第242話 術者たちの抵抗に怒る悪魔

 自分の体を悪魔祓いでもない、まして忌々しい『神』を信仰しているわけでもない極東の術者に傷つけられ、バフォメットは本気になっていた。

 彼の体から靄のようにあふれ出ている黒い魔力を感じ取った護たちは、自分たちの道具を持つ手に、力を籠める。


「こっからが本番だな」

「あぁ。一応言っておくが、ぬかるなよ?」

「どっちがだよ」

「が、頑張ります!」


 満の言葉に、護と月美がそれぞれの反応を示す。


「やってみせなさい!!」


 当然、護たちの言葉にバフォメットは怒号をあげる。

 その瞬間、護たちを激しい突風が襲う。

 だが、護たちはひるむことなく立ち向かっていく。


「オン、アビラウンキャン、シャラク、タン!!」

「まかれやまかれ、この矢にまかれ!!」

「甘いっ!!」


 護と月美が真言と神咒を唱え霊力をぶつけるが、バフォメットは怒号とともに魔力をぶつけ、相殺した。

 相殺した瞬間、バフォメットは両手から炎を呼び出し、ボールのように二人に投げつけてくる。

 向かってくる炎に対応しようと、護は火伏の真言を唱えようとするが間に合わない。


「くそっ!!」


 悪態づきながら、護は月美を庇おうと、彼女の前へ走り始める。

 その瞬間。


「禁っ!」


 光の声が高らかに響き、護の前に不可視の障壁が築かれる。

 バフォメットが放った炎は、その壁に阻まれ、護たちに被害を与えることはなかった。


「すまん!」

「気を抜くな、まだ来るぞ!!」


 謝罪する護に対し、光が厳しい言葉を投げる。

 その言葉の通り、バフォメットは黒い光を放つ無数の槍を投げつけてきた。

 西洋魔術の知識に乏しい護だが、その槍を受けることは悪手であると瞬時に判断し。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 右手で刀印を結び、素早く九字を唱えながら空中で十字を切った。

 すると、護の霊力が格子状の壁を作り、投げつけられてきた槍を受け止める。


「くっ?! 霊力の壁だと??!!」

「いまだっ!」


 漢字に変換してたった九文字。

 それほど短い呪文に、自分の魔術が防がれるとは思わなかったらしい。

 その驚愕で生まれた動揺を見逃す光ではなかった。


「ナウマクサンマンダ、インドラヤ、ソワカ!」


 どこにしまっていたのか、呪符を結び付けた棒状の手裏剣のようなものをバフォメットに投げつけながら、帝釈天の真言を唱える。

 その瞬間、バフォメットの眼前に迫ってきた手裏剣に向かって、上空から白い閃光が轟音とともに落ちてきた。

 光の速度には、悪魔といえども対応することはできないらしく、光の柱の中へ飲み込まれる。


「やったかっ?!」


 その光景に、光は思わずそう呟いてしまう。

 だが、それはいわゆる『フラグ』というものだ。


「なめるなと! 言っているだろうが!!」


 頭上に落ちてきた雷の中から、バフォメットの怒号が響く。

 同時に光がはじけ飛び、バフォメットが姿を現した。

 体の所々から煙が上がり、肩で息をしているため、決して無傷であるというわけではない。

 先ほどの雷神召喚は確実にバフォメットに傷を与えているのだが、完全に倒すにはまだ一歩、足りないようだ。


「帝釈天の真言で呼び出した雷でもダメなのか?!」

「効いてない、というわけじゃないようだがな」

「あぁ、さすがに効いたさ……だが、まだこの俺を倒すには届かないぞ!!」


 驚愕する光にツッコミを入れる護に返すように、バフォメットが吠える。

 それと同時に、再び魔力で暴風を巻き起こし、護たちにぶつけてきた。

 雷神召喚により呼び出された雷を受けた痛みが、それまでバフォメットを抑えていた理性を吹き飛ばしたらしい。

 先ほどよりも荒々しく、さらに力強い風が護たちに襲いかかってくる。


「茨よ! 我が配下たるアルラウネよ! 我が前に立ちはだかる敵を縛り上げよ!」


 さらに、護たちの動きを封じ込めようと、足元に茨を呼び出す。

 突然のことに対応できず。


「しまった!」

「きゃっ?!」

「くっ!!」


 護と月美、光は茨に巻き付かれてしまった。

 動きを封じた護たちにむかって、バフォメットは再び黒い光の槍を投げつけてくる。


「これで終わりだぁっ!!」

「禁っ!!」


 だが、唯一難を逃れた満が障壁を築き、向かってきた槍を防ぐ。

 さらに。


「オン、キリキャラ、ハラハラフタラン、バソツ、ソワカ!」


 護たちを縛り上げている茨を不動金縛り術に見立て、解縛法を試みる。

 パチリ、と指を鳴らすと、護たちを拘束していた茨がボロボロと崩れていく。


「ちっ! なかなかしぶといな!」

「あいにく、最終戦争なんてものを引き起こさせるわけにはいかないのでな!」


 忌々し気に声をあげるバフォメットに対し、光が吠えるように返す。

 何よりも、生存欲求は人間だけではなく、すべての生物が持っている本能だ。

 最終戦争により、現世の滅亡を引き起こそうなどとしている存在を前に、何が何でも抗おうとする行為は何ら不思議ではない。

 だが、バフォメットはその抵抗が何よりも腹立たしく。


「なぜ抗う?! それが本能だとしても、圧倒的な力を前にして、なぜ抗う?! 私は、いや、かのお方は貴様らを忌々しき神の呪いから解き放ってくれるというのに!!」


 突然、訳の分からないことを口走った。

 極東の、自分たち悪魔に対する対策が十分と言い切れないこの国で、最後の最後になって思うように事が運ばなくなったことも加わって、ついに思考が崩壊したのだろうか。

 護たちは何を言っているのかわからず、首をかしげていた。

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