第216話 一方で高校生二人は
調査局で光と満が、ジョンという海外からの協力者を得た頃。
護は白桜と黄蓮が持ち帰ってきた情報を月美に伝えていた。
並んで座っている二人の手元にはほかほかと湯気を立てている生姜湯が入ったマグカップがある。
どうやら、就寝する前に冷えた体を温めるつもりだったようだ。
もっとも、月美は白桜と黄蓮の話を聞き、それどころではなくなったようだが。
「なんだか、気になることが増えてくるね」
「あぁ。おまけに、俺たちはあくまで個人で動いているから、企業が相手となるとどうしてもな」
企業と個人を比較したとき、権力や財力、そして人脈などの力はどちらの方が上か。そんなことは火を見るよりも明らかだ。
おまけに護と月美は
学生が相手になるには大きすぎるため、直接、手を出すことはまず不可能だ。
できることはせいぜい、今回のようにこうして使鬼に探りを入れさせ、あたりをつけることくらいで、それが終わってしまった以上、調査局からの報告と協力要請がくるまで二人ができることはなくなってしまった。
「あとは調査局からの協力要請が来るまで待つしかない」
「わたしたちができることは、あとは何か変な動きをしないか、使鬼に見張らせることくらい?」
「使鬼でも危険かもしれない。白桜がそんな気配を感じ取ったと話していたしな」
「てことは、わたしたちにできることはもうないのかな?」
使鬼を使い、目と耳の代わりにする。
術者であれば、主軸として使う術の傾向に差はあっても、似たようなことをして情報を集めることが可能だ。
護の先祖である安倍晴明も、満の先祖である道摩法師も、離れた場所や自分が居合わせることのできない場所に式神を飛ばし、その場所で行われた会話を盗み聞きしていたという。
だが、使鬼にしても式神にしても、発見され、危害を加えられれば、派遣した術者に何かしらの返しがある。
使鬼と術者の間にある
そのため、蜘蛛や蝶などの小さな虫を使鬼にして、仮につぶされてしまうと、どこかから出血するということもあるし、使鬼を通じて、術者に呪詛をかけられるという危険性も存在する。
白桜たちが探りに来ていることに感づいたかもしれない存在がいる以上、使鬼で見張ることはあまりいい手段とは言えない。
「要請が来るまで、待つしかないだろうな」
「そうなるのね……」
「まぁ、やらなきゃいけないことがあるから好都合と言えば好都合だけどな」
いくら土御門家の伝手で調査局の仕事をさせてもらえているとはいえ、護も月美もまだ高校生。
学生である以上、その本分は勉強にある。
それに来年度、二人は三年生だ。
高校三年生ともなれば、大学への進学にしろ就職にしろ、自身の進路を決める大切な時期となる。
当然、学校側から提示されるやらなければならないことも増えてくるし、定期的に模擬試験を受けなければならない。
特に、護は土御門神社の跡取りであり、自身もそうなることを望んでいるため、神職の資格取得ができる大学を選んで進学する必要がある。
推薦入試という手段もあるにはあるが、勉強しなければならないことに変わりはない。
「そういや、月美はどうするんだ?進路」
「うん、私も神職の資格を取得しようかなって。それと、公務員試験、受けようと思ってる」
「調査局?」
「できれば」
「まぁ、それが無難かねぇ……」
調査局がどのように職員採用を行っているのか、護も月美も知らない。
だが、一応、仮にも、内閣府の組織であるのならば、筆記試験と面接は存在しているはず。
それを踏まえて、しっかりと公務員試験の対策しなければならない。
大学で講習を行ってくれればそれでよし。講習がなくとも、どこか予備校のようなところを紹介してくれるなどのサポートは最低限してくれる。
それを見越して、進学を選択するつもりのようだ。
もっとも、それは現実を見ての話で、本音の所は。
「ほんとは、卒業したら護と結婚っていうのが第一志望なんだけどね」
進学ではなく、護との結婚が第一志望らしい。
もちろん、護としてもそれは歓迎すべきことなのだが、いかんせん、先立つものがなければ、その後のことが立ち行かなくなる。
「まぁ……うん、それは俺も思うけど、さすがにまだ、な」
「わかってる。わかってるんだけどね」
学校では、自分たちがすでに交際していることは周知のことだ。
だが、土御門家。もっと広く言えば、術者の世界では、二人の関係はまだ単なる同居人でしかない。
術者界隈に二人の関係についての情報が一切出されていないため、そうなっているのだ。
術者というのは、恨みや妬みといった負の感情を受けやすい。
妖怪や怨霊に限らず、同じ術者や一般人からもその感情を向けられ、時には実力行使されることも多々ある。
術者の家同士ならばどもかく、一般人からそれらの感情を向けられ、実力行使に出られたとしたら、最悪の場合、命が危険にさらされることだって十分にあり得るのだ。
ある程度、心身ともに成長した大学生ならばともかく、高校生という多感な時期にそのような体験はあまり好ましくない。
そう判断したため、翼があえて一人息子最大の弱点となる恋人の存在を隠すことを選択したのだ。
月美も護も、それは理解しているが、できることなら早く一緒になりたいと思っていることも事実だった。
互いに片思いをこじらせて、ようやく交際するまで十年近く。
それまでの間に育った、一つになりたいという感情は、もはや理性で抑えつけるには限界があった。
だが、そこは術者として感情を抑える訓練を積んだ二人。
「あと二年だもん。それくらいなら待てるよ。待ってみせる」
「そうだな」
少し悲しそうな笑みを浮かべながら出した、月美のその言葉を聞き、護もまた、微笑みを返した。
「でも」
月美はすっと護の肩に寄り掛かった。
「これくらいは、してもいいよね?」
「お、おう」
普段はあまりしてこない月美の甘えたそぶりに、護は赤面しながらそう返していたが、彼もちゃっかり彼女の肩に腕を回していた。
なお、この甘い空気を使鬼たちが微笑まし気に見守っていたのだが、二人がそれに気づくことはなかった。
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