第184話 獲物は早速引っ掛かる
護に教わりながら、月美はようやく、一体の式を完成させた。
ようやく、自分たちが担当する階にある窓、すべてをカバーできるだけの式を用意することができ、式に指示を与える段階へ入った。
幸い、窓を開けても式が張り巡らせた網を破ることはない造りになっているため、式に建造物の外で網を張らせれば問題ない、と光から聞かされていた。
そのため、作られた式は一度、換気扇を通じて外へ出し、窓の外から網を張るよう指示を出し、窓の開放自体は、保通の合図を待つことになったとも聞かされていた。
現在、護たちはそれぞれの担当箇所で保通の合図を待っていた。
――さて、合図はいつになるやら
心中で護がそうつぶやいた瞬間、突然、『エーデルワイス』のオルゴールが館内放送で鳴り響いた。
どうやら、これが合図のようだ。
護は取っ手に手をかけ、窓の外に張られた式の網を壊さないよう、慎重に開いた。
あとは引っ掛かるまで待つしかないため、護ができることは何もない。
――なら、俺の仕事はいったんここで終了かな
できることがない以上、自分がここに長居する必要はない。
護はそう考えて、すぐにその場を離れようとしたが、その瞬間、自分の携帯が震え始めた。
――ん?電話か。一体、誰だ?
疑問に思いながらも誰からの電話なのか確認するため、護は携帯を取り出し、画面を確認した。
そこには月美の名前が表示されていた。
「月美、どうした?」
『護、なんだか、頭が痛くて……護は大丈夫?』
「俺は大丈夫だけど、どうしたんだ?風邪ひいてたわけでもないはずだし」
どうやら、突然、月美が頭痛を覚えたようだ。
いくらここ数日続いた文化祭の準備などの疲れが、今になって出てきたのだとしても、タイミングが少しおかしい。
まさか、と思い、護は月美の霊力を探った。
護に講義してもらいながら、月美が作った式は一体だけだ。
建物の外の霊力をたどれば、式と式が張った網を含め、二つの痕跡があるはずだ。
しかし。
――建物の外にある霊力の痕跡は一つだけ、ということは、人形は月美のいた場所から外に出たってことか
想像していた以上の人形の行動の早さに、少しばかり驚きながら、護はそのまま月美の霊力をたどり始めた。
一つだけ、たった一つだけ、建物から離れようとしている。いや、現に離れて続けている霊力があった。
――まさに文字通り、網にかかった、というわけだな
心のうちでそう冗談を言いながら、護は保通から渡された連絡用の端末を取り出し、保通の番号を呼び出した。
『どうした?』
「どうも、賀茂局長」
『む……失礼した。何かあったかな?』
「獲物が網にかかりました」
護の口から出てきた報告に、保通の声色が先ほどの疲れたものから驚きと喜びに満ちたものへと変わった。
『本当か!』
「えぇ。私も感知しました」
『確証は?』
霊力をたどる、と口では簡単に言うが、機械で観測するわけではなく、あくまで人間の感覚によるものだ。
当然、同じ対象を追いかけでもしない限り、確証の有無は必要となる。
だが、今回追いかけている霊力は、月美のものだ。
「私が彼女の霊力を間違えるとでも?」
自信たっぷりに護はそう返した。
この自信は、何も恋人だから出てくるというわけではない。
護の体には、晴明の母である葛ノ葉のものと同じ、神狐の神通力が宿っている。
その神通力は、人間の身にはすぎたものであり、ともすれば、護自身の体を焼き尽くしてしまう。
現に、春先に起こった出雲の事件で、護はその力を用いて伊邪那美と対峙し、勝利を収めたが、その戦いの後、解放した神狐の力に焼き尽くされそうになった。
だが、月美が自分の霊力でその神通力を封じてくれたおかげで、こうして今も生きていられるのだ。
その封印に使われている霊力を、封印されている護が間違えるはずがない。
霊的なつながりを持っているからこそ、自信を持ってそう宣言できるのだ。
『わかった。ちなみに、君の使鬼に追跡を命じることはできるか?』
「しきというのが鬼の方を指しているのならば、可能です。例の場所に待機させているやつらと合流し次第、報告でよろしいでしょうか?」
『それでかまわない。追跡を頼む。こちらも、近くにいる術者に応援要請を行う』
「了解しました。では、一度、失礼します」
そう言って、護は電話を切った。
他人の霊力をたどる方法はいくつもある。
以前、護は出雲にある月美の部屋にわずかに残っていた彼女の霊力をたどって、異界に迷い込んだ時に使われた道を見出したことがある。
それを考えると、保通が指示することは、だいたい予想がつく。
おそらく、保通が職員たちに指示をする方法は、月美の体の一部、髪を媒体にして痕跡をたどることだ。
今はまだ、光と満という、ある程度顔見知りの、そして月美と同性の二人だから、許すことはできる。
だが、ほかの階からだんせいの術者が応援に駆け付け、気安く月美の髪に触れようものなら。
それを考えると、心の奥底でちりちりと白い炎が顔を出し始めた。
――まぁ、そもそも月美が俺と清以外に気安く触られることを嫌うから、心配はないだろうけれど……やっぱ急ごう
月美は自分が嫌なことは全力で拒否するため、男性職員に触れられることはないだろう、と信じて入る。
だが、それでも心配になるのが恋人の
護は人形がまとったであろう、微弱な月美の霊力をたどることに気を割きながら、月美たちと合流するのだった。
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