第173話 依頼についての説明はカフェで
手にしたコーヒーカップをソーサーの上に置き、光はさらに説明を続けた。
「昨日、準備を整えて修祓を行おうとした矢先、突然、姿を消してしまってな」
「え?!そんなこと、あるんですか?!」
「ふむ……風森さん、君は『メリーさん』という怪談を知っているか?」
『メリーさん』、正確には『メリーさん人形』。
子供向けの怪談噺の一つだ。
概要としては、入手した西洋人形を不気味に思った怪異の被害者が、西洋人形をゴミの日に集積場所へと持っていった。
だが、人形は何度も家に戻ってくる。
ついに、被害者は人形を『人形寺』と呼ばれる、人形を供養する寺に持ち込み、保管を依頼した。
遠方にあるということもあり、これで大丈夫だろうと安堵していたのだが、その夜、突如電話が鳴った。
電話に出ると、聞き覚えのない女の子の声で。
『わたし、メリーさん。今、あなたの家に向かってるの』
と語りかけてきた。
さらに時間を置くと、再び電話が鳴った。電話に出ると、先ほどと同じ女の子の声で。
『わたし、メリーさん。いま、駅に来ているの。これからあなたの家に向かうわ』
と語りかけ、がちゃりと電話が切れた。
そんな電話が何度か続いたあと、ついに。
『わたし、メリーさん。いま、あなたの後ろにいるの』
その電話で振り返ると、そこには人形寺に預けたはずの人形があった。
「……っていう話じゃなかったかしら?」
「おおむね、その通りだ。人形にまつわる怪談はほかにも様々あるが、実話を除けば、基本的について回る類の怪異だ」
「なんというか、殺人犯の霊が人形に乗り移って、殺戮を繰り広げるホラー映画みたいな、あれ?」
「……まぁ、そういう感じだ」
今回の人形に悪霊の類が憑依しているかどうかはわからないが、何かしらの『念』のようなものが憑りついていることはたしかだ。
そのため、光は月美が口に出した例えを否定しなかった。
「何かされることを察して、逃げ回っている。ということか?」
「恐らく、な」
「で、具体的にわたしたちは何を手伝えば……」
「……手伝ってくれるのか?」
光は月美の口から飛び出た言葉に、驚きを隠せない様子だった。
「そうでなかったら、この場にいないと思うけれど?」
「いや、まぁ、それはそうなのだが……」
「変に勘繰らない方がいいぞ?月美は俺と正反対で、純粋な善意で協力しようとしてるから」
「むっ!そういう護はどうなのよ?!」
「俺は修行と小遣い稼ぎ」
月美のジトっとした視線を気にする様子もなく、護はしれっと返した。
小遣い稼ぎといっても、調査局から寄せられた依頼はあくまでも父親である翼の代理で行うもの。
そのため、報酬が護の懐に入るわけではない。
だが、実践訓練という意味での修行であることに間違いはない。
「こ、小遣い稼ぎって……」
「より正確には修行八割、小遣い稼ぎが二割」
「……あくまで、人助けじゃない、ということだな?」
「俺が人助け前提で仕事をするのは月美に頼まれた時だけだ」
光の問いかけに、護はあっけらかんとした様子で返した。
本人がそう言うように、護は基本的に、陰陽師としての力を使って、無償で人助けをすることはない。
術を使うにも、何かしらの祭事を行うにも、それなりに先立つものが必要になる。
当然、それらを使用したときに発生する経費だけでなく、自分の力に見合った対価もまとめて請求する。
金にがめついから、というわけではない。
術者ばかりが一方的に与えるだけでは、均衡を保つことができなくなる。
与えた分は、与えられなければならない。
それを怠れば、それはひずみとなり、どこかで悪い影響を与えることになる。
それを防ぐという意味でも、必ず、対価を請求することが、術者の常識だ。
「……佳代の時は無償だったんじゃなかった?」
「あれは俺の自己満足。それに、ある意味、月美から報酬を受け取ったからな」
「え?何か渡したっけ??」
「お前の機嫌が損なわれず、かつ、友人ができた。それで十分だ」
確かに、護は佳代を助けたときに誰からも報酬を受け取ってはいない。
調査局から協力要請を受けはしたが、それはあくまでも、佳代に狙いを付けた芦屋道満をどうにかするということだけであったため、主目的であった佳代にかけられた呪詛をどうにかすること。
佳代が行った呪詛をどうにかすることと、佳代が生成りから鬼へ転じることを防いだことは、あくまでも護が個人的に行ったことだ。
もっとも、道満をどうにかする、ということに関しては、その時に話をした満の方から報酬の話を持ち掛けてきたということもあり、取り分を下げるようなやり取りをしていたが。
ともかく、その時の仕事で最優先事項であった佳代のことについては、他人から見れば完全に善意での行いに見えるが、護からすれば、しっかりともらうものはもらっていたため、無償ではない、という判断を下しているようだ。
「そんなんでよかったの?」
「現金や現物じゃなくても、首を突っ込ませて『もらった』うえに、友達になって『もらった』んだからな。むしろ少しもらい過ぎな感じもある」
「……まぁ、たしかに『もらった』わね……」
言葉遊びのような印象は否めないため、光は苦笑を浮かべていた。
だが、実際に働いた護が『それでいい』と思ったのだから、他人である光も月美も、それで納得するほかないため、それ以上は何も言い返さなかった。
「って、俺の話はいいんだよ。状況はどうなってるんだ?そろそろ話してくれ」
「あぁ、そうだな……よし、時間も惜しい。道すがら、説明しよう」
護の言葉に、光がそう返した。
どうやら、向かいながら状況を説明するつもりらしい。
自由に行動できる時間も限られているため、護と月美はその提案を了承し、喫茶店を後にした。
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