第132話 茶粥をすすり、奈良漬けで酔う
北野天満宮を出た護たちは、再びバスに乗り、今度は最寄りの電車の駅まで向かった。
そのまま電車に乗り、向かった先は近鉄奈良駅だった。
少しばかり距離はあったのだが、運よく、急行に乗ることができたため、正午ごろには駅に降りることができた。
が、ここにきて、明美と清の腹の虫が昼食の催促を始めた。
普段ならば、その鳴き声に冗談めかしながら護がからかってくるのだが、今回はそんな気配はなかった。
「は、ら、が……」
「減った……ねぇ、お昼どうする??」
「せっかくの奈良だし、柿の葉寿司とか?」
「春日大社の近くにあったっけ?」
「茶店があるな。それと、興福寺のあたりに茶粥の店もあったはずだ」
茶粥とは、白米をたっぷりの抹茶に沈めたお茶漬けのようなものであり、奈良漬けなどの漬物と一緒に食べる、柿の葉寿司に並ぶ奈良の名物だ。
柿の葉寿司や団子などと一緒に並ぶこともあり、いくつもの名店と呼ばれる店が存在している。
「ならそれにしようぜ?どうせなら春日大社の近くで」
「そうね。さすがに暑いし、どこかで涼みたい……」
「さんせー」
「となると……興福寺のあたりに店があるな」
「そこにしよう?興福寺ならすぐ近くに東大寺もあるし」
もともと、東大寺と春日大社の両方を回る予定であったため、都合がよかった。
さらに言えば、その店の場所はちょうど東大寺へ向かう道中にある。
その店にしよう、と空腹に耐えきれなくなってきた清と明美が熱い視線を送ってきたことは言うまでもない。
ただでさえ直射日光がきついのに、二人からの熱い視線を受けてはたまったものではないため、一行はその店へと向かうのだった。
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店に入り、茶室のような空間に通された護たちは、昼時間限定の茶粥膳を注文し、料理が来るまで待つことにした。
出された氷水を飲みながら談笑しているうちに、従業員が注文していた茶粥膳を持って入ってきた。
お盆の真ん中にたっぷりの抹茶に浸かった白米と細切りにされた海苔が浮かんでいる器があり、その脇を固めるように丸いおかきが入った小鉢と、付け合わせの漬物が盛られた皿が並べられている。
「すごいお茶だね……こんなに色が濃いの初めて見たかも」
「なんか、お茶漬けをどんぶりで作ったらこんな感じじゃない?」
「まぁ、いいじゃんか。食べようぜ!」
佳代と明美が見た目の感想を口にしていたが、清のその一言で思い出したかのように全員の腹の虫が合唱を奏でたため、誰からとなしに箸をつけた。
「しぶっ!」
「抹茶ね、まるっきり……」
「これはこれでうまいな」
「うん」
「えぇ……?」
普段から緑茶を飲みなれている護と月美はさほどでもないようだが、他の三人には少しばかりきついらしい。
添えられていた奈良漬けをかじったり、おかきを丼の中にいれて食感に変化を持たせることで、どうにか食べきることはできそうなのだが。
「……ひっく……」
「りょうしらの?ちゅみきちゃん??しゃっくりにゃんかしれ」
月美のほうから突然、しゃっくりが聞こえてきたり、佳代のろれつが回らなくなっていた。
どうやら、奈良漬けで酔ってしまったらしい。
「……奈良漬けって、酔うものだっけ?」
「……月美は甘酒でも酔うときがある」
「……マジで?」
「マジ……てか、吉田も弱かったんだな、酒」
奈良漬けは野菜を酒粕に漬けたものであるため、アルコールが残っていることがままある。
むろん、酒精は強くないし、酒のように長い時間、体に残ることものだが、物によっては五十グラム食しただけでも酒気帯び状態となってしまうこともある。
もっとも、前述のとおり、長い時間、体に残らないので、ほんの少し時間を置けば酔いもさめるのだが。
とはいえ、酒に弱い人が口にすれば、酔ってしまうこともあるだろう。
「……てか、奈良漬けでも酔うのか。初めて知ったぞ」
「そうなのか……てか、桜沢がやけに静か……あ」
清が先程から明美が何も言ってこないことが気になり、視線を向けると、そこにはすっかり茶粥を食べ終わり、舟をこいでいる明美の姿があった。
頬がほんのりと赤いことから、酔って眠ってしまったことは想像に難くない。
明美もまた、奈良漬けにやられてしまったようだ。
「……ふみゃ~、なんらか眠くにゃってきたぁ……おやしゅみ~」
「……ごめん、護……わたしも、ちょっと寝る……」
そして、月美と佳代も酔いに負けて眠りこけてしまった。
その様子に、口をあんぐりとだらしなく開きながら、護と清は三人が復活するまでのしばしの間、追加で注文した柿の葉寿司を頬張っていた。
が、最後の一個を食べ終わったときに。
「……もしかせんでも、残ってる茶粥を飲ませれば寝ることなかった?」
「……かもしれんな。もっと言えば茶粥と一緒に食べさせれば酔うこともなかったかもな」
「……下手こいたな」
「だな」
ということに気付き、今更ながら後悔した。
なお、護と清も奈良漬けを口にしていたが、三人ほど酔ってはいない。
体質的なものもあるのだろうが、茶粥で流し込んだから、というのが大きな要因かもしれない。
なお、十分もすると酒精が抜けて、三人はすっきりと目を覚ましたことをここに記しておく。
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