第130話 ホステルでのひと時

 チェックインを終わらせ、割り当てられた部屋に向かうと、時刻はすでに四時を回っていた。


 「さすがにこれ以上はどっかに行くってのは無理だな」

 「だなぁ……時間も時間だし、夕飯食ってから風呂か?」


 荷物を整理しながら、護と清はこれからのことを少し話し合っていた。

 とはいえ、清が一方的に意見を求めるだけで、護からは特に何も提案はなかったわけだが。


 「そういや飯に行くのはいいけど、食堂、何時からだっけ?」

 「五時だな」

 「……一時間近くあるな」

 「だな」


 清の言葉に護は淡々と答えた。

 その一時間近くで明日の予定や予算組を行いたいと思っていた護は、手早く入浴の準備を終わらせると、付箋が大量についたガイドブックとスケジュール手帳を取り出していた。


 「ん?明日のことか??」

 「あぁ。月美たちとも相談したい」

 「なら、談話スペース……」


 に行くか、という言葉を言い切る前に、護は部屋の外に出てしまった。

 せめて全部聞いてから行ってくれ、と心中で文句をつぶやきつつ、清は苦笑を浮かべた。

 が、その苦笑は徐々に穏やかな笑みへと変わっていった。


 ――あいつ、ここ数か月で変わったよなぁ、ほんと


 いつもなら、話しかけても大抵、三回は無視を決め込まれるし、受け答えすることなどほとんどありえない。

 あり得るとしたらよほど機嫌がいいときか、何かを頼む時くらいなものだ。

 が、ここ最近は話しかけても無視することは少なくなってきたし、先ほどのように受け答えもしてくれるようになった。

 護本人はそのことに気付いているかはわからないが、徐々にその態度は軟化しつつあった。


 ――ま、それを口に出したらまたへそ曲げるかもしんないから言わないけど


 いたずら小僧のように笑みを浮かべながら、清は心中でそう呟き、護の後を追いかけていった。


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 一方、月美たち女性陣も割り振られた部屋に入り、入浴準備と荷物の整頓を行っていた。


 「夕飯まで時間あるけど、どうする?先にお風呂入っちゃう?」

 「う~ん、それよりちょっとおみやげどうするかとか、土御門くんたちとも相談したい気も……って、月美?どうしたの??」


 これからの行動をどうしようか考えていると、佳代は月美が何も言ってこないことに気づき、月美が使うことにしたベッドの方へ視線を向けた。

 すると、月美は一枚の写真を手に、普段からは想像できない、すっかりとろけただらしのない笑みを浮かべていた。


 「……ふふふふ……」

 「ど、どうしたの?」

 「な、なんか不気味ね……てか、何見てるのよ?」


 二人は月美が何を見ているのか気になり、脇から覗き込んでみた。

 そこには、楽しそうな笑みを浮かべながら、だんだら羽織の青年の腕を引いている女侍の姿が写っていた。

 その写真が先ほどの撮影村での寸劇体験の時に撮られたものであることをすぐに理解した佳代と明美は、にやにやと笑みを浮かべた。


 「見ました?奥さん」

 「見ましたわよ、奥さん」

 「お熱いですわね~」

 「お熱いですね~」

 「ちょ、ちょっとなによ、二人とも!!」


 突然、背後から覗き込まれた月美は顔を真っ赤に染め上げ、写真をしっかりと抱きしめながら二人に問いかけた。

 だが、二人はその問いかけに応えることなく、ただただ、にやにやとした笑みを浮かべるだけだった。


 「な、なによ!!いいじゃない!二人きりの写真見て夢中になってたって!!」

 「むふふふ、やっぱり夢中になってたのね~?」

 「そりゃね~?新撰組の恰好した土御門くん、かっこよかったし?」


 佳代がそう口にすると、なぜか明美が頬を少し赤くして、くすぐったそうな笑みを浮かべた。

 役が役だった、ということもあり、明美は護の隣に立って演技をしていたのだ。

 間近でその姿を見ていたため、思い出すと気恥ずかしさがこみ上げてきたのだろう。

 もっとも、恋人であり、護にぞっこんである月美がそのことを面白いと思うはずもなく。


 「そういえばそうだよね~……ヒロイン枠だからって女侍の役になったけど~……」


 恨めしそうな視線を向け、少しばかり低い声色でそう口にしてきた。

 どうやら、土方歳三役とのやり取りがあるヒロイン役よりも、すぐ隣にいることが多い沖田役のほうを羨ましいと思っているようだ。

 もっとも、配役については一方的にスタッフから伝えられたものであったため、自分たちでどうこうすることができるものではなかった。

 それをわかっていたからか、それとも、劇中では土方に助けられる役だから我慢していたのか。いずれにしても、からかわれたことで膨れ上がった不満が爆発してしまったらしい。


 「護とおしゃべりしてたよね?笑顔で……おまけに子犬みたいに懐いちゃって……」

 「え、演技指導でそうなったんだから仕方ないじゃない!てか、落ち着いてよ、月美!!たかが劇での話でしょ?!」

 「たかが劇、されど劇……もしこれで明美が護にほの字になったら困る……あぁ、そうか、今のうちにつぶしておけば……」

 「ならないわよ!tけあ、潰すってなによ?!怖いわよ!!」


 普段ならば絶対に見せることのない嫉妬に狂った月美の姿に、明美は困惑と恐怖を覚えながら返し、どうにか落ち着かせようとしていた。

 その様子を見ながら、佳代は苦笑を浮かべ、二人の様子を見守ることに徹していた。


 不意に、佳代の携帯が着信音を鳴らしだした。

 反射的に佳代は携帯を手に取り、画面を見てみた。

 SNSにメッセージが送られてきたらしく、アプリを開いて内容を確認してみると、清からのメッセージが記されていた。


 「ねぇ、二人とも。明日の予定組みたいからって土御門くんたちが呼んでるよ~?」


 その呼びかけに月美は我に返ったらしく、わかった、と佳代に返事をして部屋を出た。

 部屋を出るその背中と、変わり身の早さに、明美はほっと安どのため息をつくと同時に、この旅行中はこのネタで月美をからかうのはやめておこう、とひそかに誓うのだった。

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