第32話 術比べ~そして終幕も突然に~

 光が懐から引き抜いた呪符を引き抜き、護に向けて投げつけてきた。

 その呪符は、霊力をまとい、烏の姿となり、護に向かっていく。


「砕っ!」


 烏のくちばしが護に近づいてきた瞬間、護は手のひらを前にかざして、短く言葉を叫ぶ。

 護の口から放たれた言葉は言霊となり、込められた意味を現象として顕現させ、烏は文字通り、砕け散った。

 だが、そこで護は間髪いれず、反撃に転じる準備をする。


土生金どしょうごん金生水ごんしょうすい、急々如律令!」


 地面に手をつき、五行相生の二つを口にした瞬間、地面が盛り上がったと同時に大量の水が吹き出た。

 五行相生のうち、土は金を生み出し、金は水を生み出す、という法則がある。

 護は地面の土から金属を生み出し、そこからさらに水を発生させたが、これは陰陽師ならば基本中の基本。

 そこに果たしてどのような意味があるのか。

 光がその意図を探っている間にも、護は次の手を打ってきた。


「ナウマクサンマンダ、ボダナン、タギャタテイビャク、サラバボッケイビャク、サラバタ、タラタ、センダマカロシャダ……」


 護が口にしたのは不動明王の火界咒かかいしゅ

 不動明王の炎で、一切の罪穢れを清める真言であるため、必然的に炎が周囲に展開し始めた。

 だが、その炎の勢いは想定していた以上に弱く、周囲を焼きつくすというほどではない。

 普通なら、火界咒は周囲一帯を焼きつくすほどの勢いの炎が展開するのものであり、かなりの大技でもある。


――火界咒だというのに、あまり炎の勢いがない……よほど緻密に操作を行っているのか? それとも、そもそも彼にこの術を扱うことができる霊力がないのか?


 いずれにしても、この勢いでは自分を焼き殺すことはできない。

 それをわかっていてこの術を使っているのだとすれば、焼きつくす以外に別の意図がある。

 そう直感した光は、その意図を探ろうとするが、その時にはすでに護の術中にはまっていた。

 気づけば、光の周囲は一寸先すらも見えないほど、濃い霧に閉ざされている。

 先ほどの火界咒の熱もあるのだが、この霧そのものにそれなりの熱が感じられるため、これは霧というよりも水蒸気なのだろう。


――なるほど、火界咒はこのために……そして水はさっきの相生の術で作ったものか。なるほど、なかなかのやり手ね


 光はいま自分が置かれている状況と原因を冷静に分析するが、同時に不可解でもあった。

 これだけの術を操る技量を持っていながら、疑似的な天候操作を行っているというのになぜ、自分を攻撃してこないのか。

 敵対する意思があるから、いまこうして、自分たちは対峙している。

 だというのに、自分を攻撃してこない理由がわからない。

 だが、術者としての矜持を持っている光は一つの結論に達した。


――なめている、ということかしら?なら、もう少し本気で……それこそ潰すつもりでやってやる!!


 その結論と判断が正しいとは限らないが、術者として格下と見られたと感じた光にそんなことは関係ない。

 彼女の頭の中はすでに、目の前の術者を倒すことでいっぱいになっていた。

 だが、頭に血が上ってしまったために。


「……存外、熱くなりやすいんだな。あんた」

「なっ??!!」


 背後を取られていたことに気づくことができなかった。

 突然、背後から聞こえてきた声に、光は驚愕の声を上げながら振り返ろうとする。

 だが、振り返って反撃しようとした瞬間、光の体は突然、沈み始めた。


――な、なに、この重圧は……


 何をされているのか、なぜ自分の体が沈んでいるのか。

 理解することができずに困惑していると、術者が光に何をしているのか説明するように語りかけてきた。


「動けないだろ? 俺の先祖がひきを潰したって術の応用だ」

「な……に……?」

「今昔物語『安倍晴明あべのせいめい随忠行ただゆきにしたがい習道語みちをならう』、あんたの先祖と俺の先祖の逸話だ。まさか知らないってことはないだろ? 忠行の子孫のあんたが」

「なっ??!!」


 光は護の口から先祖の名前が出てきたことに驚愕する。

 名乗ったことは確かに名乗ったが、それだけで先祖である賀茂忠行の名が出てくるとは思えない。

 そう、目の前にいるこの男が、術者でない限り。


「き、さま……何者だ?!」

「おいおい。言っただろ? 俺の先祖が蟇を潰したって」

「蟇を潰した……『安倍晴明随忠行習道語』……先祖……」


 護が口にした言葉を反芻し、光は一つの答えにたどり着いた。


「まさか、お前は安倍晴明の」

「術者が術者に名前を名乗ると思うか?」


 護の口から返ってきた言葉に、光は言葉を詰まらせる。


「ま、その推察があっているかどうかは放っておいて」

「放っておくのか?」

「重要なのはそこじゃないだろ?」


 あっけらかんとした態度でそう返されてしまい、光はそれ以上反論することができなかった。

 そんな光の反応は無視して、護は重要な案件を口に出す。


「調査局の人間がなぜここにいる?」

「……自分のことは棚に上げて何を言っているんだ、貴様は」

「俺は依頼を受けてここに来ている」


 誰からの依頼なのか、それを聞かないのはルールでありマナーだ。

 そこは光もわかっているから、あえて問うことはなかった。


「こちらも要請があったから動いている。それ以上は言えないぞ」

「そうか。まぁ、そうだろうとは思っていたが、それだけ聞ければ満足だ」


 光の返答に、護はそう答えた瞬間、光の体から重圧が消える。

 どうやら、護が術を解除したらしい。

 同時にそれは、突然に始まった術比べが終了したことを意味していた。

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