第182話 ついに反撃ののろしは上がり

 直感ともいえる、満の推論を信頼する。

 護たちはそう決めたのだが、人形を見つけないことには話にならない。

 そもそも、その肝心の人形がいまだ見つけられていない。

 結局のところ、人形の行動原理について、ある程度の予測ができただけで、状況は何も変わっていないのだ。


「けど、どうするの?」

「いっそ窓をしまったほうが楽だと思うんだけどなぁ」

「護、それ本末転倒」

「そんなことをしたら、今度こそ見失ってしまうぞ」


 現在、調査局の建物全体の窓は、人形の逃亡を防ぐために締め切られている。

 どこか一か所でも窓を開けてしまえば、人形がそこから逃亡してしまうことはわかり切っていることだし、いま逃げ出されでもしたら、人形を封印するために用意した儀式が無駄になるだけでなく、人形を確保することも難しくなってしまう。

 光はその事態だけは避けたいと考えているようだが、満は違っていたようだ。


「いや、案外、ありかもしれない」

「どういうことだ?」

「要は、出て行った後に追跡ができればいいんだよな?」

「まぁ、そうだが……なるほど、使鬼を使うのか」


 護の一言に、光は何かを察したらしく、護と月美が保通への連絡用に、と渡されたものと同じ携帯電話を取り出した。


「局長、お疲れ様です……えぇ、定時連絡ではなく、一つ、提案が」


 そう切り出し、光は保通に護の話を聞いて思いついた策を説明し始めた。

 一方、満と月美は、光が何を思いついたのか察しかねているようで、首をかしげていた。


「ね、ねぇ、護。さっきの使鬼を使うって、どういうこと?そりゃ、一か所だけなら見張りもしやすいと思うけど」

「この場合、使鬼ってより、式の方が正しいかもしれないな」

「……術式のこと?」

「そ。まぁ、使鬼でも構わないけど、その場合、蜘蛛の使鬼を使いたいところだな」

「……なるほど。そういうことか」


 護が返した言葉に、今度は満が何かを察したようにうなずいた。

 だが、月美はまだ察しかねているらしく、首を傾げたままだった。


「え、えっと??」

「まぁ、月美はこの手のことはあんまり得意じゃないもんな」

「うぅ……」


 護はそう言いながら、優しい笑みを浮かべて月美の頭をなでた。

 なでられている本人はというと、自分の修行不足と護になでられているという二つのことに気恥ずかしさを覚えているからか、真っ赤になってうつむいてしまった。


「何がしたいのか、何を考え付いたのかは、なんとなくわかったが……土御門さん、すまないが、君の原案を聞かせてくれないか?」


 そんな状態の月美を哀れに思ったのか、それとも単にこれからの方針となりえる策について、近いことを知っておきたいのか、満は護にそう問いかけた。

 そう問いかけられて、護はようやく月美から手を離した。


「要は、人形が外に飛び出ても追跡ができればいいんだよな?」

「まぁ、そういうことになるな」

「発信機を付けるのが楽なんだが、取り付けることがまずできない」

「だから、こうしてマンパワーを駆使して探しているんだろう?」

「だが、見つかっていないだろ?」

「だから、引っ掛かるようにするのさ」


 引っ掛かるようにする。

 その言葉に、月美は余計に訳が分からなくなったように首を傾げた。

 その様子に護はくすくすと微笑みを浮かべた。


「文字通りの意味だ。式の一部を、人形にくっつけりゃいい」

「……もしかして、網を張るの?式で」

「正確には、発信機を式で作るってところだな」

「『轍』、か。なるほど。それなら確かに、発信機の代わりにもなる。科学技術じゃ届かない、まさに神秘の領域、ということか」


 現在の科学技術では、ボールペンやブローチなどの小さいものにするほど、発信機を小型化することは可能になった。

 だが、蜘蛛の糸や埃のように、付着したことそれ自体に気づくことが難しいと同程度のサイズの発信機は今の科学技術では作成不可能だ。

 だがその役目を、神秘の側に存在する使鬼や式が担うというのならば話は別だ。


 現代の科学では、魂魄の存在をしっかりと観測し、認識することは不可能だ。

 まして、魂魄が向かった先、その行動を把握することなど、不可能というもの。

 それこそ、現代の科学技術では再現することすらできない。

 だが、生まれながらにして神秘の領域に足を踏み入れている、術者の家系の人間にとってすれば、赤子の手をひねる、とまではいかずとも、ほんの一歩、足を前に出すことと同じくらい、簡単なことだ。


「つまり、式や使鬼を糸状にして網の目みたいに張り巡らせて出入口を見張らせるってこと?」

「まぁ、端的に言えば、な」

「振り払ったりとか、そういうこと、ない?」

「自分の髪の毛についてるゴミって、意外と気づきにくくない?」

「……え、まさかそれほど細かい糸をつけるつもり?けど、そんな……」

「ま、どうにかなるでしょ」


 いつになく、楽観的な護の言葉に、月美は思わず白目をむきそうになった。

 だが、そこは護を全面的に信頼すると決めた未来の嫁。

 自分には察することのできない妙案があるのだろう、と無理矢理な納得の仕方をして、それ以上、何も返すことはなかった。

 そうこうしている間に、光と保通の会話も終わり。


「局長からの許可は下りた。どこか、適当な場所を選んで仕掛けるよう、指示が出た」

「了解。そんじゃ、こっからは反撃のターンだな」


 にやり、と悪い笑みを浮かべながら光の言葉に、護はそう返した。

 そして、そんも言葉の通り、ここからが調査局が反撃を開始する手番となった。

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