第6話 百鬼夜行との邂逅

 ショッピングモールの喫茶店でのドタバタ劇と、ファッション関連のスペースでの騒動から数十分。

 麻衣と桃花の二人は相変わらず月美のコーディネイト改造計画を進めていた。

 断ることもできただろうに、月美は二人の思うまま、すっかり着せ替え人形と化している。


「月美。あんた素材はいいんだから、もう少しこんなコーディネイトも」

「いやいや、やっぱりもうちょっと清楚な感じに」

「あ、あの。二人とも……」


 普段から着用している清楚系やカジュアル系、果てはパンク系。

 とにかく二人は様々な服を持ってきては月美に着せようとしている。

 自分の好みではない服を着せられそうになっている月美は、護に助け舟を求めたが。


「大丈夫、大丈夫!」

「もぉっと可愛くしますからね~!」


 聞く耳を持つ様子がまったくなく、護が助けに入る隙を与えなかった。


「うっふふふ~、眼福でした」

「うぅ……恥ずかしかったよぉ」


 結局、二人が満足するまで、月美は着せ替え人形にされていた。

 そのことに文句を言ってはいたが、月美の手は最初に着せられていた服を抱えている。

 気に入ったデザインだからというだけでなく、護が見とれていたということもあり、この服を買うことに決めたようだ。


「月美、その服渡してくれ。会計に行ってくるから」

「へ?」

「結局、遊ばせるままにしてたし。そのお詫びもかねて」


 護自身、月美を着せ替え人形にさせてしまっていたことを申し訳なく思っていたらしい。

 お詫びを込めて、自分がお金を出そうとしているようだが。


「いや~、ここはわたしが払うからいいって!」

「え?」

「は?」


 すると、何を思ってか麻衣が唐突に乱入してきた。

 月美と護は同時に間の抜けた声を出して呆然としていると。


「いやいや、ここは私でしょ~」

「え? え??」


 今度は桃花の方から、自分が支払うと自分が支払うと言ってきた。

 あまりに突然で不可解な二人の行動に、月美はわけがわからず目を回し始めたが。


「……はぁ」


 護が呆れたとばかりにため息をつき、会計へと向かっていった。

 それは彼女たちの計算通りだったらしく、にやにやと笑みを浮かべながら声を揃えて。


「「おぉ~! さっすが彼氏!!」」


とからかっていた。


「……ごめんね、護」

「気にすんな。むしろ、無理やりお前をここに連れてきたあの二人が悪い」


 ヤジを飛ばしてくる二人の態度に、月美は申し訳なさそうに謝罪するが、護は穏やかな笑みを浮かべながら返す。

 が、麻衣と桃花には、鋭く冷ややかな視線を向けていた。


「……で、このあとどうするんだ?」


わざとらしく顔をそらし、素知らぬ顔をする二人の態度に、護はこれ以上のやり取りは無駄だと悟ったらしい。

これからのことを月美に問いかけると、月美が一つの提案を出してくる。


「あ、うん……護さえよかったら、なんだけど、四人でショッピングモールを見て回らない?」

「四人で、か?」

「うん。ほら、護にここを案内するのに、わたしだけじゃわからないとことか、楽しみ方とかもあるかもしれないじゃない?」

「……まぁ、構わないけど」

「やった!」


 自分の提案を受け入れてくれたことがうれしかったのか、月美は満面の笑みを護も交えて四人でショッピングモールを散策することになった。


――ほんとは月美と二人きりがよかったんだがな……


 もっとも、護本人がこの状況に文句がないというわけではないようだ。

彼女たちの出会いそのものが最悪だったこともあるが、散策中もほとんど月美と自分をからかっているような言動が目立っている。

 そのせいで不信感やら嫌悪感に近いものが強かったのだが、二人が月美の親友だからなのか、なぜか護はこの二人とは普通に接することができていた。

 何より、月美と一緒にいられるから、楽しくないはずがない。


「えっと、土御門くんでいいかな?」

「……かまわないが、何だ?」


 結局、いろいろあちこちと廻っていくうちに、休憩に立ち寄った喫茶店で、ただならぬ雰囲気をまといながら質問を投げられそうになるほどには、打ち解けていた。

 とはいえ、人と話すことがあまり得意ではない護は、声をかけられて思わず身構えてしまう。


「うん。土御門くんと月美の関係について、いろいろあれこれ聞いてみたいな、と」

「あぁ、やっぱりか……だろうとは思ったけど」


 麻衣の口から飛び出てきた言葉が、あまりにも予想通りすぎたため、陰鬱なため息が護の口から漏れた。

 話しても減るものではないので、問題は無いのだろうとは思う。

 だが、ファッションコーナーでのやりとりから察するに、月美をからかって遊ぶにはどうすればいいか、ある程度熟知しているようだ。


――余計なことを言ったら、月美をおもちゃにするのは目に見えてるしな


 それはさすがに心苦しいし、彼女たちと遭遇するたび、自分が被害を受けることもほぼ確実。

 その手のことでからかわれることは気恥ずかしいので、なるべくならば避けたい事態ではある。


――けど、だからって黙秘権を行使しても、話を聞くまで帰してくれそうにはないし。それどころか、あれやこれや尋問されそうだし……


 どうしたものか、と思案に暮れていると、月美の持っている携帯から着信を知らせる音が鳴った。


「あ、ごめん……はい。あ、母様」


 どうやら、亜妃から電話がかかってきたようだ。

 その内容はよほど深刻なことなのか、月美の顔は徐々に困惑の色が浮かんでいく。


「……わかりました」


 電話を切ると、月美は護の方に向き直った。

 その様子がただ事ではないことを察した麻衣は、月美の荷物を手渡す。

 護も立ち上がろうとしたが、桃花が護の腕をつかみ、抑え込もうとしてくるが。


――そう何度も、同じことをやられてたまるかよ!


 月美と合流する前、護は桃花に技をかけられ、立ち上がれなくなったことがあった。

 その原因が、主に合気道などで使われている技術にあることを思い出した護の頭にはすでに対抗策がある。


――筋肉が動く方向をずらすことで動きを阻害する。だったら、かけられている力を別の方向へ逃がせばいいだけの話だ!


 だから、護は自分の腕にかけていた力を立ちあがる力と正反対の方向から、全く別の方向へと逃がした。

 すると桃花は体勢を崩してしまい、床へ転げそうになる。

 だが、護によって素早く支えられたため、床に激突することはなかった。


「あ、あり、がとう」


 あまりの早業に、桃花は少しだけ顔を赤くして礼を言ったが、礼を言われた本人は無言で桃花から手を離す。

 手を離された桃花の顔は呆けていたが、護は月美が亜妃から電話越しで何を聞いたのか、問いかけた。


「うん。少しめんどうなことになったから、早めに帰ってきてって」

「わかった。なら、すぐに帰ろう」


 返答するや否や、護は自分の荷物と月美の荷物を持って、さっさと喫茶店を出ようとした。

 月美はそのあとに続き、店を出ようとするが、会計を忘れていたことを思い出し、手早く支払いを済ませ、あわただしく護について行く。

 あっけにとられている麻衣と初めて覚える感覚に戸惑っている桃花を放置して、護と月美が足早に風森邸に戻る。

 すると。


――パリンッ! パリンッ!


 邸から皿のようなものが盛大に破壊される音が聞こえてきた。

 それも一枚や二枚という数ではない、いっぺんに数十枚といった規模のものを割ったときのものだ。

 その音に、護はなぜか心当たりがある。


「えっと、めんどうなことってまさか?」

「……母様ぁ」


 護は先ほどの音と喫茶店で聞いた「めんどうなこと」を関連付けて、何が面倒なのかを察することはできた。

 月美もまた、苦笑を浮かべながら、そんなことを呟く。

 家に上がり、まっすぐに台所へ向かうと、案の定、盛大に破壊された皿を、人形のような何かがせっせと片づけている光景が飛びこんできた。


「こうなったか」

「あぁ、やっぱり」


 二人の視線の先には、何人分作っているのだろうか、唐揚げやら刺身やら握り鮨やらを乗せた皿がふよふよと浮かんでいる。

 普通の人間が見れば目を疑う光景だが、二人は幾度となく見てきているため、別に不思議に思うことはない。

 むしろ、そんなことよりも。


「母様、やっぱり張り切ってた……」

「人が来るってなると亜妃さん、いつもこうだよな……」 

「だからって、いったい何人分作ってるのよ……」


 目の前で作られている料理の数と量に呆然とさせられていた。

 どうやら、久方ぶりの客人だったというのに、昨夜は特にもてなしもできなかったため、今日こそはと気合をいれているらしい。


「毎年毎年のことだけど、ほんとすごいな」

「うん。それはわたしも思う……なんで護が来るとこうも気合入れるんだろ」


 月美は呆れたようなため息をつく。

 すると、それに合いの手を入れるように、後ろから声が聞こえてきた。


「そりゃまぁ、久しぶりのお客人だしな」

「あ、友護さん。お久しぶりです」

「兄様。おかえりなさい」

「おう、ただいま。護は久しぶりだな」


 後ろを振り向くと、そこには亜妃と月美に似た雰囲気を持っている黒髪の青年がいた。

 友護と呼ばれた青年は護の挨拶にいたずらっ子のように笑みを浮かべて返し、その笑顔を浮かべたまま月美の方を見る。


「もてなしたいって気持ちはわかるが、婿候補が来たからってそこまで頑張らなくてもいいのにな?」

「そうよね……って、兄様?」


 月美は顔を真っ赤にして兄に反論したが、友護はその様子をにやにやと笑いながら眺めている。

 その光景を微笑ましく眺めていた護だったが、友護の口から出てきた言葉がひっかかりを覚え、問いかけた。


「ちょっと待った友護さん。今、なんて……?」

「ん? いやだから、そこまで頑張らなくても……」

「いや、その前です」


 お約束といえばお約束で返してきた友護に、護はうなだれながら返す。

 友護は、待っていましたとでも言いたげに、愉快そうに微笑みを浮かべ。


「婿候補、ってところか?」

「はい。で、誰の?」

「月美のだ、当然だろ? 俺にそっちの気はないんだから」

「……えっと、つかぬことをうかがいますが、それは誰のことで?」


 ほほに汗を伝わせながら、わかりきったことを問いかけてきた護に対し、友護はなおも愉快そうな笑みを浮かべ。


「お前のことだぞ? 土御門護くん」


 と言ってのけた。

 その言葉に、護の顔は一気に耳まで紅くなり、思考回路がショートしてしまい。


「む……む、こ」

「あ、あぁのぅ……はうぅぅぅぅぅ」


 護は月美を横目で見ると、顔を真っ赤にしてしまった。

 同じように、月美も隠していたことをまだ知られたくなかった人に知られてしまったことで、恥ずかしいやら困ったやらで顔が真っ赤になる。


「まぁ、ほら。土御門と風森は親しい関係だし、護と月美は幼馴染だ。葛葉姫命からも風森の婿は土御門家の人間を据えるよう、お告げがあったんだよ」


 そのため、婿候補から一段も二段も飛んで、許嫁として扱うことにしたらしい。

 そう説明する友護だったが。


「もっとも、俺が勝手に言ってるだけで、本当に婿候補かどうかはわからないけど」


 最後の最後で、いたずら小僧のように笑いながら付け足していた。

 要するに友護の冗談だったのだが。


「って、顔面茹でダコになってやがる……」


 羞恥心ですでに放心状態になっている二人の耳に届いてはいなかった。

 友護から奇妙な方法でからかわれて数分後。

 ようやく正気を取り戻した護と月美は、夕飯までまだ時間があると判断し、それぞれの部屋にあがり、荷物を整理しようとしていた。

 だが、月美は姿見の前に立ち、今日買った服を再び試着している。


「護、この服を着たときに可愛いって言おうとしてくれてたんだよね……まったく、素直に口にできないのかなぁ?」


 手にしている服を着ている姿を見た時の護の様子を思い出しながら、月美はふとそうつぶやく。

 もっとも、護が感想を口に出せなかった理由は、気恥ずかしさにあったことなど、すでに見抜いていたのだが。


――麻衣と桃花にお礼を言わないとかな


 麻衣がコーディネイトしている最中、桃花が護の足止めと誘導をしてくれたおかげで、護にあの顔をさせることができたのだから、お礼を言うのが筋というもの。


――明日から、護と出かけることがわかったら、何かしらからかうための準備をしていそうな気がするけど、まぁ、いつものことだからいいんだけど……


 そう思う月美の脳裏には、護が微笑んだ顔が浮かんでいる。

 一番会いたいと、ずっとそばにいてほしいと願っている人の笑顔だ。


――本当はどこかレストランで夕食を摂ってから帰るつもりだったんだけどなぁ……


 そのまま、どこかのタイミングで、この胸に秘めている想いを告げるつもりだったのだが、その計画は亜妃が張り切ってしまったために失敗に終わった。

 むろん、その予定を亜妃に話さなかった月美の落ち度でもある。


「明日こそ、護に好きだって、言えるといいな……」


 だが、月美は諦めたわけではない。

 心なしかその頬は紅く染まっているが、その顔には恥じらいではなく、強い決意に満ちた表情が浮かんでいる。


「月美? 護くん? そろそろお夕飯にするから、降りてらっしゃい」


 明日こそは、と一大決心をした瞬間、階下から亜妃の呼ぶ声が聞こえ、部屋を出て夕食の席へと向かった。

 それから数時間後。

 夕食を終えた護と月美は、風森邸の屋根の上にいた。

 二人とも、あとは寝るばかりの状態であるようで、すでに寝巻代わりの浴衣に着替えている。

 そんな二人は、苦しそうに腹をさすっていた。


「……亜妃さん、本当に張り切ってたんだなぁ」

「うん……さすがに、あんなに食べられないよ」


 その原因は、亜妃の作った手料理の多さだった。

 護にしても月美にしても、人より食べる量が多い。

 霊力をより高めるため、二人とも修行の一環として、普段からわざと霊力を放出、あるいは神経や精神を張りつめらせることで、霊力を削り続けている。

 だが、霊力を消費させ、精神力あるいは体力の消耗につながり、その消耗が「空腹」という形で現れることが多い。

 そのため、普段から人よりも食べる量がほんの少し、多くなってしまう。


「いつもならこんなになるまで食べないんだけど」

「亜妃さんの料理、どれも美味いんだから仕方ないよな」


 もっとも、今回は亜妃の料理がどれも美味だったため、つい箸が進んでしまったらしい。


「ん?」

「来たかな?」


 不意に二人の表情が引き締まる。

 足もとからそれなりに濃い妖気が流れ込んできてきたため、二人は百鬼夜行が現れたのではないかと感じ、ほぼ同時に屋根の下を覗き込む。

 二人の視線の先には大きな蛇や双頭の蛇、比較的大きな蜘蛛や足の生えた琵琶や手足のほかにつま先の部分に一つ目が輝いている草履などの付喪神。

 火の玉やろくろ首など、わりと有名な妖怪たちが所せましと行列を組んで歩いている。


「いくぞ」

「うん」


 千年前の京都であれば、おそらくは普通に見られたであろう光景だが、当たり前のものであるのか、二人の顔に恐怖は浮かんでいない。

 護が合図を送ると、月美もほぼ同時に屋根から飛び降りる。

 地面に落ちる寸前で護はその手に印を結び、言霊を唱えた。


「風神召喚」


 護が言霊を唱えると、風の繭が二人を包み、着地の衝撃を抑えてくれた。

 突然、二人の術者が百鬼夜行の隣に現れたため、何体かの妖は動揺するが、運のいいことに、護と月美のことをよく知っている妖がその百鬼夜行に参加していた。

 その妖たちが自分から突然降りてきた術者たちに近づいていく様子を見た他の連中は、自分たちに危害を加えに来たわけではないことを理解し、その場を離れていく。


「いつも上からながめてるけど、あいつら楽しそうだよな」

「うん、なんだかお散歩してるみたい」

「まぁ、実際、散歩のようなものだ」


 立ち去っていく妖たちを見送りながら、護がそんなことを呟くと、月美がなんとも可愛らしい喩えを出す。

 その喩えに、言葉を返すものがいた。

 視線を下に向けると、そこには先ほどの夜行の列からわざわざ外れてここまでやってきた妖連中が。


「どうしたんだよ? 普段は百鬼夜行の行列をおどかそうなんてしないのに」

「お前ら、まさか俺らを退治しようなんて考えてんじゃないだろうな?」

「するかよ、そんなこと。面倒くさい」


 面倒くさいとは言うが、本音を言えば悪さもしない妖たちを退治するほど余裕があるわけではない。

 多くの術者はそうであるが、護本人は、たとえそんな余裕があったとしても、退治するつもりは毛頭ないようだ。

 人間が夜の世界に足を踏み入れるようになったとはいえ、人間と妖は科学万能の現代でも、住み分けることができている。

 下手にこちらから干渉しなければ、妖の側からちょっかいを出してくることはないし、妖の側からちょっかいをかけてこなければ、こちらも干渉しない。

 その暗黙の了解を受け入れ、守ることで、人と妖の間に均衡がもたらされていることも事実であるため、わざわざそれを崩すようなまねはしない。


「そんなことより、ここ最近、何か妙なことが起こってないか? 人がいなくなるだとか、ものが消えるだとか」


 護の質問に対し、妖たちは首をかしげる。

 人間同様、ある程度の知性を持ち合わせている妖たちではあるが、人間よりも怪異や異常というものに敏感だ。

 なにか怖いことがあると脊髄反射並の敏感さでそれを避けようとする傾向が強く、口にすることすら避け、立ち去っていくまで耐えることが常となっている。

 だが、目の前にいるのは陰陽師だ。

 陰陽師は自分たちの困りごとも解決してくれる、稀有な存在。

 話しておいたほうが自分たちにとって得な方向へ動いてくれることを、目の前の妖たちは本能に近い部分で知っていた。


「あ、ひょっとしてあれじゃないか?」

「あぁ、そうかもしれねぇな」

「おぉ、あれか!」

「俺も知ってるぞ! ここいらのガキンチョが消えてるってやつだろう?」

「検非違使……じゃない、今は警察っていうのか。そいつらが必死になって探してるみたいだけど、全っ然、みっかんないんだってな!」


 その話を聞いた月美と護は同時に顔を見合わせた。


「そんな事件、新聞にあったか?」

「ううん。けど、見落としちゃうくらい小さいものだったのかも?」


 いずれにしても、妖たちが感じた異常事態となれば、陰陽師として、そして術者として、放置しておくわけにはいかない。


「どこでいなくなってるとか、わかるか?」

「ん~……たしか、池のある学校だったと思うけど」


 妖は、記憶があいまいで覚えてないんだ、としょぼくれてしまった。

 護は思い出してくれた妖に礼を言い、頭をなでる。

 その顔は、人間に接するそれとは真反対の、とても慈しみに満ちた顔だった。


 ちょうどそのころ。

 繁華街の占い師は、予感めいたものが心をよぎったため、自身のを読んでいた。

 不意に、占い師の手が止まる。

 どうやら、占いを終えたようだが、その表情はどこか複雑だった。


「これは……」


 そこに現れていた結果は、何者かの望みがかなうであろうというものと、大いなる災いが起こるであろうというものの二つ。

 文面通りに判断すれば、この地にいる誰かの望みがかなうと同時に、大きな災いが降りかかってくるということのようだ。


――けれど、解釈は色々ある。災いが起きるから願いがかなうのか、願いを叶える代償として災いを呼び起こすのか……


 はたまた、望みをかなえることと災いが起こることが同じ現象を意味しているのか。

 それはわからないが、占い師はこの口角を吊り上げて微笑んだ。


「いいわ。どちらにせよ、私は私の願いをかなえるだけ」


 妖艶な笑みを、フードの下で浮かべながら、占い師は、なおもくすくすと笑みを浮かべていた。

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