第207話 二人が動き出すことを許可する男

 その日の夜。

 護の部屋で学校から出された課題に取り掛かっていた。

 ふと、護と月美は何かを感じたのか、手を止め、周囲を見回し。


「護」

「月美も感じたか?」

「うん」


 二人が感じたもの。それは、神社ではまず感じることのない、瘴気の気配だった。

 通常、木で満ちている神社は、気があふれる場所だ。気とは生命力でもあり、生きとし生けるものの活力でもある。

 が、対して瘴気というのは穢れた気だ。穢れは『気枯れ』であり、生命力や活力が枯渇していることでもある。


 木で満ちているということは、気で満ちている。すなわち、生命力や活力で満ちているということだ。

 すでに寂れ、人の手が入っていない神社でない限り、対極にある瘴気を感じ取ることはまずありえない。

 だが、年末あたりから、わずかではあっても神社の境内で瘴気の気配を感じ取ることができるようになっている。

 だが、生活の場であり、さらに強固な結界を張っている住居にまでその気配を感じ取ることができるということはありえない。

 そもそも、強固な結界で守られている空間で瘴気の気配を感じ取ることができるということが、異常な事態であることは、護も月美はもとより、翼に師事している術者たちも理解している。


「さすがに、おかしいよね?」

「あぁ。父さんが守ってきた結界が簡単にほころぶはずがないし……」


 術者として、何より片や土御門家の人間。片や土御門家に居候させてもらっている客人であり、将来は土御門家に嫁ぐ人間として、この異常事態は放置しておくことはできない。

 互いに言葉にすることはなくとも、自分たちが何をするべきか。起こすべき行動はあるか。当主である翼に伺うため、翼の書斎へと向かうことにした。

 十分とかからずに書斎に到着すると、まるで二人の来訪を予見していたかのように、扉の奥から翼の声が響いた。


『扉は開いている。二人とも入って来なさい』

「失礼します」

「入ります」


 翼からの呼びかけに答えるようにそう言いながら、二人は扉を開け、書斎に入った。

 幾度となく入ったことのある空間だが、いつになくピリピリとした雰囲気を醸し出している。


――あ、あれ?こんなにピリピリした場所だったっけ??

――いったい、俺たちが入る前に何をやったんだよ、父さん……


 その雰囲気を肌で感じ取った二人は、それぞれに違うことを思いながら、翼の近くへ寄っていった。


「お前たちが来た理由は知っている。というより、以前からわかっていた、というべきだな」

「やっぱり、年末あたりからこうなるような気はしてたんだ?」

「そうだな。さすがに、神事の際にすら瘴気の気配を感じ取るというのは異常なことだ。むしろ、それに気付かなかったら、お前を勘当しているところだ」

「おいぃ……いくらなんでもいきなりそれはねぇだろう?父さん」

「常在戦場だ。言っておくが、特に今の世の中、どのような形で誰かの耳に届くかわからんからな。第一、この程度のことを見抜けんで、晴明様の遺された技の一端を受け継ぐことなどできん。さらに精進を重ねろ」

「……はい」


 なぜかいきなり説教をされ、護は白目をむきながら反論したが、翼は聞く耳を持たなかった。

 一体、何がどうしてそうなったのか、そこが理解できなかったが、今は無理矢理でも理解しなければ、振りであっても理解しなければ、話が進まない。

 ひとまず、話を進めるために、護は返事をして、さっさと本題に入ろうとした。


「で、父さん。その件のことで俺たちが何か手伝える」

「ない、と言えばない」

「……ことって何かないか聞く前に即答すんのかよ」


 問いかけている途中ですぐに何もないと言われ、護は少しばかり肩を落としながら返した。

 もっとも、そう言われることは予測していたのか、あまりショックを受けている様子はない。

 むしろ、今回もそう言われるであろうことはわかっていたようだ。


「確かに、お前と姫の霊力は全盛期の私以上だ。だが、技術と経験が伴っていない。心意気は買うが、技術と経験なしでことに当たらせると思うか?」

「まぁ、当たらせないな。けど」

「けど、それを言ったら翼さんより若い人は技術も経験も翼さん以下のような気もしますけど?」


 護の反論を引き継ぐように、月美が翼に問いかけた。

 技術と経験が伴わない、という言葉は、年長者が自分より年下の人間に使う常套句のようなもの。

 たとえ、自身が教える中で確かな実力を身に着け、それに伴う実績を弟子である若者が生み出したとしても、失敗したことで依頼者との間に溝を作らないように、という親心にも似た想いから、「お前にはまだ早い」と言って、仕事をさせないことと同じだ。

 翼のその気持ちを見抜いた月美のその言葉に、翼もぐうの音すら出せないようで。


「それを言ってはきりがないでしょう、姫」

「それはそうでしょうけれど、わたしたちだっていつまでも半人前というわけではないでしょう?」

「調査はともかく、何かできることがあるならさせてほしい」

「もちろん、無理はしません。自分たちのできる範囲のことを全力でさせてください」


 護と月美は、まっすぐに翼を見つめ、そう頼んだ。

 二人のそのまっすぐな視線に、翼はため息をつき。


「調査局から依頼が来たら、任せよう。その時は伝える」


 護と月美にこの一件に関わることを許可するのだった。

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