第37話 其は異邦の地より来る
人間とも妖ともつかない気配の主、それは本来、欧州に住んでいるはずの妖――
なぜアジアに、日本に狼男が来ているのか。
その疑問を手っ取り早く解決するためにも、まず目の前の狼男から話を聞くことが先決と判断した護は、どう行動すべきか思考を巡らせていた。
だが、その思考が終着点に向かう前に、狼男が行動を起こす。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「って、いきなりかよ?!」
狼男に変身した男は口を大きく開き、ぬらぬらと光る牙を護に向けながら突進してきた。
だが、単純な身体能力に任せた行動に、護は驚愕しながらも牙を回避し、背後に回りこみながら、呪符を引き抜く。
だが、その呪符を投げつける前に、狼男はその身体能力の高さを見せつけてきた。
ブレーキをかけた足とは反対の足で地面を蹴り、その爪を振りかざして再び護に向かってくる。
その爪を見た瞬間、護の脳裏に浮かんだのは、狼男にまつわる伝承だった。
――狼男の牙や爪で傷つけられた人間は、その狼男の眷属になってしまう
にわかには信じがたいことではあるが、狼男は狂犬病に感染した人間を指すのではないか、という見解を示している研究者がいる。
また、傷に憎悪や悪意といった感情が流し込まれ、傷そのものが呪詛となることは、術者の間ではよく知られている知識だ。
おそらく、狼男の伝承は狂犬病の感染者を指す場合と、狼男が付けた傷が呪詛となってしまった場合の符たちが存在するのだろう。
もっとも。
――どっちにしても、怪我するわけにいかないってことに変わりない!
護は振り下ろされてくる爪をどうにか回避して、引き抜いた呪符を数枚、狼男に向かって投げつける。
だが、狼男はその爪を素早く振りあげて、飛んできたすべての呪符を切り裂いた。
振り下ろしてから振りあげるまでの速さに、内心げんなりとする護だったが、すかさず刀印を結ぶ。
「ノウマクサンマンダ、ボダナン、インドラヤ、ソワカ!」
護の口から帝釈天の真言が紡がれた瞬間、切り裂かれ呪符の紙片、一つ一つが乾いた音を立てながら青白い光が灯す。
青白い光は互いをつなぐように伸びていき、六芒星を作り上げる。
六芒星の別名は
封印に用いられることが多く、やりようによっては神すらも封じる強力な
現に六芒星が互いにつながり合うことで光の籠を作りあげ、狼男を閉じ込めた。
当然、狼男は抵抗するために籠に手をかけるが、その爪が触れた瞬間、狼男の全身に強烈な痛みが走り、はじけ飛ぶ。
「帝釈天はヒンドゥー教の主神インドラの姿でもある。雷を司る神に呼びかける真言に込められた言霊が、雷にならないはずはないだろ」
はじかれた狼男の様子を見ながら、護は誰にともなく解説する。
籠目紋の封印は東洋に伝わる魔術なのだが、欧州の妖にも効力はあったようで、狼男は抵抗することなく、じっと護を睨んでいた。
どうやら、術が解けるまでひたすら待ち続ける構えを取るほど強力な封印となっているようだ。
「籠目の封は
その様子を見ながら、護は妙な感動を覚えながらそうつぶやいていた。
――案外、妖退治や妖封じに洋の東西という隔たりはないのかもしれないな……やったことがないから、本当のところはわからないけど
護はそんなことを思いつつ、呪符以外に持ち合わせていた唯一の呪具である数珠を取り出しながら、籠へと近づいていく。
当然、自分をこんな目に合わせている術者が近づいてきて、敵意を向けないわけはなく、狼男は牙を見せながら、低いうなり声をあげ続けた。
そのうなり声を受け流しながら、護は数珠を両手に持ち、数珠に霊力を集中させると、徐々に数珠は熱を持ち、淡い光をまとう。
そうなる瞬間を見計らっていたかのように、護は数珠を籠の上へと投げた。
数珠が籠の真上に到達した瞬間、数珠は光をまとったままバラバラに飛び散り、籠の中へと入っていく。
それと同時に、護は刀印を結び、声高に呪文を唱えた。
「……縛々々、不動縛!!」
呪文の言霊が響いた瞬間、数珠同士が光の紐でつながり、狼男の周囲に浮遊する。
その光景に、狼男のわずかに残った理性が次に起きることに警戒をした。
だが、反応しきれない速度で数珠同士をつないでいた光の紐が収束し、狼男を文字通り、縛りあげていく。
突然、縛られた狼男は苦痛と怒りから大声を上げるが、その程度で拘束が緩むはずもなく、狼男はもがき続けた。
狼男が強い力で抵抗したためか、数珠の紐がちぎれかけるが。
「させるかっ!!」
護が険しい眼付のまま、刀印を結ぶ手の力を強める。
すると、数珠の紐はそれに呼応するかのように収束を強めた。
当然、狼男はそれでも数珠の拘束から逃れようともがき続けたが、やがて、狼男のほうが力尽きたらしく、地面に倒れる。
すると、上半身から毛が抜け落ち、変身前の青年と寸分変わらない姿に戻っていった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……つ、疲れた……」
狼男の姿が変わり、もう動かないこと様子に、護はため息をつきながらその場に座り込んだ。
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