第208話 使鬼に偵察を任せる
翼から動くことを許可してもらった護と月美だったが、動き出すにはまだ早かった。
なにせ、翼から出された条件は『調査局が依頼を出したら、その依頼の解決を託す』というもの。
それに、調査局から依頼が出されたとしても、翼が独自に判断し、二人に託さないという可能性もなくはない。
それに、事前の情報がなければ、誤った対処をしてしまうことだってある。
「ほんと、こういうことって社会人になって学ぶことなんじゃないのかねぇ?」
「けど、アルバイトしている人だったら、こういうことに頭が回ることだってあるんじゃない?」
「あぁ……それはある……のかなぁ?」
月美の言葉に、護は納得しつつも首をかしげていた。
事前に準備しておくべきものを考えて準備し、必要となる情報を集め、あらゆる事態に対応できるようにするというのは、仕事を行う上で最も重要となるものだ。
社会人一年目の新人に教えることもそうだが、ともすれば大学生のゼミで経験的に感じるそれを、なぜか護と月美は高校二年生であるにも関わらず、身に着けていた。
もっとも、月美の言うように、アルバイトなどの非正規雇用で働いている若者は数多くいるため、珍しくないことではあるが。
「まぁ、それはともかく。何から始めるべきか」
「気になるものっていうと、やっぱりアプリだよね?」
「あぁ、吉田は嫌な予感がするとか言ってダウンロードしてないみたいだけどな」
「佳代も感じてたみたいだけど、わたしもなんだかあんまりよく思えないんだよね。あのアプリ」
護の言葉に、月美もまた『幻想召喚物語』のアプリに感じたことを伝えた。
どうやら、月美もまた、あのアプリにあまりいいものを感じ取っていないようだ。
佳代は生成りとなった影響で、普通の人間よりも強い霊力を得たが、護と月美はもともと術者の家系に生まれ、遺伝的に強い霊力を有している。
それだけでなく、普段から霊力を強めるための修行を行っているため、霊感は強い。
その二人があまりよくないものを感じた、ということは、アプリには何か仕掛けられているということである。
それならば。
「なら、まず先に調べるものは決まりだな」
「けど、どうするの?まさか、アプリがどういう仕組みなのか解析するなんてこと」
「いや、できないから」
「だよねぇ」
調べるべきは『幻想召喚物語』。
だが、対象を絞ることはできても、二人にアプリを解析するだけの知識も技術もない。
まして、二人の知識は文系の方に寄っている。
『幻想召喚物語』というアプリに仕込まれているプログラムを解析することは、当然できない。
だが、護も月美も普通の人間ではなく、見習いながらも陰陽師と術者だ。
ならば。
「アプリの仕組みを調べるんじゃなくて、会社を調べることはできる」
「式を飛ばすの?」
「どっちかというと使鬼に探りを入れてもらう感じだな。まぁ、何もなければそれでいいんだけど」
何もない、というのは怪しげな行動を取っていたり、奇妙なプログラムを書き込んでいたりしている社員がいない、ということではない。
先述の通り、護たちにそんな知識はないし、使鬼にしてもそれは同じだ。
護たちはあくまで術者であり、システムエンジニアではない。
だが代わりに、結界や魔に属する存在の気配を察知することができる。
それら霊的なものを感知できれば、式占や夢占で情報を集めることも可能となるはずだ。
今回、護はそういった霊的な痕跡を探させようとしているのだろう。
「ま、何はともあれ、まずはあいつらを呼ばないことには話が始まらない」
そう言って、護は自分の背後に視線を向け。
「白桜、黄蓮」
自分が従えている使鬼を呼び出した。
その瞬間、護の背後に白い毛並みを持つ狐と、金色の毛並みを持つ狐が姿を現した。
この二体の狐こそ、護が使鬼として従えている、『五色狐』と総称されている五体の狐精たち。
そのうち、五行の『金』を司る白桜と、五行の『土』を司る黄蓮だ。
「珍しいな」
「俺たちを呼び出すような事態、ということか?」
「そうなるかもしれんし、ならないかもしれん」
「はっ?」
「どういうことだ?しっかりと説明しろ」
とても主人に対する態度とは思えないものではあるが、護は特に気にすることなく、二体を呼び出したことについて、説明を始めた。
説明を終えると、二体は眉をひそめ。
「なるほど、確かに臭いな」
「探るのは霊的痕跡だけか?どうせなら霊力の通り道も探すぞ」
「術を使っているかどうかわからん。とりあえず、通り道を見つけたなら、俺に報告しろ。その上でまた探るよう指示を出す」
「そうか」
「ひとまず、心得た」
護の指示を聞いた二体は、どこまで自己判断で動いていいのかを問いかけてきた。
とりあえず、何か発見があり次第、報告をよこすようにだけ指示を出し、二体はそれを了承した旨を伝え、姿を消した。
どうやら、護からの命令を果たすため、この場から離れたようだ。
「二人は出発したの?」
「あぁ」
「あの子たちだけで大丈夫なの?」
月美は少し心配そうに問いかけた。
別に、護の使鬼が弱いというわけではない。
だが、あの狐精たちは五体そろって初めて本来の実力を出すことができる。
それに、何かしらの事態が起きた時に、数が多い方がその場で対処することも可能だ。
「できるだけ、早めに対処できるなら、現場でさせたほうがいいような気がするんだけど」
「まぁ、それもそうなんだけどな。ただ、相手の情報が何もないから、こっちのほうも備えておきたいんだ」
相手の情報が何一つわかっていない以上、何が起きても、即時対応できるようにしておきたい。
現場で対処できるのならば、それが一番なのだが、護自身、それは難しいことを理解している。
だからこそ、偵察に自分の使鬼の中でも力が強い二体を派遣し、残る三体を手元に残す選択をしたのだ。
月美も、護の言葉でそれを察したのか、それ以上、何も追及することはなかった。
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