第240話 悪魔を前に襲いくる妖たち

 バフォメットの口から告げられた衝撃の事実を受けて、護たちは驚愕していた。


「さて、それではお話は終わりですかな? 私はかのお方を呼び出すために儀式に集中しなければなりませんので」

「いや、俺たちの目的をわかってて言ってるだろ、それ」

「えぇ。ですが、あえて問いかけることが形式美というものでしょう? まぁ、答えはわかりきっているのですが」


 バフォメットはその瞳を三日月のように細めながら、護の言葉に返してくる。

 顔が完全に黒山羊のそれであるため、感情を読むことはできないが、どうやら笑っているらしいということは理解できた。


「なら、こちらの返答もわかっているのだろう?」

「それを問いかけるというのは、無粋というものでは?」

「そう返すってことは、わかってんだな」


 護のその一言を合図に、光と満は拳銃の引き金に指をかけ、月美は鏡を取り出し、鏡面をバフォメットに向けた。

 するとバフォメットはため息をつき。


「やれやれ、結局、こういうことになるわけですね」


 残念そうにつぶやき、右手を掲げ、指をはじいた。

 それを合図に、どこに姿を隠していたのか、護たちの周囲を妖や悪魔が無数の囲んだ。


「ならば、抵抗させていただきます。この数を相手に、あなたがたはどこまで耐えられますかな?」

「キエェェェェェッ!!」

「グルアァァァァッ!!」


 魔法陣の方へバフォメットが振り向くと同時に、周囲にいた妖たちが咆哮をあげながら、護たちに向かって飛びかかってきた。


「禁っ!」

「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!」


 月美が言霊で障壁を築くと同時に、護が九字を唱える。

 二人の声に重なり、拳銃の発砲音が響くと、妖たちは次々に倒れ、動かなくなっていった。

 所詮、数だけが集まった烏合の衆であるため、護たちは危なげもなく対処していたのだが、圧倒的兵力差から徐々に押されていく。


「さすがにまずいか?」

「徒党を組まれていないだけまだましだが、こう数が多いとな!」

「どうにかすることはできない?」

「どうにかって言われてもなぁ!!」

「雷神召喚でも、怨敵調伏でもなんでも構わん! 何か手はないのか?!」

「いきなり無茶ぶりだな!!」


 よほど切羽詰まっているのか、光も満も、この状況を打開するための手段が浮かんでこないようだ。

 さすがに無茶ぶりが過ぎることに、護は怒りを通り越して呆れたような声で反論する。

 だが、いつまでもそんなやりとりを続けているわけにもいかないことは、護とて百も承知だ。


――これだけの数を一気に相手できるような手段なんて、そうそうすぐに浮かんでくるもんでもないぞ……


 なおも向かってくる妖たちに対処しながら、護は必死に思考を巡らせる。

 霊力の消耗がそれなりに小さく、かつ一度に多くの妖を一気に浄化できるような術がないか。

 今まで身に着けてきた知識を総動員させ、必死に考えている中で、一つの術の存在を思い出した。


――いや、あれがある!


 その術を思い出した瞬間、護は術の準備をしながら光と満に声をかけた。


「賀茂! 芦屋! どっちでもいい、ライターか何か持ってないか?!」

「あるにはあるが、どうするつもりだ?!」

「さっきから振られてる無茶ぶりをどうにかできるかもしれん!!」

「そんなことできるの?!」

「確証はない。けどやるだけやってやる!」

「そういうことなら、頼んだ!!」


 月美の問いかけに返した護の答えに、光は持ってきていたライターを投げつけた。

 それを両手で受け止めると、ライターの火をつけ、ポーチから取り出した一枚の呪符に炎を近づけていく。

 当然、炎は呪符に移り、チロチロと紙をなめ始める。

 完全に燃え尽きてしまう前に、護は燃えている呪符を樹木に似た妖に向かって投げつけた。


「ギィィィッ??!!」


 当然、妖に炎が燃え移り、妖は苦し気な悲鳴を上げる。


「悪いが、そのまま燃えててくれ」


 だが、護はそんな悲鳴を気にすることなく、両手で印を結び、大きく息を吸い込み。


「ノウマク、サラバ、タタギャテイビャク、サラバボッケイビャク、サラバタ、タラタ、センダマカロシャダ……」


 不動明王の火界咒を一気に唱え揚げる。

 その瞬間、妖に燃え移った炎が勢いを増し、周囲にいたほかの悪魔や妖たちに燃え移っていき、その場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「す、すごい……」

「ただのライターの火からここまでの炎を広げるとは」

「だが、選択は間違いではないようだ」


 見てみろ、と唖然としている満に光は指さす。

 指さすその先では、数百はいたのではないかと思われる妖や悪魔たちの群れが、次々に炎に巻かれていた。

 その光景に、満は疑問を覚え、光に問いかける。


「悪魔もあの場にいたんじゃないのか?」

「あぁ。本来なら、不動明王がどうこうできる存在じゃない、と思う」

「なら、なぜ彼らも火界咒の炎に巻かれているんだ?」

「おそらくだが、不動明王咒の力が作用しているのは、彼らが『悪魔』だからだろうな」

「いや、だから」

「一口に『悪魔』と言っても、西洋と東洋では概念が違う。だが、悪魔が『しき物』であるということは同じだろう?」


 古今東西、火には浄化の力があり、悪魔もまた、人をたぶらかし道を外させようとする存在という共通の認識が存在している。

 その認識を利用して、この場にいる人外の化け物たちを一掃したようだ。

 博打に近い策ではあったが、どうにかうまくいったことに、護は安堵のため息をついていた。

 だが、その威力はすさまじく。


「オン、ヒラヒラ、ケン、ヒラ、ケンナウ、ソワカ!」

「オン、ヒラヒラ、ケン、ヒラ、ケンナウ、ソワカ!」


 光と満が同時に秋葉権現の真言を唱え、火伏の祈祷を行わなければ、自分たちも被害を受けるほどであった。

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