第175話 状況は芳しくなく、悠長にはしていられないようだ

 五階まで到着すると、護と月美は空気が変化したような感触を覚えた。

 おそらく、屋上近くまで展開されている結界の影響なのだろう。


「……な、なんか……ちょっと、気分が重く……」

「あぁ……結界のせいか?」

「おそらくな。換気扇で空気は流しているんだが、下手に窓を開けることもできないから、気の流れが中途半端になっているんだ」

「なるほど、澱んでるわけだ」


 部屋の窓を開けて外の空気を入れるだけで気分が変わる、ということがある。

 それは、外から陽の光が入るから、ということもあるが、部屋にこもっていた気が変わったから、という方が大きい。

 空気は水と同じで、一つの場所にとどまり続けると、穢れて澱んでしまう。

 穢れは陰の気となり、良くないものを引き寄せる要因となってしまう。

 だから、調査局も普段は定期的に窓を開けて空気を流すことで、気が澱むことを防いでいる。


「ほかの封印にどんな影響が出るかわからないから、早く気を入れ替えたいんだがな」

「え、ほかの封印って……もしかして、いろいろまずいものが?」

「あぁ。どうしても話に応じない力の強い妖やそれこそ、今回の騒動の原因になっている人形のようなものがな」

「陰気に反応して封印が一斉に解けると対処が面倒だな」

「そうだろ?だから、早く片付けたいんだ」


 いくつ封印されたものが保管されているのか、部外者である護は知らない。

 だが、光の様子からも、早めに解決できるのならば解決するべき、と感じたようだ。


「で?」

「え?」

「俺と月美は何をすればいい?」


 護が自分から、自分たちがするべきことを問いかけていた。

 その様子に、月美は意外そうな表情を浮かべ、光は狐につままれたような顔をしていた。

 二人のその様子に、護は眉をひそめ、不機嫌そうに問い返した。


「んだよ?さっさと片付けるんだろ?」

「あ、あぁ……だが、君が自分から仕事の内容を聞きだそうとするのが、少し意外でな」

「そうか?」

「だって、護、自分から頼みごとの内容を細かく聞こうとしないでしょ?……まぁ、普段、頼みに来るのが勘解由小路くんだから、しかたないかもしれないけど」


 普段、護は自分から仕事をしようとはしない。

 仕事を頼まれ、自分の都合がつけば仕事を請け負う、という流れが常だ。

 依頼によっては、内容を聞いただけで危険に身をさらすことになりかねないものもあるかもしれない、という予防策からなのだが、今回はすでに仕事の依頼を受諾している。

 いまさら、予防策もなにもないのだ。

 それをいちいち説明するつもりはないためか、護はさっさと話を進めようとした。


「いいから、早いとこ教えてくれ。時間がないのは確かなんだろ?」

「まぁそうだが……いや、わかった。すぐに始めてもらった方がいいのは確かだ」


 まだ何か言い足りない、という様子ではあったが、光はそれ以上は何も追及することはなかった。

 だが、この場で説明するつもりはないのか、光はエレベーターの方へとむかっていった。


「え?あの、説明は……」

「ここで説明してもいいんだが、君たちに協力してもらうことをチームで共有する必要があるし、現状を含めて、情報を共有しておきたいんだ。それに、局長にも面通ししておいてほしいからな」


 さきほどの会話の流れならば、歩きながらでも説明をしてくれるものだと思っていた月美は首を傾げたが、光はその疑問に即座に返した。

 一時間に満たないとはいえ、自分が調査局を離れていた間に、状況がどう変化しているのか気になっているのだろう。

 そのことを含めて、一度、護たちを本部へ連れて行きたいと考えているらしい。

 護はそのことを理解したし、納得もした。

 だが、一つだけ懸念があった。


「……いきなり術比べなんてことにならないよな?」

「……君もしつこいな」

「あははは……よっぽど根に持ってるんだね、護」

「大丈夫だ。さすがに局内で術比べをやろうなんて連中はいない……はずだ」


 護が気にしていることは、出会って早々、局内の術者たちから術比べを申し出られはしないか、ということだった。

 なにしろ、光と最初に出会ったときは、いきなり敵として認識され、問答無用で術を仕掛けてきたのだ。

 すべての職員がそうではない、とは思っているが、さすがに警戒心を解くほどの時間は経過していないようだ。

 まして、護は数か月前、何度となく調査局の職員が複数人でかかっても苦戦する怨霊、芦屋道満を単身で退けたのだ。

 その実力がまぐれではないことを確かめたい、と思う職員がいてもおかしくはない。


「と、とにかく、協力者に対していきなり術をかけてくるようなことはしないはずだから、安心してくれ!!」

「もし仕掛けてきたら?」

「その時は私が全力で抑える」

「……期待しても?」

「もちろんだ」


 光は調査局内でも屈指の実力を持つ術者だ。

 護や月美と同い年にもかかわらず、部下がつく役職についているのは、勤務年数が長いから、というだけではなく、その実力を買われてのことだ。

 並の職員であれば、彼女に敵う者はいないだろう。


「……わかった」

「では、早く向かうとしよう」


 仮に術比べを仕掛けられたとしても、光の実力ならば黙らせることができる。

 お互いに本気ではなかったとはいえ、実際に手合わせした護はそう考えて、それ以上、とやかく言うことはなかった。

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