第178話 護と光それぞれの変化

 護が資料室から戻ってくると、保通は護に見取り図を手渡した。


「ありがとうございます」

「それと、例の家族にはもう一度、連絡をするように伝えてある。それと、住所はここだ」

「すぐに向かわせます」


 保通は見取り図とは別に、一枚の紙片を護に手渡した。

 その紙片を受け取った護は、そこに書かれていた住所を見るなり、頼むぞ、と視界にいない『何か』にそう命令した。

 それが護の使鬼にむけて放たれた命令であることを理解した保通は、特に何も問いかけることはなかった。


「向かったかね?」

「えぇ、向かわせました。何かあれば、俺に連絡がくるはずです」

「そうか。では、連絡があり次第、職員の誰かを向かわせる。この電話を使って連絡してくれ」

「わかりました」


 そう言って、保通は一台の携帯電話を取り出し、護に手渡した。

 護はそれを受け取り、ポケットにしまった。


「連絡がなくとも、一時間に一度は進捗を報告してくれ。むろん、私ではなく、娘に連絡してくれて構わない」

「わかりました……にしても、変わりましたね、お嬢さん」

「うん?……あぁ、だが、あの状態があれの通常だ。初対面の時はかなり気が立っていたからね」


 突然、護から話題を切り出され、保通は何のことかわからなかったが、光の護に対する言葉遣いのことであることに気づき、最初に出会った時の態度の方がむしろおかしかった、と説明した。


「あれは、中学卒業と同時に調査局に入ってな。ちょうど、二年目に入ったころなんだ」

「……もしかして、のほほんと学生をやってる在野の術者になめられてたまるか、とか思っていた、とか?」

「……まぁ、そんな感じだ。敵か味方かわからなかった、ということもあったようだがね」

「……はぁ……なんというか……くだらないプライドを……」

「確かに、少し頭が固いな」


 護にも術者としてのプライドがないわけではない。

 一応、仮にも、千年以上続く家に生まれたのだ。それなりの誇りは持ち合わせている。

 だが、記録や逸話には残っていない先祖の活躍を、十二天将から聞かされ続けた影響か、護は自分の技量と十二天将から伝え聞いてきた安倍晴明の技量を比較するようになっていた。

 そのおかげで向上心がなくなることはなかったが、自分の技量に絶対的な自信を持つこともしなくなり、最後には術者であることに対しても、仕事を最後までこなす程度の矜持しか持ち合わせないようになった。


 対して光は、自分が陰陽道における二大名家の片割れ、賀茂家の末裔であり、調査局の局長である保通の子であること、さらに、それなりの年数を調査局で働き、現場の経験を積んできたことに自信と誇りを持っていた。

 そこに、自分と同い年であるが現場経験が少ない術者に引き分けまで持ち込まれたのだ。

 今まで自分が培ってきたものを否定された気分になり、護に攻撃的になってしまったのもうなずける。


 なお、調査局は一応、内閣府の管轄下に置かれているし、内閣府の別部署から異動してきた職員もいるが、公にはされてはいない、ある意味で超法規的組織だ。

 そのため、通常ならば高卒または大卒以上が条件となっている職員採用試験に、中卒でも受験することができる。

 むろん、その場合は高卒認定試験に合格する必要があるのだが。


「とはいえ、君との出会いであれも少しは頭が柔らかくなったようだ」

「そんなもんでしょうか?」

「そんなもんだよ。君も、随分と柔らかくなったと思うがね」

「……まぁ、周りがなかなか放っておいてくれないので」


 保通の言葉に、護はため息をつきながらそう返した。

 周り、とは言わずもがな、月美の友人二人と、放っておかない筆頭の清のことだ。

 一年生の頃、護の周囲にいるクラスメイトは清だけだったのだが、月美が転入してから護の周囲には人が増えた。

 そこにきて、文化祭の準備でクラスメイトたちと関わらなければならなくなり、自然と護の周囲には人が増えていき、否応なしに棘が抜かれていったのだ。

 今も護は極力、人と関わり合いたくはないと思っていることに変わりはないが、それでも攻撃的にはならなくなった。


「さて、引き留めてすまない。そろそろ、仕事にあたってくれ」

「わかりました。では……」


 そう言って、護は局長室を出ようとした。

 だが、その足はふと止まり、保通の方へ振り返った。


「あの、ダウジングを行いたいんですが、どの部屋なら?」

「……隣の資料室でやってくれ」

「はい。では、今度こそ失礼」


 護はそう言って、再び扉を開けて、今度こそ出ていった。

 保通はそれを見送り、そっとため息をつきながら、ソファに深く腰を落とした。

 気合を入れ直したばかりだというのに、妙に気疲れのようなものを感じる。


――さて、翼の息子と、おそらく恋人である巫女が応援に駆けつけてくれたのはいいが、果たして、あとどれくらい粘らなければならないのだろうな


 護が以前出会ったときと比べて、変わっていたことに戸惑っていたからというわけではなく、気合を入れ直したにも拘わらず、気が滅入ってしまいため息が出てきてしまっただったようだ。

 だが、こうして自分が陰鬱な気分に負けていては、部下に示しがつかないし、何より、余計に陰気に飲まれてしまう。

 二回、手を打ち、ぼそぼそと神呪を唱えると、心なしか陰鬱な気持ちが少し晴れ、保通はもうひと頑張りする気力をどうにか取り戻し、再び自分も動き始めるのだった。

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