第65話 相手の後始末の早さ
異形を葬った護たちは、異形を解き放った研究員が逃げていった部屋へと向かったが。
「もぬけの殻、か」
「遅かったか!」
そこには誰もいないどころか、記憶媒体の一つ、書類の一枚すらも残っていなかった。
どうやら、護たちがここに来る前にはすでに撤収していたようだ。
「これじゃ、もう手がかりらしい手がかりはなし、か……まぁ、俺の方は依頼達成だろうからいいけど」
「そうかな? まぁ、けど、たしかにしばらくは狼男たちも出てこないだろうし、大丈夫なのかな?」
「まったく、気楽に言ってくれる……」
勝手なことを言っている護と月美に光はただ一人、陰鬱そうにため息をつく。
たしかに、ここを制圧すれば、しばらくは事件を起こしていた謎の異形の動きも止まるだろうが、それでは根本的な解決にならない。
この一件の大本を断たなければ、再び事件が起こる。
それも、今度はもっと大規模な事件になりかねないのだ。
逃げた研究員たちの身柄を確保しなければ、光の仕事は終了したとは言えない。
――けど、まぁ……ひとまず、経過報告という形で報告書を出せばいい……色々と、気になったこともあったしな
色々と気になったこと、というのは土御門家と妖たちの関係だけではない。
霊獣を思わせるほどの霊力を持った精霊を使鬼に下すほどの護の実力と、彼に宿った清冽なあの霊力についてだった。
妖たちとの関わりについては、調査局の上層部は知っていて黙している節があるため、さほど重要ではないだろうが、後の二つについてはそうはいかない。
通常、一人の術者が妖や精霊を使役できる数は一体程度。
むろん、使役する存在の霊格や術者の実力によってその数は変わる。
だが、高校生くらいの年齢で使鬼を五体。それもかなりの霊格を備えた霊獣を使役できる術者は存在しない。
それだけでなく、髪や瞳の色が変化するほどの霊力を備えているということも気になる。
忘れてくれるとうれしい、とは言われたがこれらのことは報告しないわけにはいかない。
だが、せめて。
――せめて……せめて、戦友として君と君の連れにあまり危害が出ないよう、努力させてもらう
光は心中でそうつぶやく。
一応、彼女もこの件を通して、護と月美のことを認めていたのだ。
だからこそ、できる限り調査局が余計なことをしないよう、手配することを誓っていた。
もっとも、そんなことを考えているとはまったく知らない護と月美は、何か残っていないか周辺を調べる。
「ほんとに何も残っちゃないな……」
「ほんと。なんか家政婦もびっくりって感じね」
「たぶん、ここが見つかることを想定して、前々から準備してたんじゃないか?」
「……案外、高飛びしてたりして」
月美のその一言に、護の手が一瞬、ぴたりと止まる。
まるで人工的に生命体を作ろうと試みているかのような実験室に、生命創造を行うことを究極の目的としている魔術。
その二つを扱う術者といえば、錬金術師しかありえない。
錬金術は元は西洋魔術だ。
この研究所に技術協力をしていた術者が西洋の人間であることは容易に想像できる。
外国人ならば、滞在期間が限られている以上、協力期限を設けていることだって十分にあり得る。
「まさか、錬金術師が自分の研究のために日本にってことがあり得るのか?」
「そんなこと聞かれても」
「あぁ、いや……独り言みたいなもんだ。気にしないでくれ」
沈みがちに返してくる月美に、護は謝罪した。
実のところ、護も現代の裏社会の事情に明るいわけではない。
せいぜいが、自衛のためにこの程度のは覚えておけ、と言われて身につけた程度の知識だ。
そのため、自信を持ってはっきりと言えるわけではないが。
――可能性としてはありえなくもないのではない
今回のことは、自分が想像以上に根が深いということも含め、第六感がそう告げている。
これ以上、このことに首を突っ込むことはやめたほうがいい。
むしろ、妖たちから頼まれた仕事はもう完遂しているはずだから、これ以上は過剰サービスというものだ。
「考えても仕方ない。俺たちはこれで引き上げかな」
「え? 賀茂さんのこと、手伝わなくていいの?」
「俺とあいつとじゃ責任を果たす相手が違う。それに、これ以上、あいつは俺が関わることを面白く思うはず、ないからな」
言われてみればその通りか、と月美は納得し、それ以上は何も言わなかった。
だが、そんな護の想いとは裏腹に。
「すまないが、土御門。それと……風森さん、だったか? 君たちも少しばかり手伝ってくれないか? できる限り、痕跡を探りたいんだ」
この場にいる人数が少ないからか、光は二人にそう頼んでくる。
光の口から出てきた意外な言葉に、護も月美も目を丸くした。
その様子を見た光は。
「な、なんだ? まるで見たことないものを見たような目をして」
「いや、てっきりこれ以上、民間人に協力要請するとは思えなくて」
「それに、賀茂さん、けっこう護のこと嫌ってたし」
「ちょっ……いや、まぁ、たしかに好ましく思ってはいないが」
「おいおい、本人を前に言うなよ」
包み隠さない発言に、護は半眼になっていた。
正直な心象を話していた本人もまた、あっけらかんとした態度で。
「仕方ないだろ、本当のことなんだから」
と返してくるのだった。
なお、結局は手伝うことにした護と月美だったが。
「何もないな、こりゃ」
「ほんと……まさに『もぬけの殻』って感じだね」
「だなぁ」
何も成果を得ることはなく、改めてこの研究所を放棄した組織の行動力と計画性の高さを知ることとなった。
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