第33話 合同調査の申し出

 光の喧嘩っ早い性格と護の人の悪さから始まった突然の術比べは、護の勝利に終わった。

 だが。


「無礼を承知で頼む! 今回のことで何か知っていることがあれば教えてほしい!!」


 と、光から頼まれてしまった。

 護としては特に断る理由もない。

 何より、情報がほしかったため、ひとまず光を土御門神社に招きいれる。

 あまりにあっさりと受け入れてくれたことに、光は戸惑いを覚え。


「いいのか? そう簡単に招き入れて」


 と、神社に向かうまでの道中で護に問いかけていた。

 護は光の方を見ることなく、これまたあっさりと。


「まぁ、大丈夫だろ」


 と答えていた。

 だが、振り返り意地悪そうな笑みを浮かべながら、一言付け加えてくる。


「もっとも、あんたが問題を起こさない限りだけどな」

「まるでわたしが問題を起こすことを前提で話しているようだな」


 光は護から返ってきた言葉に、むっと眉をひそめる。

 とはいえ、今自分がいるのは土御門家の領域。

 いわば、敵地にいるようなものなので、下手に動くことができない。

 それこそ、自分が問題を起こさないために、光はそれ以上の追及はせず、沈黙することを選んだ。

 だからといって護はいい気にならず、沈黙を保ちながら翼の書斎の前へとやってきた。


「父さん、いる?」

「……護か。入りなさい、ちょうど会わせたい客人がきている」

「会わせたい客人?」


 護は翼が口にした『客人』という言葉に引っかかりを覚えながらも、書斎のドアを開ける。

 ドアの奥には翼ともう一人、護が見たことのない、翼と同い年ぐらいの人物が座っていた。


「初めまして、土御門翼の息子、護です」

「あぁ、初めまして。私は賀茂保通、君の父の同期で、そこにいる光の父親だ」

「と、とうさ……局長?! なぜここにいるんですか?!」


 光は父親がいることは想定外だったらしく思わず、父さん、と呼びそうになったが、すぐにその態度を改める。

 その様子に、保通は呆れたと言いたそうにため息をつき。


「光、いま私は私用でここにきている。役職名で呼ぶのはやめなさい」

「……なら、父さん、一つ聞いていいですか?」


 保通の言葉から、いまこの空間は特殊状況調査局の人間として仕事ではなく、賀茂家という日本の術者の家系に連なる人間として振る舞っている。

 そのことを理解した光は、保通を「局長」ではなく「父」と改めて呼び、目の前にいる護を指さして問いかけた。


「なぜこいつが、調査局で扱っている事件に首を突っ込んでいるんですか?」

「土御門家に直接、依頼が来たからだろう。そうでなければ、まだ学生の彼が動くはずがない。そうだな? 翼」

「あぁ。こいつはこいつで独自に情報網を持っているからな。そこからの筋だろう……そうだな、護」


 翼は護が独自に動いた理由が妖たち独自の情報網にあると確信しているのだが、念のために確認の意味を込めて、護に視線を送ってくる。

 護はその視線に同意するように、うなずいて返した。

 あえて、情報網というのが妖たちであることは告げない。


――後ろにいるこいつもそうだけど、この人にも土御門家が妖と関わりを持っていることを知られたくない。そういうことか


 護はその理由をそう予測した。

 保通がどのような人柄の持ち主なのか、護は知らないし、彼にその意思があるかどうかもわからないが、土御門家を攻撃する材料を与えるつもりはまったくない。

 ただでさえ、護は自分が人間ではありえないほどの強大な力を持っていることを自覚している。

 それだけで十分に土御門家を危うくさせているのに、退治すべき妖とのつながりを持っていることを知られることは非常によろしくない。

 それくらい、護でも容易に想像できる。

 そのため、肯定する意思だけを伝え、自分からは下手に言葉を出さないことにしたのだ。 


「なるほど……ちなみに、その情報網というのは?」

「教えるつもりはありません」

「まぁ、そうだろうね」


 あっさりと返すと、保通は実際にそう返されることを想定していたかのような反応を示す。


「父親同様、君も一筋縄ではいかないようだな。特に自分の守備範囲と定めたものに関しては」

「お褒めいただき光栄です」

「称賛したわけではないのだがな……まぁいいさ。それよりも」


 保通は真剣なまなざしで、護と光を見つめ。


「土御門護くん。君に、協力を請いたい」


 協力を要請してきた。

 その要請に二つ返事で返すことなく、護は具体的な内容について問い詰める。


「具体的には?」

「君が持っている情報をこちらにも提供してほしい。代わりに、我々で得た情報を君に提供しよう」

「それはつまり、事実上の合同捜査に協力を願いたい、ということでしょうか?」


 保通の言葉に、護は疑念を覚え、そう問いかけた。

 単に情報交換を求めている言い方だが、捉え方によっては、一緒にこの事件にあたりたいという意味にも取れる。

 保通は、護の問いかけに答えを返すことはせず、笑みを浮かべるだけで、何も話してこない。

 その態度で、自分の予想が大方当たっていると考えた護は。


――早い話、情報交換はあくまでも"ついで"であって、本命は別のところにあるか……たぶん、土御門家に対抗するための武器カードを持っておきたいってところなんだろうな


 と推察した。

 土御門と賀茂は、ともに平安時代から続く陰陽師の名家であり、かつては陰陽寮の権力を独占した二つの一族だ。

 だが、友好関係を持っているわけではない。

 陰陽師に限らず、術者というのは、妖からも人間からも常に命を狙われかねない立場にある。

 科学が台頭し、神秘が滅びかけてきるこの世の中であっても、それは変わらない。

 理由は様々考えられているが、その最たるものは、権力争いだ。


――それを考えると、一緒に捜査することは少し危険か? 命は狙われないだろうけど、体のいい操り人形にされちまう可能性だってあるわけだし


 政治家同士の権力争いなら、スキャンダルや汚職を追求し、失脚させることが一般的な事例だが、護たちは術者であり、呪詛をはじめとした、科学では証明が非常に困難な技術を数多く持っている。

 科学でその存在を証明できないものを扱うことのできる術者にとって、邪魔者を消し去るために、これ以上手軽な手段はない。

 ゆえに、術者たちは常に呪詛から身を守るため、様々な工夫を凝らしており、土御門家と賀茂家も例外ではない。

 この合同捜査で、一瞬でも隙を見せれば呪詛をかける可能性もあるが、かといって、ここで貴重な情報源を失うことは、はっきり言って得策ではない。

 二兎を追う者は一兎をも得ずではないが、ある程度の身の安全を確保しつつ、互いの情報を共有し合うにはどうすればいいか。

 その関係が自分の言葉一つで決まると考えると、護はどう答えるべきか慎重にならざるをえなかった。

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