第38話 恋人というのは鋭いもの?

 狼男となった青年から襲撃を受けた護は、どうにか狼男を沈黙させることができた。

 だが、霊力を少しばかり激しく消耗する術を何度も行使したためか、護の額にはいくつもの汗が浮かんでおり、戦闘が終わったあとは疲労のために座り込む。

 しかし、数分もすると疲労が消え、表情に出なくなったあたり、日頃の修練がしっかりと効果を出しているようだ。


――拘束したのはいいけど、ここからどうすっかだよなぁ……


 さすがに気を失っている上半身裸の男を担いで歩こうとは思わない。

 そっちの趣味があると誤解されかねないし、それ以前に、警察に通報されてしまい、余計に面倒なことになってしまいかねない。

 だが、翼に救援を求めるとなると、月美に戦闘があったことが伝わってしまい、怪我がなかったか、危ないことに巻き込まれていないかと、月美に余計な心配をかけさせることになる。

 ただでさえ、慣れない東京の生活で不安になっている部分が多いというのに、ここで余計に不安がらせたくないし、心配もかけさせたくない。

 そのため、土御門家に頼るという選択をすることは、護にとってナンセンスであり、絶対に取りたくない選択肢となっている。

 そうなると自力でどうにかするしかないのだが、その手段が今のところ見当たらない。


――どうしたものかな……


 一人で思案していると、こういうときに頼れる存在が最近になってできたことを思い出し、携帯を取りだし、連絡を取る。

 しばし、会話を交わし、通話を終了してから数分後。


「十分もしないうちに来るとか……まさか尾行しつけてたなんてことないよな?」


 連絡を受けてやってきた光に、護は意地の悪い笑みを浮かべながら問いかけた。

 ちょうど、自由に動くことを許可してもらっていたが、何か情報を得たら相互に連絡することになっており、襲いかかってきた狼男は、護が感じ取った気配と非常に酷似した妖気を発していた。

 何かしらの情報を持っていると考え、光に連絡したのだが、連絡を受けた当の本人は、まるで八つ当たりをするように護に向かって叫んできた。


「あるわけない! そもそも、お前のような一般人・・・を尾行するほど、我々は暇ではない!」


 護の言い方が悪かったこともあるかもしれないが、どうやら光は調査局が護を今も尾行していると勘違いしたようだ。

 しかし、光の言うように、調査局も暇ではない。

 なにせ、怪事件の調査だけでなく、政治家から寄せられる本来の職務とは関係のない内容の仕事も存在しており、それらを消費するには職員の人数が慢性的に不足しており、調査局は常に、人手不足に悩んでいる。

 そのため、術者とは言え一般人の護を尾行できるような余裕はない。

 光もそのしわ寄せを受けている職員の一人なのだろうか、まるで護に八つ当たりするかのようなヒステリックな声をあげている。


「……で、何なんだ? 彼は」


 だがある程度、声をあげたことでストレスが発散されたらしい。

 少しは冷静になったのか、護に目の前で倒れている男について問いかけた。

 だが、それは護も同じことで、返せる答えは。


「俺にもさっぱり」


 という一言だった。

 護も尾行されていたため、その正体を確かめるために接触を図ったため、前情報が何一つ存在していない。

 だが、現場に居合わせたからこそ感じたものはあったようだ。


「ただ一つだけ言えるとしたら……」

「言えるとしたら?」

「知性の欠片すら感じさせなかったんだ。狼男に変身してから」

「知性を感じなかった?本能丸出しで襲ってきたとでもいうの?」

「あぁ」

「……それはたしかに妙だな」


 護の感想に光は同意する。

 妖の本性は自然物であることが多いのだが、その理由は明らかにされてはいない。

 一説では、長い年月をかけてこの星に流れる『気』の影響を受け、魂が変質しそれに伴い肉体が変化し、知性を得たためとされている。

 そのため、妖という存在は人間と同等かそれ以上に優れた知性を持っていることが、現在の通説だが、狼男に変身した青年は知性の欠片すら見せていない。

 知性があれば、フェイントや相手の姿勢を崩すなど、自分が少しでも優位に立てるようにあらゆる手段を講じるはず。

 それを狼男はまったくしなかったのだ。


「まぁ、いずれにしても、彼に聞けばわかることね……約束通り、もらっていくわよ?」

「あぁ。つか、あんなでかい荷物、高校生にゃ重すぎるって」

「よく言うよ。では、私はこれで」


 冗談なのか本気なのかわからない護の言葉に、光は肩をすくめて返し、その場を立ち去っていった。

 護はそれを見送り、帰路につこうとした瞬間、護の携帯から着信音が響く。

 画面を見ると、そこには月美の名前が記されていた。


「もしもし?」

『護? 大丈夫? けがしてない??』

「あぁ、大丈夫。一体、どうしたんだよ?」

『だって、なんだかすごく嫌な予感がしたんだもの……』


 返ってきた月美の言葉に、思わず感心し、やはり鋭いと思ってしまった。

 女の勘、というやつなのだろう。

 勘のいい奴と、普通ならばそれで片付けられるのだが、月美はもともと葛葉姫命を祀る神社に仕える巫女で、護と張り合えるほどの力を持ち合わせている。

 その勘は、もはや予知に近いものがあるからこそ、護の安否を気遣って連絡してきたのだろう。

 だが、本人の無事な声を聞いて安心したようだ。


『よかった……けど、早く帰ってきてね?』

「わかってる。今から帰るところだから……それじゃ、切るよ」


 微笑みを浮かべながらそう返し、通話を切るとその微笑みに少しばかり苦い表情が浮かんだ。

 心配かけさせないように努力していたつもりだったが、結局、月美に心配をかけさせてしまったことを苦く思っているようだ。


――俺も、まだまだだなぁ……月美に心配をかけないように、もっと修練を積まなけいと


 大切な人に心配をかけたくないという、見方によっては不純にも思える理由ではあるが、さらに研鑽を重ねることを決意しながら、護は家路につくのだった。

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