第215話 事件の裏に悪魔あり
海を隔てた地。バチカン市国よりやってきた悪魔祓い、ジョン=グレース。
彼が言うには、今現在、日本に彼が何度も対峙してきた悪魔が身を潜めている可能性があるのだという。
その言葉に光も満も戦慄を覚えたのだが、一つの疑問が浮かんでいた。
「待ってくれ。あなたがそう思う根拠は?」
「その悪魔が、人間の経済活動に何かしらの形で関わってくるのです。それも毎回」
「人間の経済活動……商売を行うというのですか?」
「というよりも、商売に口を出したり、手を貸したりするのです」
通常、妖怪などの霊的存在は人間の経済活動に興味を示さない。
商売繁盛などの御利益を持つ神は存在しているが、彼らは基本的に世界を見守るだけであり、直接関与してくることない。
だが、ジョンが追っている悪魔は、本来興味を持たないはずの活動にどっぷりと関わってくる。
興味を示したのか、それとも経済活動を通じて何かをしようとしているのか。
理由は定かではない。
「ですが、このまま放置していてはいけない。神の啓示でも、教皇猊下の判断でもなく、私個人の勘がそう告げているのです」
とてつもない何かを考えて実行しているとジョンは踏んで、こうしてかの悪魔がやってきたと考えられる地、日本へやってきたというわけだ。
だが、そうなると疑問が一つ浮かんでくる。
「なぜ、日本だと確信したのです?アメリカや中国のほうが日本よりも活発な経済活動を行っているように思えるのですが」
「その悪魔が関わる国では、一つのものが若者に流行するという傾向があるのです。この国にも、若者に流行しているものがあるではありませんか」
ジョンの返答に、満は何かを思い出したようだ。
現在、日本の若者の間で流行しているものといえば、アプリゲーム『幻想召喚物語』だ。
そして、近日中に行われるアップデートで、疑似的な会話をできる機能が追加されるという情報もある。
疑似的とはいえ、会話という行為は魂をつかむきっかけとなりうる行為だ。
つかんだ魂を何に使うのかまではわからないが、悪魔のやりそうなことと言えば、人間を破滅に導くこと以外に考えにくい。
「いずれにしても、その悪魔が何かをこの地で行おうとしていることは確かだろうな」
「えぇ。今までもそれなりに影響を与えてきましたが、範囲が限定されていました」
「今回はアプリをダウンロードしてしまっていれば、それこそこ世界中に影響が広がる可能性もある」
機械技術の発達により、端末と環境さえ充実していれば世界中の情報を閲覧できるだけでなく、他国の人間と交流することが容易となった昨今。
当然、コンピュータープログラムによって作り上げられているアプリゲームも、世界中に広がる可能性がある。
現にこのゲームの開発を行った社長は、将来的には海外にもこのアプリを浸透させたいと、とあるゲーム雑誌のインタビューで回答している。
このまま放置していれば、『幻想召喚物語』を通じて、世界中の人間に悪影響が出てしまう。
その可能性に思い至った保通は。
「賀茂光、芦屋満。以前、君たちに任せた件は、ジョン氏が追いかけている存在が関与している可能性が非常に高い」
と、判断を下した。
さらに。
「よって、ジョン氏のサポートと捜査協力を命じる。もし手が足りなければ外部の人間に協力を求めても構わん」
実質的に国境を超えた合同捜査を身と得る発言を出した。
といっても、ジョンはあくまで個人的に調査しているだけに過ぎないため、正式な合同調査というわけではないのだが。
だが、そんなことは現場の人間には関係ない。
「はい!」
「了解しました。ジョンさん、しばしの間、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ご協力に感謝いたします。では、早速ですが」
保通の命令を光と満は承諾。
ジョンはその場にいた三人に礼を言うと、早速、今後の方針について話し合いを開始しようとした。
だが。
「ここでは資料もありません。我々に割り当てられた対策本部があります。まずはそちらへ向かいましょう」
「そう、ですね。すみません、少し焦っていたようです」
光が自分たちに割り当てられている本部へ案内することを提案しなければ、局長室で対策会議を始めていてもおかしくない勢いだ。
ジョンは冷静ではなかったことを認めてか、光に謝罪し、ともに対策本部へと向かっていった。
――ほんの少し言葉を交わしただけだが、これほど早急に対策会議を始めたいと思うものだろうか?焦っているのか、それとも単に協力者を得たことがそれほどうれしいのか?あるいは、それだけ、彼が追いかけている存在が行おうとしていることは巨大なことなのだろうか?
局長室を後にし、対策本部へと向かう三人の背中を見送りながら、保通はジョンの先ほどの行動に少しばかり疑問を感じていた。
ほんの少し、あいさつ程度の言葉を交わしただけだが、その時のジョンの印象は、物静かで知的な、まさに『教会の神父』というイメージをそのまま投影したかのような。少なくとも先ほどのように、対策会議を急ぐような印象ではなかった。
普段のジョンが最初に抱いた印象の通りならば、彼をそうさせるだけの何かが、追いかけている存在にあるということなのか。
――念のため、翼に連絡をしておくか。気は進まないが
そっとため息をつき、保通は翼に調査局に海外の協力者がいることを伝え、彼の行動から今回の事件に気を抜くことがないよう釘を刺すため、翼に電話をかけるのだった。
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