その2(全3回) こうして若き軍師は試された

 ミン族のスン族長は、まるで仙人のように見える老人だが、ある日、皇太后からの書状を受け取った。


 それは長文であったので、要約して紹介する。


『恥ずかしながら、フミトとタケトの兄弟ゲンカは、収束しそうにありません。どちらもかわいい孫ですから、どちらか一方に肩入れするわけにもまいりません。しかし、フミトは今、連邦の脅威に直面しています。どうかタケトがわだかまりをもたないかたちで、フミトを支援してもらえませんか』


 それに対してスン族長は、このように返信した。


『では、クリーという15歳の少女に、わずかな護衛役をつけて“援軍”といたしましょう。女の子が指揮官で、人数もわずかなら、タケト皇子も軽く見て、“援軍”ではなく、“慰問団”くらいにしか思わないでしょう。それでしたら、タケト皇子も援軍の派遣にわだかまりなく同意してくれるのではありますまいか。なお、クリーは“千軍万馬に匹敵”する軍師であります。必ずやフミト皇太子の危機を救うのに役立つでしょう』


 これに対して、皇太后は感謝して快諾する旨を通知してきた。


「というわけだから、おまえは取り急ぎ帝都に行き、皇太后陛下の推挙を受け、政府の査問を受けて、帝国軍人としてフミト皇太子を全力で補佐せよ」


「はい。わかりました」


 クリーは、神妙しんみょう面持おももちで答えた。


「おまえの護衛役として、アルキンと百人隊をつける。これで、なんとかできるか?」


 そう前置きしたうえで、スン族長はクリーに向かって、連邦「百万の大軍」が帝国北部辺境地域に侵攻のかまえを見せていることも説明した。


「ミン族に伝わる教えにしたがえば、なんとかなります」


 クリーは、きっぱり答えた。その前途には、まちがいなく「百万の大軍」との戦いという危険がまちかまえているのに、恐れるようすは少しも見られない。


「そうか。では、よろしく頼むぞ。帝都での滞在先は、皇太后陛下が提供してくださる。おそらく離宮が滞在場所となるであろう」


「はい」


「なお、戦場にあっては、女子おなごは軽く見られる。ゆえに男装して行け」


「はい」


 かくしてクリーは、髪をショートにととのえ、軍服を身にまとい、騎馬にまたがる。その隣には百人隊の隊長・アルキンが騎馬をならべた。その後には、百人の戦士たちが騎馬に乗り、二列縦隊で続く。百人隊だ。


 クリーたちは、騎馬を走らせ、数日かけて最寄りの駅に着いた。そこで皇太后が手配してくれた軍用列車に乗り、帝都に向かう。騎馬も専用の貨車に乗せた。


 シン帝国の帝都・ヒラニプルは、「大平原」の南西(国土全体から見れば東部)にある。


 昔からの港湾都市で、その港には諸外国から多くの船がやってきていた。また、諸外国に向けて多くの船が出ていっていた。そのにぎわいは、世界屈指とも言われている。


 街なみは緑が多く、建物の背も低いので、遠くから見ると、森の中に埋もれているようにも見えた。そんな緑の真ん中に白亜の天守閣が見える。その付近一帯が帝国の宮殿だった。


 基本的に木材で作られた建築物が多く、自然に調和しているようにも見える。宮殿の周囲には、ちょっとした石垣と堀があるくらいで、守りは弱そうだ。


 シン帝国の創始者は、こんな哲学をもっていた。


「堅固な城壁がなくとも、すぐれた人材さえ集めることができていれば、帝国の守りは万全だ。もし皇帝が人望を失えば、すぐれた人材も集まらず、帝国は滅びる。しかし、人望を失った皇帝は、皇帝にふさわしくないので、滅んだほうがよい」


 だから宮殿は、城塞としては極めて貧弱なつくりとなっていた。そんな宮殿の正門から、まっすぐに道路を進んだところに帝都中央駅がある。


 クリーたちは、軍用列車にゆられること3日で、帝都中央駅に到着した。シン帝国の領土は、意外に広いようだ。


 駅には、近衛兵団の将校が出迎えにきていた。


 クリーたちは、それぞれ騎馬にまたがると、その将校の案内で離宮に向かう。


 離宮は、宮殿に近い場所にあった。緑におおわれ、白い壁で囲まれている。その広い敷地内にある離れの建物が、クリーたちの滞在場所として用意してあった。


「やんごとなき身分の方々が住まう離宮にしては、質素だな。華美な装飾が見られない」


 アルキンがぽつりと感想をもらすと、クリーも同意した。


「うん。おちつく」


 それから数日後、宮殿においてクリーの査問が開かれた。


 クリーが宮殿の執事に案内されて広間に入ると、官服を身にまとった細身の中年男性がイヤミな目つきで待ち構えていた。数名の取り巻き連中――役人や軍人などを付き従えている。


「皇太后陛下からの申請書にも記されていたが、本当に少女だったか」


 イチマツ宰相は言いながら、珍獣でも見るような目をしてクリーを見つめた。まわりにいた連中も、同じようにしている。


「まずは所属と名を申告せよ」


 イチマツ宰相は、なかば見下したような目をして言った。


「クリー・ミンだ」


 いきなりのタメ口だった。


 イチマツ宰相たちは、その無礼さに眉をひそめる。しかし、だれも非難はしない。


 そもそも異民族は、とりわけ子どもは、帝国の言葉を話せない。上流階級の格式ばった言葉など、まず理解できない。だから、このような形で「カタコト」しか話せないのは、あたりまえのことであった。


「クリー・ミンか……。それは要するに“ミン族のクリー”という意味だな?」


「はい」


「姓は?」


「ない。……あったのかもしれないけど、忘れた」


 忘れた?


 イチマツ宰相のみならず、その場にいた多くがいぶかしそうな顔つきをした。


 みずからの姓を忘れるとは、いやはや所詮は異民族出身の平民だな。愚かなものだ。


 そんなことを考え、それ以上はだれも気にしなかった。


「そのほうは、皇太后陛下より、軍人に推挙されておる」


 イチマツ宰相が事務的な口調で言った。


「はい」


「軍人に推挙されておるゆえ、まずは図上演習にて能力を評価する」


「はい」


 かくしてクリーは、そのまま図上演習の行われる部屋に案内された。それは宮殿の一角にある国軍宮殿事務所内にあった。そこは政府と軍隊との連絡調整をはかるための役所だ。十数名の軍人たちが24時間365日つねに勤務している。


 図上演習とは、シミュレーションだ。


 侵略軍、防衛軍、審判部の3者が、3つの別室に分かれて行う。どの部屋にも3メートル四方の大きな地図がおかれている。それが戦場となる。


 侵略軍と防衛軍に分かれて対戦するわけだが、その勝敗は審判部が判定する。たとえば、侵略軍が、軍隊をAからBに移動させるなら、そのことをメモして審判部に伝える。


 審判部は、侵略軍がAからBに移動するとき、その途中で防衛軍とぶつかるなら、そのことを侵略軍に伝える。これに対して侵略軍では、戦うか、逃げるかを決め、それを審判部に伝える。


 逃げた場合は、うまく逃げられたか、それとも敵の追撃を受けたか。また、追撃を受けた場合、それによって受けた損害はどのくらいで、敵に与えた損害はそのくらいか。そういったことを伝えられる。


 また、戦った場合は、自軍が受けた損害と、敵に与えた損害が伝えられる。こうして勝敗が決まっていく。


 侵略軍と防衛軍は、1ターンにつき、各ユニットを1回ずつ動かせる。たとえば、騎兵A、歩兵B、砲兵Cという3つのユニットがあれば、それぞれが1回ずつ動ける。このあたりは、シミュレーションゲームと同じだ。


 戦争のシナリオは、あらかじめ決められている。そのシナリオにそって、侵略軍と防衛軍は地図上で戦うことになる。今回の場合は、こうだ。


【想定】 防衛軍の領土に侵略軍が攻めこんだ。

【侵略軍】 既定数の兵力・既定数の攻城兵器をもつ。(細かい数字は防衛軍に知らされない)

【防衛軍】 既定数の兵力・既定数の守城兵器をもつ。(細かい数字は侵略軍に知らされない)

【戦場】 防衛側の国内。防衛側は本城1つ、支城9つをもつ。

【判定】 既定のターン数内に本城を攻略できれば侵略軍の勝ち。本城を守りぬけば防衛軍の勝ち。


 今回、クリーは、侵略軍を割り当てられた。侵略軍の部屋に入ると、2名の若い軍人がいた。1人は書記官となり、指揮官となるクリーの指示をメモする。また、参謀役も兼ねている。


 もう1人は、伝令役だ。書記官の書いたメモを審判部にもって行き、審判部からのメッセージを受け取って戻ってくる。これで1ターンの終わりとなる。


 もちろん、こうして明らかになった敵と味方の動きは、すべて地図上に表現される。書記官が地図上で軍隊を示すコマを動かすことになる。


 以上のプロセスを何度もくりかえしながら、既定のターン数になるまで続けていく。


「とりあえず防衛軍の兵力が不明ですが、どうしますか?」


 書記官が言った。


「えっと……。わからない」


 クリーの返答が予想外すぎたので、書記官は面食らったようだ。ポカンとした顔つきをしている。


(やっぱり女の子には、戦争なんて難しいよな)


 書記官は、そう思いながら、クリーの指示をまつ。


 クリーは、難しそうな顔つきをしながら、地図をながめていた。


「待機してようすを見るという手もありますが……」


 書記官は、参謀役も兼ねているので、意見具申をした。


「侵略軍がじっとしていたら、戦局に動きが出なくなる」


「まあ、たしかに……」


「とりあえず兵力を10に分けて、そのうち9つを敵の9つの支城にぶつけてみてほしい」


「え!?」


 驚きを隠さない書記官。


「兵力を分散すれば、それだけ弱くなりますので、攻城には不向きかと……」


「敵の兵力配置をさぐるのが目的だから、そうしてほしい」


「つまり、威力偵察というわけですか?」


「いりょくていさつ……?」


 言われてキョトンとするクリー。


(おいおい軍人志願者が威力偵察を知らないのかよ?)


 書記官は驚いた。


「威力偵察というのは、試しに敵を攻撃してみて、敵の力量をさぐるという偵察の仕方のことです。今回の目的は、これですか?」


「えっと、たぶん、そんな感じ」


「ふつう城を攻める場合は、できるだけ兵力を増やすようにするもので、減らしたりはしません。兵力が少なければ少ないほど、自軍の受けるダメージが大きくなるからです。それでも、兵力を10分の1にするのですね?」


 書記官は心配そうに再確認した。


「うん。そうしてほしい」


「わかりました。ちょっと非常識だと思いますが――」


 書記官は、不本意そうにクリーの指示をそのままメモに書き、伝令役に渡した。伝令役は、メモを受け取ると、すぐさま部屋を出て、審判部に向かう。


(今回の図上演習は、あっけなく終りそうだな)


 ◆ ◆ ◆


 防衛軍の部屋では、壮年の軍人が指揮官を担当していた。トキヤ少尉と言って、色黒で、髪を短く刈りこんだ歴戦の強者つわものだ。


「女の子と図上演習をするのでありますか?」


 トキヤ少尉は、上官から今回の図上演習への参加を命じられたとき、不服そうに言った。


「そう言うな。他ならぬ皇太后陛下が推挙されている人物だ――」


 上官は、さとすように言う。


「――やんごとなき身分の方であろうから、そのお相手ができるということは名誉なことだぞ」


 トキヤ少尉は、帝国軍のなかでも、まれにみる逸材いつざいと言われていた。有能な軍人だった。だから、士官学校の教官に補され、後進の育成を任されていた。


「貴族の酔狂すいきょうにつきあうほど、自分は暇ではありません」


 いつのまにかクリーは貴族だと思われていた。まあ、ふつう皇族が推挙するのは貴族ばかりだから、トキヤ少尉がかんちがいするのも致し方ない。


「酔狂か――そこまで言うなら、ちょうどよいではないか。やんごとなき身分のご令嬢れいじょうに対して、戦争の厳しさを教えてやればよい」


「しかし、相手は女の子なのでしょう?」


(女の子の相手をさせるとは、上層部は自分のことを軽く見ているのか? これまで自分は軍務に全力で取り組んできたつもりだが、なにか上層部の不興を買うようなことをしてしまったのか?)


 思わず邪推してしまうトキヤ少尉だった。やるせない気持ちになってくる。


 しかも、その女の子は、さっそく兵力を分割して、すべての支城を同時に攻めてきた。


(おいおい全然シロウトじゃねぇか。城を攻めるのに兵力を分散させるなんてよ)


 トキヤ少尉は、あきれていた。


(もっとも今回は、本城にほとんどの兵力を集めている。支城はあくまでも侵略軍をけん制する役割にしているから、兵力も少なくした。お嬢ちゃんもラッキーだったな)


 ◆ ◆ ◆


 侵略軍の部屋に伝令役が戻ってきた。審判部からのメッセージをたずさえている。メッセージの内容は、書記官にとって意外なものだった。


「わがほうの損害が、あまりにも軽微すぎる」


 城を攻めれば大きな損害が出るはずだ。しかも今回は少ない兵力で城を攻めている。本来なら損害が軽微ですむわけがない。


「わたしが防衛軍だったら、ほとんどの兵力を本城に集める――」


 クリーがおもむろに口を開いた。


「――そうやって本城の守りを固めておけば、持久力が高くなるので、既定のターン数がくるまで、余裕でもちこたえられるようになるから」


「なるほど。つまり、防衛軍は、支城の兵力を少なくして、そのぶん本城の兵力を多くしていると。だから、支城を攻めたとき、こちらの損害も小さくなったと。今回の威力偵察では、それを確認したかったわけですか?」


「うん」


「しかし、もし支城にいる兵力が多ければ、いきなりゲームオーバーでしたよ。よくいちばちかのけに出ましたね。あなたの採用がかかっているのに」


「軍人は、よほど無能でない限り、合理的な選択をするもの。そして、今回の場合は、状況からして本城に兵力を集中するのが合理的になる。だから、けじゃなくて、確認にすぎない」


「なるほどですね」


 ふつうなら支城を1つ1つ順番に攻め落としていくのが、常識的な攻め方になる。


 すると、侵略軍は、移動と攻城のため、かなりのターン数を浪費することになる。しかも、最後の本城には、かなりの兵力がある。


 こうなれば、既定のターン数内に本城を攻略するのは無理だ。


「防衛軍としては、今回の無茶な行動は、想定外だったでしょうね」


「うん」


「支城にある兵力が少ないなら、支城を無視して先を急ぎますか?」


「それもいいかもしれない」


 ◆ ◆ ◆


(今回の攻撃で、侵略軍も支城の兵力が微々たるものだと気づいたろう)


 トキヤ少尉は、あごをさすりながら、地図をながめつつ考えていた。


(となると、支城を無視して全力で本城を一気に攻めてくるか? ターン数の節約にもなるしな。お嬢ちゃんがいくらシロウトでも、書記官が進言するはずだ)


 トキヤ少尉は、考えながら9つの支城の位置を地図で確認していく。9つの支城には、それぞれナンバー1から9までの番号がふってあった。


(1つ1つはわずかな兵力でも、9つを1つにまとめれば、大隊か連隊くらいの働きはできる。となると、本城を攻めてきた侵略軍の背後をとるには……)


「支城にある兵力をすべて、ナンバー5の支城に集めろ。他は放棄する。本城の主力は待機とする」


 トキヤ少尉がテキパキと指示する。


 書記官は、すばやくメモをとると、伝令役に手渡した。伝令役は、すぐさま部屋を出て審判部に向かう。


 ◆ ◆ ◆


「みずから支城を放棄して逃げるなんて……」


 書記官は、がっかりしたようすで言った。


「やはり支城には、大した兵力がなかったということだと思う」


 クリーは、クールに言った。


「しかし、いやらしいですね。逃げて集まった先の支城は、ちょうど本城に近いところにあります――」


 書記官は、地図に兵力の動きを書きこみながら話す。


「――しかも、9つの支城の兵力が集まっていますから、それなりの戦力となるでしょう。こうなると、無視できませんよね。これで支城を無視して本城を攻めたら、背後から奇襲される恐れがありますから」


「うん」


 クリーは考えていた。


(敵が弱小なら、弱いふりをして誘い出す。兵力が対等なら、味方を集中させ、敵を分散させる。敵が強大なら、逃げ場をつくってから戦う。敵の兵力が十倍なら、その意表をつく)


 これはクリーが教えられた兵法の1つだ。


(今回、支城の兵力は、いくら集まったといっても、侵略軍の総兵力に比べたら弱小だから、誘い出すといいかもしれない)


「とりあえず支城の前を通過して、全軍を本城へと向かわせる」


「はい? さっきも言いましたけど、そんなことをしたら背後をつかれますよ」


「うん。だけど、支城を攻めても、防衛軍が支城の守りを堅固にしているだろうから、こちらの損害が大きくなる。しかも攻城に手間どるだろうから、それだけターン数も浪費してしまう――」


 一定のターン数内に本城を攻略できなければ、侵略軍の負けが確定する。兵力をムダにできないのと同じくらい、ターン数をムダにすることはできない。


「――だから、わざと通過して本城を攻め、支城にいる敵を誘い出す。伏兵を配置しておいて、支城から出てきた敵を奇襲する」


「なるほど。それは名案です。でも、うまくいきますかね? 伏兵を警戒されたら、うまくいかないのではないですか?」


「そのへんは問題ないと思う。防衛軍は、わたしのことをシロウトだと思ってバカにしているはずだから、油断があると思う」


「バカにしてるって、どうして分かるんですか?」


「わたしが緒戦しょせんでいきなり兵力を分散して城を攻めたから。書記官さんが驚いたみたいに、軍事の常識がある人なら、ふつうはそんなことはしない」


「たしかに」


 かくしてクリーは、侵略軍をそのまま本城へと向かわせ、その一部を伏兵とし、支城と本城をつなぐ道路の途中に隠れさせた。


 ◆ ◆ ◆


 はたしてトキヤ少尉は、侵略軍をあなどっていた。


(今度は、いきなり全軍で本城に向かってきやがったか。少しは背後を警戒するくらいしろよ。どこまでシロウトなんだよ)


 トキヤ少尉は、侵略軍の動きが陽動であるとは少しも考えなかった。いきなり兵力を分散して城を攻めるようなシロウトが、それも15歳の女の子が陽動作戦をとるなど夢にも思えない。


「支城の全兵力を出し、侵略軍の背後をねらえ」


 支城軍は、まっしぐらに侵略軍を追撃する。しかし、侵略軍の動きに変化は見られない。


(は? 気づいてない? やつらは斥候せっこうすら出してないのかよ)


 なんてトキヤ少尉があきれていたら、突如として戦局に動きが出た。


「え? 伏兵だと!?」


 侵略軍の背後をつこうとしていた支城軍が、逆に背後をつかれ、大打撃をこうむった。審判部による判定は――。


「壊滅なんて、マジかよ」


(お嬢ちゃんは、おそらく貴族の権力とカネにものを言わせて、優秀な軍人を書記官にしてもらったのだろうが、汚いマネをしやがる)


 トキヤ少尉は、驚くのと同時に怒っていた。


 いっぽう侵略軍は、ほぼ無傷で本城の近くまで進出していく。


 しかし、本城には防衛軍の主力が大軍でまちかまえている。これから血で血を洗うほど熾烈しれつな攻城戦が展開されるはずだ。


(お嬢ちゃんの命運も、ここで尽きる。これだけの兵力で城にたてこもり、守りに徹していれば、既定のターン数に達するまで余裕で城を守りぬける。最終的な勝者はこちらだ)


 トキヤ少尉は、不敵な笑みを浮かべていた。


 ◆ ◆ ◆


「油断大敵とは、まさにこのことですね!」


 書記官は、興奮気味に言った。


(だんだんおもしろくなってきた。このは、よほどの天才か、そうでなければ、かなりの武運に恵まれたなのだろう。いずれにせよ久しぶりに刺激的な図上演習だ)


「でも、さすがに次からは警戒してくるだろうから、気をぬけない」


 クリーは、さらっと言った。


「ええ。まさに“勝ってかぶとめよ”って、やつですね。で、どうしますか?」


 期待のまなざしでクリーを見る書記官。


 その視線にとまどいを感じつつも、クリーは指示を出す。


「全兵力の7割を主力とし、残り3割を2つに分けて別働隊を編成してほしい。1割を別働隊Aとし、2割を別働隊Bとしてほしい」


「わかりました。で、動かし方は?」


「まず主力を集中して東門を攻撃する。そのすきに別働隊Aは南にまわりこんで、城内に向けてトンネルを掘ってほしい」


「城攻めでトンネルを掘るのは常套手段じょうとうしゅだんですから、いくら隠密おんみつ行動をとっても、すぐに見つかりますよ。防衛軍には甕聴ようちょうも標準装備されているでしょうし」


 甕聴ようちょうとは、大きなかめの口を下にして地面に置き、かめの底に耳をあてて地中の音を聞くというものだ。こうすると地中の音がよく聞こえるようになる。


 これによって、敵がトンネルを掘っていれば、まわりがいくら騒がしくても、必ず探知できる。探知されたら、対策をとれるので、トンネルからの攻撃は失敗する。


「見つかってもいい。そのすきに別働隊Bは、北まわりで西門に向かってほしい。西門の近くに隠れ、防衛軍の注意が東門と南に集中して、西門が手薄になったら、西門を攻撃して城内に突入する」


「なかなか手がこんでいますね!」


 さっそく書記官は、クリーの指示をメモに書きつけた。伝令係は、メモをもって審判部に向かう。


 ◆ ◆ ◆


 侵略軍は東門への総攻撃をはじめた。


(ふつうに考えたら、全力を東門に集中し、一点突破を目ざそうとしているように見える)


 トキヤ少尉は、戦況を分析する。


(しかし、これは陽動かもしれない。さっきも伏兵がいたしな)


「東門の防衛に全力をそそぎつつ、偵察を厳にして奇襲に備えよ」


 かくして防衛軍は、東門に多くの部隊を移動させながらも、四方に対する「情報収集」を行って警戒をゆるめないようにした。奇襲を防ぐためだ。


 その結果、侵略軍のトンネル工事を見つけることができた。


(やはりな。東門に注意を引きつけ、そのすきに南からトンネルを掘って城内を奇襲するつもりだったか。だが甘いな。上には上がいることを思い知るがいい)


「南側の城壁内、トンネルの出口が出現すると想定される場所にバリケードを築き、奇襲に備えよ」


 かくして防衛軍は、全力を東門の防衛に使いながら、南側の防衛にも兵力をまわした。かくして西門の守りが手薄となる。


 そこをねらって別働隊Bが、総攻撃をしかけた。


(なんだと!? まず東門に注意を引きつけ、さらに南に注意を引きつけ、そのすきに西門をねらうという二重の陽動作戦か!? くそっ!)


「急いで西門に応援を出せ!」


 しかし、間にあわなかった。次のターンで審判部から「侵略軍が西門の突破に成功した」という判定が下される。


 今回の侵略軍の奇襲成功によって、防衛軍は「壊滅的な損害」をこうむった。


 ◆ ◆ ◆


「防衛軍は、外城を放棄し、内城にたてこもりました――」


 書記官は、審判部からのメッセージを見ながら言う。


 本城は、上から見ると二重四角の形をしていた。□のなかに□がある形だ。その□は堀と城壁になり、外側の□が外城となり、内側の□が内城となる。


「――いよいよ追いつめましたね。防衛軍の兵力も多大な損害を受けていますから、ふつうに力ずくで攻めれば終わりです。チェックメイトです。ふふ」


 トキヤ少尉と言えば、有能な軍人として知られている。そのトキヤ少尉を追いつめた。これほど痛快なことはない。


 だから、書記官は、別にトキヤ少尉が嫌いというわけではないが、思わす笑みがこぼれた。


「追いつめたなら、投降を勧告してほしい」


「はい。投降勧告ですね。……って、マジっすか!?」


 書記官は、思わず驚いた。


「うん。あまり追いつめすぎるのはよくないから」


「たしかに“追いつめられたネズミはネコをかむ”とも言いますし、追いつめすぎるのはよくないでしょう――」


 書記官は、あきれ気味に言う。


「――ですが、図上演習においては、現実的な数字が勝敗を左右します。そのような心理的な要因は顧慮こりょする必要がありません。顧慮してもムダです」


「でも、力ずくでいけば、兵士の命がムダに失われる。そんなことをすれば、兵士の信用を失う。信用を失えば、いざというときに兵士がついてきてくれなくなる」


「そういう道理もあるかもしれませんが、これは図上演習ですよ」


「たとえ図上演習でも、ふだんから兵士を大切にする姿勢を見せておかなければ、いざというとき兵士がついてきてくれなくなる」


「それは、そうでしょうが……」


「それに実戦では、この状態で投降を勧告すれば、たいていの場合、おとなしく投降すると思う」


「たしかに勝ち目がないですからね。すなおに降伏する可能性が大きいでしょう。しかし、今回は図上演習です。ターン数をかせげば、防衛軍の勝利となります。おそらく降伏しないと思いますが、それでもよろしいのですね? ターン数がむだに少なくなるだけですよ」


「うん」


「わかりました」


 書記官は、クリーの指示どおり、投降勧告を出すことをメモに書き、伝令係をつうじて審判部に伝えた。


 ◆ ◆ ◆

 

「投降勧告!?」


 トキヤ少尉は、驚きのあまり、声が出た。


(ここまで追いつめたのだから、あとは力ずくで攻めれば陥落する。それなのに……なにを考えている?)


 そして、とある考えに思い至る。


(ははーん。分かったぞ。自分に“まいった”と言わせたいのだろう。自分を負かすだけではあきたらず、屈服させることによってえつにひたりたいのだろうな。なんというドS野郎だ!)


 トキヤ少尉は、怒りにふるえながら指示を出す。


「勧告を拒否する。徹底抗戦の構えをとれ」


 ところが、審判部から届けられたメッセージは――。


「はぁ? また投降勧告!?」


 もちろんトキヤ少尉は拒否するが、拒否するたびに改めて「投降勧告」が届く。それが何度もくりかえされているうちに、最終ターンとなった。


 それでも侵略軍は「投降勧告」を出してきた。


「拒否だ」


 トキヤ少尉は、うんざりしたようすで言った。


 かくして図上演習は終わった。審判部より勝敗の通知が届けられる。


「既定のターン数内で本城は陥落しなかった。ゆえに防衛軍を勝利とし、侵略軍を敗北とする」


 トキヤ少尉は、勝った。だけど、うれしくない。すっきりしない。


(あのお嬢ちゃんは結局のところ、いったいなにがしたかったんだ?)

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