第3話 威王問篇=軍事が分かっても、道理が分からないとダメ
その1(全3回) どうして勝てたのか、分からない?
「
(軍事力を行使するにあたり、無防備なら敗北するし、好戦的なら滅亡する。)
『
* * *
決戦で大勝利をおさめた日。
北部辺境守備軍は、捕虜の収容先に苦慮した。なにしろ自軍の人数を大きく
「これほどの人数を管理することは難しい」
北部辺境守備軍の幹部たちの一致した見解だ。
「だったら、捕虜たちのことは、捕虜たちに任せようか」
フミト皇太子は、さらっと言った。
「「「はい?」」」
幹部たちは、あっけにとられたような顔をしている。
「こちらで場所だけ指定して、そこに捕虜たちを移動させる――」
フミト皇太子は説明する。
「――あとは捕虜たちに自分たちでテントを張らせ、食事を用意してもらう。連邦軍が置き去りにしていった物資を使わせればいい。もちろん武器とかは、こちらで回収する」
フミト皇太子のこの提案に対して、幹部たちも最初のうちは
もちろん、捕虜たちを「戦争犯罪人」として、その全員を処刑してしまうという手もある。死んでしまえば、わざわざ
しかし、最終的には、つぎのような結論におちついた。
「いろいろ心配もあるけれど、どのみち管理できないのだから、任せられるところは任せたほうがいい」
北部辺境守備軍では、なぜか「捕虜の殺害」という選択肢は、まったく出なかった。不思議だ。
ともあれ、フミト皇太子の指示のもと、幹部たちは、急いで捕虜たちに提供する場所40か所を選定した。それから捕虜たちを5千人ずつくらいのグループに分けて、各グループを指定の場所に移動させる。
必要なテントや食料、日用品などは、北部辺境守備軍が全軍をあげてピストン輸送し、捕虜たちのもとに届けた。それらの物品は、すべて連邦軍の野営地跡から回収された戦利品だった。
かくして翌朝までには、捕虜たちの収容も無事に完了できた。ほとんどの将兵が徹夜で動いたので、さすがにクタクタだった。
だから、翌日と翌々日は臨時で「休日」となる。将兵を順番で休ませるためだ。勝利の祝宴は、将兵らの疲労回復をまち、数日後に開催されることになった。
ところで、北部辺境守備軍の将兵は、だれもが不思議がっていた。
「わが軍は、どうして勝てたのか?」
「どうやら援軍がいきなり現れたらしいぞ」
「大軍か?」
「よく分からない」
「そんな
とにかく将兵らは、勝ったことは分かっていたが、どうして勝ったのかについては分からなかった。それが分かるのは、後日になる。
ここで
クリーは、戦いに先立って、フミト皇太子やヤマキ中将に対し、こんな説明をしていた。
「連邦の大軍を退ける策として、まずは大軍が助けにきたように見せかける――」
そう言ってクリーは、ミン族に伝わる話をした。
かつて
しかし、
「敵は、わが軍の伝令をつかまえ、援軍が来ていることを知っている。しかし、その後、援軍が引きかえしてしまったことについては知らない。これを利用して、敵をあざむく」
兵士たちは、城から少し離れたところに軍旗を立て、かがり火をたいた。
遠くから見ると、たくさんの軍旗が火に照らされ、闇のなかに浮かびあがって見える。まるで大軍がやってきて、野営しているようだ。
敵軍は、これを見て「援軍がやってきた」とかんちがいし、「もはや勝ち目はなくなった」と思って、さっさと逃げ帰る。
「――だから、わたしも百人隊のうち70人を2隊に分けて、連邦軍から少し離れたところに隠れさせることにした」
この2隊は、
1人あたり軍旗1本とラッパ1つ、それに爆竹1束をもって、連邦軍の後方、左右に分かれて隠れた。戦いが始まったら、勢いよく軍旗を立て、景気よく爆竹を轟かせ、元気にラッパを吹き鳴らすことになる。
そうやって大軍がきたように見せかけ、敵を混乱させる役割を
「調べたところでは、連邦軍は帝国の援軍がきていることは知っているけれど、その規模と位置を知らない。
クリーの目つきには自信があふれていた。
「それに加えて、さらに
クリーによると、ミン族の故地には、こんな戦例があるそうだ。
かつて
そこで
その後、部下に命じて近くの山に多くの軍旗を立てさせる。そのうえで改めて敵陣に突撃を敢行した。
このとき、すべての騎兵は、柴の束を
この結果、数万の
「わずか30騎の騎兵でも、横に広がって柴の束を
そう言ってクリーは、またミン族に伝わる話をした。
かつてミン族の故地が、いくつもの国に分かれて争っていたときの話だ。
「決戦するなら、後方の広いところまで下がって、そこで敵を包囲してしまったほうが楽勝できる。だから、戦いが始まったら、ただちに後退し、敵を誘いこむぞ」
これは
実はこのとき、
戦いが始まり、
「負けたぞっ!」
「逃げろっ!」
(もしかしたら形勢が不利で、押されているのかもしれない。だから後退しているのではないか?)
そんな不安をもっていたころ、
多くの将兵が恐怖心にかられ、われ先にと逃げ出した。かくして
「だから、わたしも百人隊のうち40人を連邦軍のなかにもぐりこませた」
クリーによると、兵法の
だから連邦軍は、北部辺境守備軍が戦いを挑めば、必ず左右を前進させ、中央を後退させることになる。北部辺境守備軍を包囲して
そのように見こんで、クリーは40人の戦士を連邦軍にもぐりこませたのだった。30人は、それぞれ連邦軍の兵士に変装して、連邦軍のなかで決戦のときをまつ。
連邦軍は、自軍の優勢さにおごり、気もちがたるんでいた。だから警戒もゆるく、潜入もたやすい。たくさんの情報も集められた。
「こういうわけだから、北部辺境守備軍には、連邦軍に挑戦状をたたきつけたうえで、突撃部隊を編成して、出撃してほしい」
クリーは、フミト皇太子にお願いした。
北部辺境守備軍が突撃し、連邦軍が思わくどおりに後退しはじめたら、連邦軍にもぐりこんでいる40名が“負けたぞ”“逃げろ”と叫んでまわる。
「すでに成功例もあるから、この作戦はきっと成功する」
クリーは自信をもって言った。
「なるほど。おもしろい作戦ではある」
言いながらフミト皇太子は、うなずいた。
「まあ、たしかに、そうすれば敵は油断し、誘導されて、術中におちいりますな」
ヤマキ中将も、得心したように言う。
その後の戦いは、クリーの思わくどおりにすすんだ。
まず60名の伏兵が高らかに軍旗を掲げ、一斉に爆竹の爆音を轟かせ、けたたましく進軍ラッパを鳴らすと、連邦軍の将兵は「帝国の援軍が大挙して現れた」と誤認する。もちろん
さらに40名の潜入者たちが連邦軍のなかで「負けたぞ」「にげろ」と大声をあげて走り出す。すると、まわりにいた連邦軍の兵士たちも恐怖にかられて走り出す。
それが
以上のような次第だった。
こうして種を明かしてみれば、古今東西で小軍が大軍を打ち負かしたときによく見られる戦法であることが分かる。
しかし、現場にいる将兵からしてみれば、そう簡単には見抜けない戦法でもあった。
だから、うまくいったわけだ。
ちなみに、今回のように複数の策を組み合わせて使うことを「連環の計」と言うらしい。
「しかし、あのタケト皇子が、これほどの軍師をよく殿下のもとに行かせたものだな」
祝宴の席で、ヤマキ中将がしみじみと言った。
「弟の立場で考えるなら、いくらおばあさま――皇太后陛下の命とは言え、皇帝陛下の命という形にして出国を許さないと思うが。みずから言うのもおかしいが、野に放った虎に羽をつけるようなものだ」
フミト皇太子は不思議そうだった。
「わたしが女で若いから、軽く見た。それだけだと思う」
クリーは、食事の手を休め、クールに答えた。
祝宴はビュッフェ形式だったが、クリーはスイーツばかりを皿にのせている。
「ぱっと見は、かわいらしい女の子だから、油断したのかな。ふふっ」
フミト皇太子は、クリーの皿を見て、ほほえましそうに言った。
「な、なにを言う?」
あたふたするクリー。
「はっはっはっ、殿下、軍功第一の軍師殿をからかわれるものではありません。真っ赤になっておるではありませんか」
「……くぅ」
クリーは、照れ隠しのようにうつむいた。
アルキンは、そんなクリーを横目にチラリと見て、うれしそうにしている。
「すまない、クリー大佐。許してくれ――」
フミト皇太子は苦笑いしながら言った。
「――話を戻そう。あのタケト皇子が、女だからというだけで油断するとは考えられないが、なにかあったのではないか?」
クリーはパクッとスイーツを口にほおばると、ジュースでグビッと流しこむ。
それから、おもむろに口を開いた。
「とりあえず査問があった」
査問とは、人物を評価するための面接試験みたいなものだ。
査問の対象者は、宮殿の大広間に呼び出され、皇帝、皇族、大臣など、政治の要路にある面々から、いろいろと質問される。
皇族や有力貴族から推挙された者は、ここで評価を受け、登用に値すると判断された場合のみ、役人や軍人として取り立てられる仕組みだ。
なお通常の役人や軍人の採用は、学科試験の点数で決められる。
「査問なら、まあ、だれもが通る道だな」
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