第129話 寸劇~3、終幕~

 「危ないところを、助かりました」


 浪人たちが逃げていき、その姿が見えなくなると、女侍は刀を鞘に納め、斎藤と沖田と名乗った二人の隊士に頭を下げた。

 二人はいつの間に刀を鞘に納めたのか、二人は女侍に微笑みかけながら、大したことはしていない、と返した。


 「なに、これも我々の仕事だからな」

 「そうですよ。私たちは仕事をしただけですので」


 あくまで、自分たちの仕事だから助けた、ということのようだ。

 だが、助けられたこともまた事実。ここで恩を返さなければ、恥というもの。

 そう思い、せめて屋敷で食事を、と誘おうとしたが。


 「土方さん、そろそろ戻りましょうか」

 「だな……ったく、たまに市中に出るとこれだ。呪われてんのか、俺は?」

 「はははは……」


 と、仕事が残っているため、これ以上はいられない、と暗に告げられてしまった。

 そのまま立ち去ろうとする二人だったが、ならばせめて、と女侍は声を上げた。


 「わ、わたしは父に代わり右京の外れにある道場で剣術指南を行っております!もし、お力になれることがありましたらお尋ねください!!」

 「それならば、そうならないよう努めますが、本当にもしもの時は頼りにさせていただきます」


 土方は女侍の言葉にそう返して、沖田とともに立ち去って行った。

 沖田もまた、さわやかな笑みを浮かべ、手を振りながら斎藤の後ろを追いかけていった。

 女侍は二人の、特に土方のその背中をじっと見つめていた。

 その瞳と顔は、女侍が持つ本来の凛々しさとは程遠い、年頃の生娘のような表情であったことを知っているものは、この場には誰もいなかった。


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 「はい、カット!お疲れ様でした!!」

 「すごい迫力だったよ!特に新撰組のお二人と女侍の君!!」

 「もういっそ、テレビに出てみない?!」


 寸劇が終了し、スタッフから飛び出てきたのはそんな称賛の言葉だった。

 劇の緊張感から解放されたためか、護たちは長い溜息をついたが、その顔はやりきったという達成感に満ちていた。


 「しっかし、さっきの峰打ち、見事に清の腹に入ってたな」

 「まったくだ……飯が出てこなかっただけ偉いと思うぜ、俺」

 「ははは……」

 「あははは……ごめん、なんでか思いっきりいかないとって思っちゃって」


 日頃の恨みがあったのか、それとも単純に殺陣の技術がないからなのか、月美は苦笑を浮かべながら、清に謝罪していた。

 もっとも、劇とはいえ、学園きっての美少女に殴られるという、ある意味でご褒美をいただいた清は大して気にした様子はなく、別に構わない、と返していた。

 一方で映画村のスタッフの人たちは。


 「これはまさかの逸材?」

 「どうする?上に報告してみる?」


 と、五人をスカウトできないか考えているらしく、そんな言葉がちらほらと聞こえてきた。

 だが、そもそもがよそ者である上に、芸能界にはまったく興味がない五人は、丁重にお断りし、さっさと着替えてしまおうと更衣室へとむかっていった。


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 着替えを済ませて更衣室を出ると、先ほどの撮影スタッフの一人が封筒のようなものを持って近づいてきた。

 まさか、スカウトのために無理やり履歴書のようなものを書かせるつもりか、と警戒し身構えたが、それに気づいたスタッフは申し訳なさそうな顔をしながら。


 「さっきの寸劇の時に写真を撮らさせてもらったから、それをお渡ししようと思いまして。あ、料金は大丈夫です。撮影代も含めての料金でしたので」


 と説明して、封筒を手渡してきた。

 パンフレットをよくよく見れば、確かに、寸劇の最中は撮影を行い、記念写真とさせていただく、という注意書きがされていた。

 そこまで確認し、納得した護たちは封筒を受け取り、中身を見てみた。

 中身は確かに寸劇の最中の写真で、刀を抜いた護と明美の姿や茶店でくつろぐ月美の姿などが写されていた。


 「おぉ……さすがプロ!きれいに撮れてる!!」

 「どれどれ……おぉ、ほんとだ!あ、佳代みっけ!」

 「って、なんで俺こんな情けないとこを??!!」


 三人が受け取った写真を見ながら和気藹々と感想を口にしてる横で、スタッフが護と月美に三人とは別に一枚ずつ、同じ写真を手渡してきた。


 「あれ?この写真って、寸劇の奴じゃないですよね?」

 「ほんとだ……始まる前のだよね?」

 「えぇ、ほんとうはいけないんですが、お二人があまりにもお似合いだったのでついシャッターを押してしまいまして」


 少しばかり申し訳なさそうに、スタッフは謝罪してきたが、二人ともそれはまったく気にしていなかった。

 むしろ、いい旅の思い出が出来た、とすら思っていた。


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 撮影村を出た護たちは、チェックインの時間が迫っているため、宿泊先にしていたユースホステルへとむかった。

 京都駅からバスに乗り、金閣で有名な鹿苑寺の前のバス停で降りて、京都市内にある大学のキャンパス付近まで歩いていくと、目的地であるホステルの案内板が見えてきた。

 案内板が指し示す方へ足を進めると、まるで長屋のような外観をしている建物が目に入った。

 長屋と言ってもその壁は手入れが行き届いており、古めかしさを一切感じなかった。

 それだけでなく、すぐ近くにはテニスコートがあり、建物の奥には何本もの木々が見えることから、昆虫採集やテニスなどのアウトドアも楽しめそうな雰囲気があった。


 「お、テニスコートもあるんだな」

 「やる暇があればいいけどな……俺はやらんぞ」

 「あははは……」

 「まぁ、とりあえず、チェックイン済ませちゃおっか」

 「さんせー」


 基本的に武道以外の体育、特に球技が大の苦手な護がいかにも嫌そうな顔でそう言い放つと、月美は苦笑を浮かべ、清は残念そうな顔をした。

 そんな三人を放っておいて、明美と佳代はさっさとチェックインを行うために受付へとむかっていった。

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