第8話 動き出す影
翌日。
明け方の日の光で目を覚ました護は、自分の右側を見ると、そこには予想通り、昨夜と同じようにどこからか持ち出された衝立があった。
聞き耳を立てれば、その向こうからかわいらしい寝息が聞こえてきていることにも気づく。
――結局、月美と一晩同じ部屋で過ごしたってことか……亜妃さんと友護さんに遊ばれることになるな、これは……
そもそも、昨晩中に目が覚めた時に、月美を起こして自分の部屋に帰らせるか、自分で運ぶかすればよかったのだが、気づいてもすでに遅い。
護は亜妃と友護の二人から弄ばれるという最悪の事態を想定してしまい、さわやかなはずの目覚めが、一気に憂鬱なものに変わっていく。
だが、だからといって、いつまでもここでじっとしているわけにはいかない。
――あんま、俺が起こすのはよくないかもしれないけど、白桜たちに任せたら、事あるごとに口にしてきそうだし……腹くくるしかないかぁ
使鬼たちにいじり倒されて苦い思いをしたくないため、護は覚悟を決めて、浴衣の乱れを直し、衝立の向こう側を覗き込む。
そこには、案の定、幸せそうな顔で月美が眠っている。
起こすのもかわいそうだとも思ってしまうほど、穏やかな寝顔だが、護は心を鬼にして、そっと枕元に座り、月美の名前を呼んだ。
「月美? おーい、月美?」
だが、案の定、起きる気配がない。
「はぁ……予想はしてたけど、やっぱダメなのか」
護はそっとため息をつきうなだれる。
一度、眠りにつくとなかなか目を覚まさないことが月美の欠点。
それは、十年以上の付き合いで嫌と言うほど思い知らされているのだが、十七歳にもなってこの寝起きの悪さはいかがなものかと思わないわけでもない。
――なんだかなぁ……こういうところはまったく変わってないんだよなぁ
護は初めて出会った時のことを思い出しながら、あの時と同じように心のうちで月美に謝り、幸せそうな月美の顔の前で、思いっきり手を叩いた。
「ふぁ……?」
ぱんっ、と鋭い音を立てたあと、月美は間の抜けた声を上げ、目を開き、上半身を起こした。
すると、月美は周囲をきょろきょろと見渡し、視界に護が入り込むと、ふわりと、やたらのんびりとした微笑みを浮かべ。
「あ~、護だ~」
そのまま護に抱きついてきた。
どうやら、まだ寝ぼけているらしい。
「なっ! ちょ、待て月美!」
護はとっさに避けようとしたが、月美が抱きつく方が一瞬早く、見事に捕まり押し倒された。
押し倒された護は、懐かしいやら恥ずかしいやらで、複雑な顔になる。
一方、抱き着いてきた月美は抱きついたまま再び眠りに落ちていた。
その姿に呆れたようなため息をつく。
――なんか、十年前より目覚め悪くなってんじゃないか?
抱き着いてきた月美の重みと、その柔らかさを胸で感じつつ、護は嬉しいような、呆れたような。複雑な顔をしていた。
そんな護をよそに、月美は幸せそうに微笑んでいる。
その顔を見てしまうと、このままでいることも悪くはない、と思えてしまうあたり、自分は彼女に甘いのだと、改めて自覚した。
――さて、本当にどうしたものかな
とはいえ、自分が何をしようとしてこんな状態になってしまったのか忘れているわけではない。
月美の頭を撫でながら、どのようにすれば確実に起こせるか考えを巡らせるが、この時、こんな事態になって何もしないはずがない人物が二人、この階下にいるということをすっかり忘れていた。
結局、月美が完全に目を覚ましたのは、それから十分以上が経過してのこと。
目を覚ました後、月美は恥ずかしさと申し訳なさで顔を真っ赤にしながら、リビングに向かう。
その表情を見た亜妃と友護は、何があったのか大体のところを察したらしく。
「ふ~ん? 朝からお盛んねぇ」
「月美も、なかなかどうして……積極的だねぇ」
友護と亜妃は、にやにやとした笑みを浮かべながら、目の前に座っている護と月美に聞こえるような声でそうつぶやく。
当の本人たちは、その視線が痛いやら恥ずかしいやら。月美に至っては申し訳なさも加わって、顔を伏せてしまう。
さらに、友護はともかく、亜妃は月美に怒っていることが、言葉の端から伝わってくる。
「まったく、あんたって子はほんとに。何年経っても治らないわね、その癖は」
「うぅ……」
「そのせいで、起こしに来てくれた人に抱きついたって? 護くんだったからよかったものを、ほかの男の子だったら、今頃襲われてるわよ?」
「面目次第もございません……」
「……まぁ、間違いがなかったようでよかったけど」
すっかりしおれた様子の月美に、亜妃はそっとため息をついてそうつぶやく。
その様子を見ると、月美は少しだけほっとした顔になり、箸を手に取った。
一方、護は箸を持ってはいるものの、あまり食が進んでいない。
いや、食が進んでないどころか、何か考え事をしているらしく、先ほどからまったく料理に手を付けていないようだ。
「……護?」
「あら? 具合でも悪いの?」
護の様子に気づいた月美と亜妃は心配そうな声色で問いかけてくる。
それに気づいた護は、静かに笑みを浮かべた。
「いえ、そういうわけでは。ただ、少し気になることがあったので」
月美と亜妃の心配そうな声に答え、護は朝食を食べ始めた。
――気丈に振る舞ってはいるけど、何かあったのは確かね。大方、月美に心配させないようにしてるんだろうけど
何となしに理解した亜妃だったが、護が言っていた『気になること』について追及することはなく、黙って食事を続けることにした。
数分後。
朝食を取り終えて、護と月美は行方不明になっている少年と少女についての情報収集を始めるが、行方不明というより家出という扱いになっているためだろうか、目新しい情報はなかなか出てこない。
「警察のほうになければ……あとは、町内会か?」
そう呟きながら、護は町内会のサイトを覗いてみた。
すると、そこには目撃情報を求める欄がある。
もしやと思ってそこを開くと、そこに書かれていた内容に、護は口角をかすかに吊り上げた。
「ビンゴ」
そこに載っていたのは家出人の情報を求めるもの。
そして、年齢はほぼ全員、中学生あるいは高校生だった。
――家の外へ出た形跡がないのに、姿を消してしまった。全部にそう書かれてるってことは、妖が絡んでるとみて間違いないだろうな
日本の警察は非常に優秀と言われている。
そんな優秀な警察ですら発見できないほど完璧に痕跡を隠すことなど、一介の中高生にはまず不可能だ。
――月美が感じ取っている災厄の気配と今まで占いでつかんだ情報から、行方不明になっている中高生たちが、妖にさらわれた被害者とみてまず間違いないな
そう考えながら、護は行方不明者リストに最近加えられた「風間友尋」の名を近くに置いていたメモ用紙に書きとめ、パソコンを閉じた。
「ここまでわかれば、あとは夢殿で見てみるだけだ」
そうつぶやき、護は「風間友尋」の夢へ入る準備を始める。
いつもならば、知りたい人間の夢に入る場合、髪の毛などその人間の一部や、何かしらの霊的つながりを持っている必要があるが、今回、護は彼の名前を知った。
名前というものは魂を現世につなぎとめる楔のような役割を持つ。
体の一部や霊的つながりの代替品として、十分その機能を果たしてくれる。
――こんなもんか。あとは
準備を終え、護は部屋に戻り、衝立を四つ引っ張りだし、自分を囲うように並べる。
さらに数枚の護符を懐にしまい込んだうえ、使鬼たちに守護を頼むと、目を閉じ、夢殿へ足を踏み入れた。
護が夢渡りを始めた頃。
月美は麻衣の情報網を使って、行方不明になっている人々を探そうと考えていた。
新聞部であり、将来は記者を目指している麻衣は、学校で何が起きているのかだけでなく、何か面白い話はないか、自力で調査する癖がある。
そのせいだろうか、学校という枠を超えて、この地域のありとあらゆる情報に精通しており、地域一の情報ツウとして近所の奥様方にも有名だ。
そんな彼女と、月美は近所の喫茶店で落ち合うことを約束し、今現在、舞に話をしていた。
「行方不明になってる中学生や高校生の共通点、ね……」
話を聞いた麻衣は少し考え込み、何かを思い出したのか、鞄から付箋が大量についた手帳を取りだした。
麻衣の持っている手帳には、大量の情報が書き記されている。
親友の片割れである桃花曰く。
『あれはもう取材メモっていうより、閻魔帳だね』
ということらしい。
麻衣はそんな閻魔帳をぱらぱらとめくっていくと、一つのページで止まった。
どうやら、月美の求めている情報が見つかったようだ。
「うん。家出って扱いになってるけど、行方不明になっている子たちが結構いるよね。その子たち全員、占いにはまってたみたいなのよ」
「占い?」
「そう、占い」
聞き返した月美に、麻衣はしれっとした態度で答え、続けた。
どうやら、ここ最近、若者の間で人気急上昇中の占い師がいるそうで、その占い師の占いを受けた若者が行方不明になっているらしい。
もっとも、年齢が中学生や高校生であるため、たいしておおごとにはなっておらず、家出として処理されているらしい。
「その占い師って?」
「あぁ、ちょっと待ってね……」
月美のもう一つの質問に、麻衣は白紙のメモ用紙を取り出し、手帳に書かれていることを写して、月美に渡した。
「この時間、この場所にたいていの時間は占いをしてるみたい」
「ありがとう、助かるわ」
お礼を言いながら、メモを受け取る月美だったが、手渡した麻衣は心配そうな表情を浮かべている。
「何をするつもりかは知らないし、聞かないけど、気をつけてね? わたし、月美が行方不明になるのは嫌だからね」
「わかってる。ありがとう、麻衣」
親友を心配してそんなことを言ってくる麻衣をよそに、月美は優しい笑顔でお礼を言い、メモ帳をかばんの中にしまった。
そんな月美を眺めながら、麻衣は目の前に置かれたアイスティーのストローに口をつける。
「あ、そうだ。この情報の埋め合わせ、頼んじゃっていいかな?」
「え? まぁ、無理なものじゃなければ、いいけど」
突然の麻衣の提案に、月美はキョトンとした顔で答えた。
麻衣は自分が得た情報を他人に渡すとき、『埋め合わせ』と称した新情報の提供を求めることをルールとしている。
情報の対価は情報で、が彼女のモットーらしく、自分の取材ノートに記載されていない新情報を欲しがっている人間に関する新情報を要求する。
それが彼女のやり方だ。
――情報料を今すぐ寄越せって……これ、絶対護のこと聞いてくるよね?
知っていることとはいえ、親友のそのちゃっかり具合に、月美は苦笑を浮かべていた。
そんな様子には気づかず、麻衣は月美が予測していた通りの要求を口にする。
「月美の彼氏、土御門くんだっけ? 彼のこと、教えて」
「教えられる範囲のものでよければ。それから、まだ彼氏じゃないわよ」
「『まだ』ねぇ?」
「な、なによ?」
「べっつにぃ~?」
月美はその要求があるであろうことはある程度予想していたので、たいして動揺することなく受け答えた。
だが、『まだ』と言ってしまったために麻衣に面白おかしい推論を立てさせたあたり、まったく動じていないというわけではないようだ。
そして、これはまだ始まりにすぎない。
「それじゃ、早速で悪いんだけど」
許可が下りたため、麻衣は早速、月美を質問攻めにする。
護という人間がどういう人物なのか、ということから始まり、月美と護の出会い、護との関係やどこまで進展したのか、護のどこが好きなのか、などなど。
麻衣は、それこそ根掘り葉掘り聞いてくる。
親友である月美相手でも遠慮は無いあたり、ジャーナリストの卵らしいと言えるだろう。
だが、麻衣は一つだけ誤算があった。
「それでね、私が眠そうにしていると、嫌な顔一つしないで『眠いなら、俺の肩を貸してやるよ』って言って、上着まで貸してくれるの」
「へ……へぇ……」
「でね、でね! 私がすごく不安だったり、寂しかったりすると、東京にいても、誕生日とかお祝いの時はいっつも電話をくれるんだよ。あ、あとあと……」
「も、もういいです……月美があの人のことがどんだけ好きなのか、十分にわかったから」
いつもなら、相手に無遠慮な質問をぶつけ、相手をノックダウンさせる麻衣なのだが、今回は質問をぶつけた自分が圧倒されてしまった。
――ま、まさかこれほど月美があの人のことを好きだったとは……完全に予想外だったわ
スイーツの類は何も注文していないはずなのに、なぜか胸焼けを覚えるほど、糖度の高い内容。
おまけに、取材相手に圧倒させられるだけではなく、恋人にすらなっていないというのに、甘い惚気話を延々と聞かされていた。
――いままで、いろんな人に迷惑かけてきたつけが回ってきたかなぁ……
そのあまりの熱量と糖度の高さに、今までの行いを反省するのだった。
ちなみに、月美の惚気話は一時間も続き、この後、麻衣は。
『親友とはいえ、他人の惚気話で胸焼けを覚える日が来るとは思わなかった』
と、桃花に愚痴をこぼしていた。
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