第183話 月美は意外に……

 満の何気ない一言と、護が思いついた逆転の発想。そしてその発想から光が思い浮かべた作戦を局長に伝えると、議論をすることもなく、ゴーサインが出された。

 その準備のため、人形の探索に当たっていた術者たちが式を作り上げていた。

 式と一口に言っても、その姿は様々なものがある。


 『宇治拾遺物語』では、カラスの姿をした式が登場し、貴族に呪詛をかけたことを見抜いた逸話が存在している。

 また、安倍晴明を主人公にした数ある現代の作品の一つでは、一頭の美しい蝶や蜘蛛、蚊のような虫が晴明や道満の式として登場するものがある。


 このように、式は主に動物、特に虫の姿を象ることが多い。

 今回もそれに倣い、虫の姿を模った式を使うことになり、調査局内にいる余力のある術者が蜘蛛の姿をした式を作り上げている。

 その中に、護と月美の姿もあった。


「なるほど、蜘蛛の式が張った糸を使うか」

「絡みついた糸の霊力をたどっていけば、潜伏先もわかりやすい、というわけだ」

「発信機って、そういうこと?」

「そういうこと」


 月美の質問に、護は笑みを浮かべながらそう返した。

 どこに現れるか、どこに隠れるかわからない。

 ならば、もう追いかけることはせず、待ち伏せて追跡ができるようにする方が手っ取り早い。

 そう考えてのことだった。

 もちろん、この方法は保通やほかの幹部クラスの術者たちも考えてはいた。


 だが、窓を開けたとして、外に出ていかない可能性もある。

 不確実な手段を取るよりも、所在が明らかになっている調査局内を探すほうが手っ取り早いと考えていたようだ。

 確実性を取ったが、結局、没にした策を再び採用することになった、という状態になっているのだから、なんともいえないが。

 そうこうしているうちに、護と光は手を止め、満足そうな笑みを浮かべた。


「よし、こんなもんでいいだろう」

「これだけの数があれば、さすがに対応できるはずだ」

「そうだな……少し、作りすぎかもしれないが」

「う……わたしまだ一体もできてない……」


 そう語る四人の目の前には、小ぶりの蜘蛛が数匹。

 そのうちの何匹かは、護と満、光の三人の方を、まるで何かを待っているかのようにじっと見つめていた。

 一方で月美は、式を作ることに慣れていないためか、一体作るだけでも悪戦苦闘していた。

 その様子に、護は笑みを浮かべながら、小声で待機を命じた。

 そうしている間に、光は保通に連絡を取っていた。


「えぇ、こちらは……では、私たちは、いまいる階を担当するということで……はい、わかりました」

「俺たちの担当場所が決まったのか?」

「あぁ。私たちが今いる、このフロアだ」

「俺たち以外の術者は?」

「いない。私たちだけで当たれ、とのことだ」


 満の問いかけに、光はため息交じりにそう返した。

 どこの業界も、人材不足は常について回るものなのだが、術者の世界は特にその問題が深刻だ。

 そもそも今回の一件も、解決に時間がかかっている理由も、人手不足によるものが大きい。

 これが、平安時代の頃であれば、陰陽寮に所属する数多くの暦生や天文生、陰陽生という見習いたちが数多くいた。

 むろん、朝廷の命令で陰陽寮から離れることもあるため、その見習いたちが全員、陰陽寮の職員として大成するということはないのだが。


「どこの現場も人材不足は深刻、と。なら、もう少し、数をそろえておいた方がいいか?」

「いや、これくらいで十分だ。それよりも、早くこいつらに網を張ってもらおう」

「わかった。なら、土御門と風森に窓がある場所を」

「そうだな。土御門、すまないが見取り図を。局長から渡されているだろう?」

「あぁ。これだな」


 ポケットから、保通から渡された数枚の見取り図を取り出し、光の前に置いた。

 光は、その見取り図の中から、自分たちがいまいる階のものを取り出し、ペンで印をつけ始めた。

 一分とかからずに、光は印をつけ終わらせ、再び護の前に見取り図を置いた。


「印付けたところが、窓のある場所だ」

「八か所か。一人につき二体、式をつければ問題ないんだろうが」


 そう言いながら、護は月美のほうへ視線を向けた。

 数分間、粘ってはいるようだが、いまだに月美の式は蜘蛛の形すら取れていない状態だった。


「うぅ……護ぅ……」

「あぁ、ほらほら、泣くな泣くな」


 助け舟を求めるように、月美は涙目を浮かべながら、護に視線を向けていた。


「うぅ、だってだって!」

「あぁ、はいはい。ひとまず、そこらの虫の霊を使役して」


 大声を出して泣き出しそうになっている月美をなだめながら、護は式の作り方を教え始めた。

 まるでなかなか問題が解けないためにぐずっている、幼い子どもをなだめながら、正解に至るための道筋を教えている母親のような光景に、光と満は自然と笑みが浮かんでいた。

 あまり目の前にいる二人と交流がないため、護については、とっつきにくいが面倒見はいい青年。月美は、護に関すること以外であれば寛容で穏やかな少女。という印象しかもっていなかった。

 だが、今回の事件で、護は心を開くことさえできれば、それなりに付き合いやすい人間であり、月美は意外に不器用であることを知った。


(意外と、それなりに交わってみて、ようやくわかることもあるものだな)

(あぁ。だが、それは私たちも同じだろう)


 護と月美には聞こえないように、光と満はひそひそとつぶやき、そして笑みを浮かべていた。

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