第174話 調査局に初訪問
光から調査局が置かれている状況の説明をされた護と月美だったが、光に協力する意思を伝え、今も職員たちが奮闘している本部へと向かった。
喫茶店から歩くこと十分。
気を付けなければ見逃してしまいそうな、ありふれた姿のオフィスビルの前に来た。
「ここだ」
「へぇ……あ、でも、何階にあるんだろ?」
「内閣府直属の部署だからな。まさか、と思うが、三階層分まるまる本部ってことか?」
「いいや。このビル丸ごとだ」
政治に直接かかわる機関ではないうえに、調査局に所属していない、いわば民間の術者に仕事を委託することもある。
そのため、本部といってもそれほど面積や体積を必要としないだろうと判断しての問いかけだったのだが、光の口から出てきたまさかの答えに目を丸くした。
「……まじか……」
「まじだ……そういえば、二人ともここに来るのは初めてだったか」
「え、えぇ……」
「ならば、驚くのも無理はないな……さて、入るぞ」
よほど時間が惜しいのか、光は急かすように二人を招き入れた。
速足で建物の中へと向かっていく光を追いかけ、護と月美は調査局の中へと入っていった。
エントランスホールに入ってすぐ、護と月美は出迎えたものに視線が釘付けになった。
そこには、普通一般の神社にあるような大きさの鳥居があったのだ。
見ると、その奥にある階段のふもとと登った先にも、鳥居が佇んでいる。
「伏見稲荷の千本鳥居じゃないけど……建物の中に鳥居が三本って……」
「浄化と結界、その両方を兼ね備えてのことなんだろうけど……これはちょっと念入りすぎないか?」
「だが、この結界のおかげで、あの人形が外へ出ることができなくなっているのも事実だ……確かに、少しやりすぎかもしれないけどな」
護の言葉に、光は苦笑を浮かべながら返した。
鳥居というのは、人間と神の領域を区切る、一種の門の役目を持っている。
そのため、一種の結界とも捉えることができるのだが、言ってしまえば調査局の敷地というのは『調査局の領域』だ。
何も鳥居をいくつも設置せずとも、結界を築くことはできるはずだ。
予算が余ったのか、それともより強固なものにしたかったのか。
今となっては、設計者の意図はわからない。
わからないのだが。
「念を入れておくに越したことはない……いつ、力を持った特殊生物が、それこそ、君が数か月前に対決した『あいつ』のようなものが出現するかわからないからな」
光は表情を少し険しくしながらそう口にした。
あいつ、とは言わずもがな、芦屋道満のことだ。
創立以来、調査局は何度となく、芦屋道満の討伐を試みてきたし、芦屋道満の方も、唐突に術比べと称して勝負を仕掛けてくることがある。
そのための備え、ということなのだろう。
だが、通常、調査局が相手どるのは妖や生きている術者だ。
芦屋道満は、術比べを行うほどの霊力を持っているとはいえ、すでに肉体は滅んでいる。
肉体が存在しない以上、『生物』としてのカテゴリーに入れてしまっていいのか。
「……あいつを『生物』ってくくりに入れていいのだろうか?」
「……言いたいことはわかるが、そういうことにしておいてくれ」
「り、了解……」
その疑問から口を開いた護だったが、光のハイライトが消えた瞳と威圧感たっぷりの気迫に押され、それ以上、何も返すことができなくなった。
「え、えぇっと……そ、それで、わたしたちは何階に?」
「ん、あぁ、すまない。わたしたちが向かうのは五階だ。時間も惜しい早く行こう」
月美に目的地を問いかけられ、光は慌てて二人の案内を始めた。
エレベーターの待ち時間も惜しいため、階段で移動していた三人だったが、上の階に向かうにつれて、騒がしくなっていく様子に、護と月美は首をかしげた。
「……なんか、かなり騒がしくないか?」
「そう、だよね……人形を探すだけなら、ここまで騒がしくなること、ないんじゃ……」
「ただ探すだけなら、確かにそうなんだがな」
護と月美の疑問に、光はため息をつきながら答えた。
曰く、昨日から逃げ出している人形は、徐々に行動範囲を広めているらしく、最初に収納してた七階から、昨日の真夜中までの間に五階までの間を移動するようになった。
これ以上、下の階まで移動することを防ぐため、各階で結界を作り、動きを阻害することにしたのだ。
「そのため、より強固な結界を構築するため、護摩を焚かずに行える儀式を各階で行っている。その声が響いているんだ」
「なるほど……」
「それでも、五階までは移動できるんだよな……どんだけ強い力を持ってるんだよ」
「わからん。だからこそ、はやく修祓しなければならないんだ」
結界の強度というのは、結界を施した術者の技量もそうなのだが、結界に注ぎ込む力の量にも左右されるものだ。
結界を結ぶための基点を用意するだけの簡易的なものは、基点となる呪物によほど力を込めていなければ、すぐに崩壊してしまう。
だが、神仏に祈りを捧げ、その助力を乞いながらも呪物に力を込め続ければ、一定の強度を保つことは不可能ではない。
その一定の強度が保たれている結界をくぐり抜けて行動できる妖や霊は、普通ならば存在しない。
それこそ、誰かに使役されているか、はたまた、芦屋道満のように術に対する知識を持つものでなければ不可能だ。
今回の人形はそのどちらでもない。
ということは、無理やり結界を突破しているのか、それとも、何かしらの知恵を身に着けているのか。
いずれにしても、一筋縄ではいかない。
護も月美も、そう感じていた。
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