第217話 そしてやってくる協力要請

 翌日。

 護と月美がいつも通り、いつものメンバーと談笑してから帰宅し、帰宅後の水垢離を終えると、翼から急に呼び出された。

 以前、調査局から依頼があった場合、自分たちにも伝えると約束していたことから、二人は身支度もそこそこに書斎へ向かうと、聞き覚えのある声が。


「なんというか」

「縁、ってことなのかな?」

「だろうな」


 互いに苦笑を浮かべ、書斎の扉を開けた。

 すると、室内にいた翼と先客も気づいたらしく、視線を護たちの方へ向けてくる。


「来たか」

「久しぶりだな、二人とも」

「あぁ。本年もよろしくお願いします」

「今年もよろしくお願いします。って、新年早々大変なことになりましたね」

「まったくだ。勘弁してほしいものだよ」


 月美の言葉に、先客の光は肩をすくめ、重々しいため息をつきながら答える。

 その顔には疲労が色濃く浮かんでいるように、今年初めて光と顔を合わせた二人は感じた。

 事態はそれだけひっ迫しているということなのか、それとも解決に向けてどう動けばいいのか調査局でも方針ができていないのか。

 いずれにしても、光には多大な疲労が襲いかかっていることを、二人は見て取った。

 だが、そこは同い年とはいえ先輩社会人。

 疲労などおくびにも出さず。


「話は翼さんに通してある。まずは翼さんから話を聞いてくれ」


 はきはきとした声でこの場を翼に譲った。

 譲られた本人は、少しばかり呆れた様子でため息をつきつつも、入ってきた二人に声をかける。


「もう少し、近くに寄ってくれ。それと、ドアを閉めることは忘れるなよ?」


 わざわざドアを閉めろと命令してくることに、護は眉根をひそめた。

 普段ならば、そんなことを言ってきたりはしない。

 仕事のことであればできる限り外に漏らさないようにするため、言われずとも、書斎のドアは必ず閉めるようにしている。

 だが、今回に限って、わざわざ忠告してきた。

 そのことに疑問を感じながらも、護は書斎の扉を閉め、翼に視線を向ける。


「いつもなら気にしないのに念を押すって、どういうことさ?」

「それだけ、重要なことだ。開けたままでは、結界もうまく機能しない」


 護の問いかけに、翼はあっけらかんと答える。

 扉や門、あるいは壁が備えている機能は、何も出入り口を明確にするというものだけではない。

 こちら側とあちら側、此岸しがんと彼岸の領域、現世と幽世かくりよに対する線引きのような役割も果たしている。

 門や扉を開けるということは、互いの領域への通路を開くということであり、反対に門や扉を閉じるということは、その領域との間を区切るということだ。

 門や扉を閉じるということは、非常に簡単ではあるが、結界を築くことと同じ。

 どこで誰が見ているかわからないし、どんな存在が関与しているかわからない。

 この敷地にも邸にも結界を張っているが、念には念を入れて、幾重にも結界を張り巡らせているのだろう。

 その最後の鍵が、書斎の扉、ということのようだ。

 その厳重さに疑問を感じたのか、月美は首をかしげた。


「すごく用心しているようですけど、なぜそこまで?」

「それだけ、今回、調査局から協力要請された依頼は慎重に進めたいということだ」


 深夜に鳴り響かれて迷惑だ、という近所からの声が多く寄せられるようになったことから、昨今、除夜の鐘を突く寺院は数を減らしている。

 そうなると、一年でたまりにたまった煩悩を祓いきれなくなるのだが、新年の祈願や三が日を過ぎた後も祈祷を行うことで、どうにか 煩悩を祓い、清らかな気を呼び込む準備を整えてきた。

 だが、三が日はおろか間もなく月末に突入しようというのにいまだ、瘴気が収まる気配がない。

 さすがにこれを異常事態と呼ばないことはできないと判断したのだろう。

 さらに。


「これは私個人、まだ半信半疑ではあるのだが、どうやら海外で活動していた悪魔がこの国に侵入したらしい。その悪魔が一枚かんでいるそうだ」


 そう語りながら、翼は光に視線を向けた。

 その視線に気づき、光はうなずいて肯定し、そこから先の説明を引き継いだ。


「今、バチカン市国からエクソシストのジョン氏が来日している。その悪魔を追いかけて、とのことだ」


 さらに光は、ジョンと名乗るエクソシストから悪魔に関する調査協力と、討伐の協力を呼びかけられたことを伝えたうえで、調査局では悪魔の調査と並行し、現在進行形で起きている現象についての調査を継続するという方針を打ち出すことを説明した。

 そのための人員として、ある程度、実力も信頼できる護たちに協力を要請したいということらしい。

 そこまで説明して、光は護と月美に視線を向けながら。


「むろん、無理にとは言わないが」


 と、お決まりの文句を言ってきた。

 その文句に対する、二人の反応は当然。


「限られた時間の中でしか協力はできそうにないですが、それでよければ」

「わたしも、護と同じです」


 であった。

 もっとも、進路相談や学年末試験が近いということもあり、仕事を行うことができる時間が限られているということは本当だが。

 二人が光に返した言葉に、翼はそのことに思い至ったのか。


「あまり、お前たちを拘束しないよう、私もできる限りのことはしよう」


 と、頬に冷や汗を伝わせながら約束するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る