその顔は牛のものではなく、人間のもの。

 それを見た瞬間、護はその牛の正体に気づいた。


――牛の体に人の顔……件か?!


 件は人面の獣という奇妙な姿でありながら、人語を話すことができるとされる妖。

 その最大の特徴は、近いうちに起きる災いを予言し、その予言を発した数日後に衰弱死するというものだ。

 そして、その予言は必ず当たると言われている。

 その件が、うつろな瞳をまっすぐに向け、護に向かって言葉を放った。


「……お前は、これから人と妖の一線を越える。そして、その一線を越えるとき、お前は死を迎える」


 『お前』というのは誰を指しているのか、それがわからないほど、護はおろかではない。

 件が誰のことについての予言をしているのか、すでにわかりきっている。

 ふと、護は自分に予言を告げる件の顔を見て。


――あぁ……なんて、悲しそうな顔してんだよ、こいつは


 件という妖は自身が望もうと望まなかろうと、予言を放ち、その予言の通りの災いを呼びこむ妖。

 それが、この妖の宿命であり本質だ。

 だが、それは同時にこれから起きる災いを知っていて、回避させることができないという苦しみを常に抱えているということでもある。

 その苦しさゆえの顔なのだろう。

 そう思ってしまった瞬間、護の視界には、使わせてもらっている部屋の壁が映っていた。

 夢から覚めたばかりとはいえ、いやに意識がはっきりしている。

 おそらく、目を閉じてから、ほんの数秒であの夢殿に招かれたのだろう。

 護は床に寝ころび、夢殿での出来事を思い返した。


「人と、妖の一線……」


 件から自分に向けて放たれた予言を口の中で反復し、護は自分の目元を片腕で覆った。

 気づいていなかったわけでない。

 土御門家の人間は宗家も分家も隔てることなく、そして力の大小はあれども妖としての力を持っており、護は最も強くその力を受け継いでいると言われている。


――「一線を越える」っていうのは、たぶんその力が目覚めることを指すんだろうな……


 それもかなり危険な形、あるいは命の危険がある場面で。

 そこまで推察した護は、目に光を宿らせてつぶやいた。


「……けど、死ぬわけにはいかないんでな。お前の予言は絶対実現させない」


 実現させるわけには、いかない。

 この想いを告げるまで、なにより月美を悲しませないために。

 そう心に決めた護だったが。


「そういえば……」


 確認しなければならない重要なことがあったことを思い出し、周囲を見まわした。

 自分の右側に、どこから取り出したのだろうか、衝立が置かれていることに気づく。

 それを見ただけで、何の意図があってそれがそこにあるのか推察することはたやすかった。

 衝立の向こうでは月美が眠っているのだろう。

 耳を澄ませば、自分のものとは違う寝息が聞こえるため、それは確定的だ。

 この衝立を用意したのは、自分が連れてきた使鬼であることも理解したのだが、一つだけ、懸念があった。


「あいつら、亜妃さんや賢祐さんにちゃんと伝えてくれたんだろうか……」


 優秀ではあるが、その本性は狐。

 人をからかうという点では、狸同様に厄介な存在だ。

 もっとも厄介なのは仮にも主であるはずの護すら、からかいの対象として見ている節があること。

 自分の使鬼たちの性格を熟知している護は、そのことを思い出すと少し心配になってきた。


――明日、俺は一体どんな風に亜妃さんと友護さんにからかわれるんだろ……


 そのことを考えると少しばかり憂鬱になり、護は横になってそっとため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る