第66話 そしてこちらも……
人間から妖へ変身する異形が製造されていると思われる研究所の調査を終えてから数日。
特殊状況調査局本部では、光が書類仕事に追われていた。
数日前に
そこに積み重ねられた書類のほとんどが、そのために必要となる資料だ。
これほどの資料が必要となった理由は、光たちの記憶にある。
原因はわからないのだが、研究施設に突入してから出るまでの間、つまり調査をしている間の記憶がすっぽりと抜けてしまっていたのだ。
――調査中に撮影した写真や映像、メモ書きの類が残っていたことは幸いだったが、なぜ私たちの記憶からあの日のことが抜けているんだ?
これはもはや、誰かから術をかけられた可能性も考えるべきことだ。
だが、自分を含めた職員たちの誰にも気づかれないで術をかけることができるほどの術者がはたしているのだろうか。
その考えに至った瞬間。
――いや、一人だけ……あいつがいたな
あいつ、というのは言わずもがな。護のことである。
だが、いつ、どこで、どんなタイミングで自分に術をかけたのかまではわからない。
――考えていても仕方ない……さっさとこの山を片付けよう……
いつまでも答えの出ない問いについて考えていてもしかたがない、と思ったのか。
光は陰鬱そうなため息をついて、目の前にある書類の山との格闘を再開するのだった。
一方、その頃。
護と月美はクラスメイトと混じって中間試験を受けていた。
「そこまで、解答用紙を裏返して後ろから前に送ってくれ」
チャイムが鳴り響くと同時に、試験監督の教師から終了と解答用紙回収の指示が流れてくる。
数分としないうちに、解答用紙は回収され、生徒達は思い思いの手ごたえや感想を口にし始めた。
「やっべぇ、全部解けなかったぁ……」
「ねぇ、あそこの問題、答え何にした?」
「……あぁ……ったりぃ……」
「なぁ、終わったらどうする?」
試験監督が教室から出るや否や、生徒たちは仲のいい友人同士で会話を始め、いつもの学校の休み時間のような雰囲気が生まれた。
普段なら、その談話の中に月美も入っているのだが、今度ばかりは少し様子が違う。
机に座ったまま、一心不乱に次の試験科目のノートを広げ、その中に書かれている内容を必死に頭に叩きこんでいた。
いつもなら、こんなことはしていないのだが、護と一緒になって妖から頼まれた依頼に取り組んでいただけではない。
修行にも付き合っていたために、必然的に勉強する時間が削られてしまった。
そのため、こうして休憩時間を削って詰め込みをしているのだ。
――うぅ……護はなんであんなハードスケジュールを……
月美はうらめしそうな目で護のほうへ視線をむける。
視線の先に捉えた護の姿は、今の月美と同じ、必死に知識を叩きこんでいる姿だった。
どうやら、護も自信満々で試験に臨んでいたわけではないようだ。
普段は一緒に宿題をしたり勉強したりしているのだが、先日の妖たちからの依頼に力を注ぐようになってから、その時間は削られてしまった。
その穴埋めを、いましているということのようだ。
――もしかして、護もわたしと同じ?
そう感じた月美は、再び自分のノートに視線を落とした。
そして時間は過ぎて。
「時間です。筆記用具を置いて、解答用紙を裏返して後ろから前に送ってください」
最後の試験終了の合図が試験監督から出され、生徒たちは解答用紙を指示通り、前の席へと送った。
すべての解答用紙を回収した監督教師が教室から出ていくと、再び教室はざわめきだす。
「月美~」
「護~」
明美と清がそれぞれ親友に声をかけたが、反応がなかった。
それもそのはず。
これが最後とばかりに、二人とも全身全霊をかけて臨んだのだ。
そのため、全エネルギーを使ってしまい、誰かとしゃべる気力すらなくなってしまったらしい。
もっとも、護に関しては、誰かとしゃべることはないため、余力があるかもしれないのだが。
「お、お疲れのようだな……」
「土御門はともかく、月美があんな状態になってるのって珍しい……」
「いや、護があぁなるのも、実はけっこう珍しいぞ?」
「そうなの?」
護との付き合いが始まったばかり、と言っても過言ではない明美は、その言葉に首を傾げた。
だが実際のところ、清の言は正しい。
基本的に他人を信用しない護は、弱っている姿を見せることがないが、よほど消耗してしまっているときや元々体調が優れていないときはその限りではない。
なおこれは、護との付き合いの長い清だからこそ気づけたことであり、他のクラスメイトはまったく気づいていないのだが。
「あぁ、それからな。風森はともかく、今の護に声かけんのはやめとけ」
「なんで?」
「前に、あいつがあんな風になったときに声かけたことがあるんだけどよ……」
そこまで言って、清の顔が徐々に青ざめていった。
突然のその様子に、明美はどうしたのか慌てて問いかける。
だが、清は大丈夫だと話し、明美を落ち着かせてから口を開いた。
「そりゃもうひどかった……」
「そ、そんなに?」
「あぁ……」
「む、無理に話さないで大丈夫だよ? ていうか、言わなくていい。こっちが怖い!!」
普段、顔を真っ青にして震えることがない清の様子から、よほどのことだということは明美でなくとも理解できた。
いや、むしろ聞いてしまったら大事な何かを犠牲にしかねない気がしてならない。
結局、清に何が起きたのかは謎のままだったが、不機嫌な状態の護に声を掛けるには、よほどの勇気が必要になるということだけは心に刻みこんだ明美だった。
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