第131話 翌日になって

 夕食前に軽い打ち合わせをして、夕食と入浴を済ませた護たちは、すぐに就寝してしまった。

 いつもより早く寝た、ということもあり、翌朝はすっきりと目覚めることができた。

 もっとも、護と月美は普段の習慣ということもあり、三人よりもだいぶ早く目が覚めてしまい、こっそりと部屋を抜け出ていたことは言うまでもない。


 それはともかくとして、全員が目を覚まして少しすると、食堂に少しばかり小規模ではあるがビュッフェ形式で料理が並んでいた。

 京都ということもあってか、京野菜をふんだんに使った料理や冷奴などの豆腐料理が並んでいた。

 護たちはそれぞれ食べきれる量を取り分け、出された料理に舌鼓を打っていた。


 「んまい!」

 「ほんと、おいしい!!」

 「旬の京野菜を使ってるからかな?」

 「いや、料理人の腕もあるだろう」

 「いいじゃない、おいしいんだから」


 家庭料理でもありそうなメニューではあるが、使用している食材と食材の潜在能力を十分に活かした調理法によるのだろう。

 五人は口々に感想を漏らしながら箸を進めていった。

 取り分けたものを平らげ、おかわりをすることなく、食後のお茶を堪能しながら、五人はこの日の行動を確認した。


 「予定としては、近いからってのもあるけど鹿苑寺金閣にむかって、北野天満宮、そこから奈良県のほうでよかったよな?」

 「そそ。東大寺と春日大社」

 「博物館とかも行ければいいんだけど、時間がなさそうだしね?」

 「時間があれば京都に戻って祇園とか回ってみてぇな」

 「……回れるか?それ」


 現在、護たちが宿泊しているホステルから鹿苑寺まではバスで一本でいくことが出来る。

 自転車の貸し出しもしているため、自転車で向かうこともできるし、多少時間はかかるが、そのまま京都駅周辺に向かうことも可能だ。

 だが、この日一日でいま出てきた場所全てを回ることは不可能に近いだろう。

 それだけ、京都は広いのだ。


 「タクシー使えばどうにか?けど……」

 「あぁ。予算がな」

 「なら、今日と明日で分けちゃおう?」

 「今日は午前中に近場、午後は奈良のほうに行くことにして、明日は二条のあたりとかか?」

 「明日帰る予定だしね。スーツケースはコインロッカーにでも預ければ問題ないでしょ?帰るとき楽だし」


 時間的にも予算的にも余裕があるとはあまり言えない状況なので、できることなら歩いて回れる範囲で済ませた方がいいと考えたらしく、この日はひとまず、駅周辺の予定地は回らないことにして、駅郊外にある寺社仏閣を回ることにした。


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 打ち合わせを終えて、護たちは身支度を済ませて、着替えなどの大きな荷物はそのままに、財布などの必需品と貴重品を持って、ホステルを出て、ホステスのすぐ近くにあるバス停へと向かった。

 さすがに、都心と異なり、バスの本数は少しばかり少ないが、出雲や東北と異なりバスの本数はそれなりにあるため、あまり待つことなくバスに乗り込み、鹿苑寺近くのバス停まで向かっていった。


 鹿苑寺付近のバス停で降車し、歩くこと数分。

 「鹿苑寺」と記された門の前に到着した護たちは、手早く受付を済ませ、敷地内へと入っていった。

 順路案内に従って、教科書ではまったく説明されることもなければ授業で説明されることもない空間を歩き、資料集などの写真で見たことがある金閣を目指した。

 しばらく寺の中を歩いていくと、やがて池に辿り着き、一行は目の前に金箔で覆われた建物を見つけた。

 室町幕府三代目将軍の足利義満によって建造されたと言われる、金閣だ。

 歴史ある建造物を目の当たりにした護たちだったが、感動を覚えるよりも先に。


 「なんつうか……」

 「感動よりもまぶしすぎて見づらいって感想のほうが強いぞ……」

 「もうちょっと曇ってたらましだったかなぁ……?」

 「あははは……」


 照り付ける夏の日差しを反射する金箔のまぶしさに、目を細め、満足に観ることができないことに文句をつぶやいていた。

 ひとまず、光の当たり方が比較的弱い場所まで移動し、金閣を写真に収めてから、一行は出口付近へと向かっていった。


 途中、休憩所のような茶店が見えたが、時間的にもお財布的にもあまり余裕がないと判断し、涼みたい、という欲求を振り払い、バスに乗り込った一行が次に目指した場所は、学問の神様として親しまれている菅原道真公を祀っている北野天満宮だった。

 一年後には大学受験を控えているのだから、という佳代と明美の強い要望で参拝することになったのだが、護は浮かない顔をしていた。


 「護?どうしたの??」

 「どしたよ?なんかすっげぇ微妙な顔してっけど」


 隣を歩く月美と清は護の様子に気付き、声をかけてきた。

 二人の問いかけに、ひとしきりうなった後、境内を出てからな、と返し、参拝を済ませた。

 宣言通り、境内から出て、バス停に向かうと、護は神妙な顔をしていた理由を話し始めた。

 曰く。


 「ありもしない罪で都から追い出されて、勝手に神様に祭り上げられて、道真公もいい迷惑してんじゃないかなぁ、と思って」


 ということのようだ。

 そもそも、菅原道真公は平安時代の貴族であり、天皇を補佐する蔵人所と呼ばれる役所の長官や右近衛大将や右大臣を務めた有能な政治家であった。

 だが、政敵の策略により大宰府へと左遷させられてしまい、その地で生涯を終えたとされている。

 その後、平安京には多くの災いが降り注いだ。一連の災いを道真公の祟りと考えた貴族たちは、道真公の怒りを鎮めるために神に封じ、祀ったというのは有名な話だ。


 「追放したくせに勝手に神に祀って、自分たちを守ってほしい。そんな身勝手、あると思うか?俺だったら絶対助けないし守ってもやらん」


 幼いながらに人ならざるものを認識する目を持っていたがゆえに、同級生たちがそれらから被害を受けないようにしてきたというのに、助けられた側はそのことを認識できないため、いじめるようになり、最後には神社の土蔵から物を盗み出そうとする始末。

 そんな連中から頼まれたからといって、守ってやる義理はないし、まして助けてやろうなどと思ったこともない。

 規模こそ違えど、理不尽な扱いを受けたことがある護にとって、道真公が果たしていま、どんなことを想いながら天満宮に鎮座しているのか。

 そのことが気になって仕方がなかった。

 当然、二人から答えが答えが返ってくることはまったく期待していなかったため。


 「戯言だから、気にせんでいいよ」


 と告げて、それ以上、この話題に触れないでほしいと暗に告げた。

 その願いを聞き入れてか、それとも答えが出ていないので返すことができないからか。

 月美は両方だろうが、清はそんなことを考えることが面倒くさいからか、護の願い通り、それ以上この話題に触れることはなかった。

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