5 組長・服部賢三の証言


 山内英二のことですか?花子から聞いたとき、彼奴が計画したと思いました。英二を知ったのは、彼奴が中学3年生のときだと思います。コンビニの前でいつもつるんだ連中がいました。その中でも最年少だったのです。身長もそんなに大きい方でなかったし、たまに駐車場の暗がりでビニール袋を口に当て〈アンパン〉をやってたのも見ています。コンビニで買い物して帰りがけに山内は、何故か私に、「おっさん、煙草あるか」と、1本ねだるのを常としていました。そんなことで私に〈親近の情〉を表していたんでしょう。私もそんな気がわかっていたので、1本やるのを常としていました。

 ある日、横の駐車場で喧嘩が始まりました。チンピラ3人相手に小さい山内が立ち向かっていたのです。いつもの仲間は逃げ去っていました。彼らにはつるんでいるだけで、友情なんてこれっぽっちもありません。冷たいものです。仲間は5、6人はいましたから、よっぽどこの3人は彼らにとって怖い連中なんだと思いました。

 

 山内はすばしっこく、中々な腕を見せていましたが、多勢に無勢、おまけにチンピラといってもその筋のプロです。袋叩きにあいだしました。よっぽど3人は山内が逆らってきた事に腹を立てていたのでしょう、これ以上やったらというとこまで行きました。〈なまじ〉のとこで、止めに入ってもいきり立っている連中は、「おっさん、代わりにやるんか?」と言って、こっちに振られちゃたまりません。これ以上いくと…と云うときに一瞬の躊躇が見えました。ここを逃したらというタイミングで、「一言いうだけだ」といって、中に割って入りました。山内に「俺の言うことを聞くか、それともあの世に行くか?」と言いました。山内は「うん、聞く」と頷きました。「兄さんこれで堪忍してやってくれへんか」と言って、5万円渡しました。連中は金には弱いのです。「次、逆らったら命はないぜ!」と、彼らは捨て台詞を吐いて帰って行きました。

 

 喧嘩で、「つい、カァーとなって、殺意はなかった」と云いますが、私の場合はそういうことで、量刑は軽かったのですが、本当のとこは殴りあっているうちに、興奮し、最後は本当に殺意に変わっているのです。私の前科はご存知ですから言うのですが、殺意はありました。誰かが、いいとこで止めてくれたら、自分に戻れるんでしょうが、私の時は誰も周りにいませんでした。

 私が山内に言ったことは「学校に行け」という事でした。仕事にもつかず、学校にも行かない、ろくなことはありません。山内は私に家庭の事情を話しました。聞いていて可愛そうになりました。誰だって真っすぐ育ちたいものです。途中から捻じ曲がったりするのは、愛情を求めて満たされなかったり、拒否されるからです。私は父親に掛け合いました。責任をもって学校に行かせるという条件で、父親は山内を捨てたのです。

 私には前科がついているので、私の籍に入れるのは問題なので、以前、組にいて足を洗って堅気になっている奴に頼みました。籍だけでなく養育も面倒見ると気持ちよく引き受けてくれました。そこの女房も中々な奴で、私の環境は悪すぎましたから、有難いことでした。私は養育費だけは出すという事にしました。私も責任上、月一回の来宅を山内に約束させました。

 

***

 1年はなんとか、出席が足りていましたので、中学2年生から学校を違えて通いだしました。何と直ぐに学校でトップクラスの成績になりました。私は一人、女の子がいますが当時は顔も知りませんでした。まして男の子はいませんでしたので、何とも嬉しく真面目に育ってくれる事を願いました。ぐれることなく、高校、大学と進みました。大学の法学志望は本人の希望でした。

 私は卒業後の進路として司法試験に挑戦し、弁護士か裁判官か司法の道に進んで欲しい希望を言いました。山内ならやるだろうと思いました。前科のある人間は何故か司法に憧れるとこがあるのです。そこにいれば間違っても前科の道に進まない世界だからです。最近は悪徳弁護士とかとんでもない奴が登場していますが…司法の場は神聖でなければいけません。経済的な事は心配するなと言いました。

 

 山内はそれなりの自信があったのでしょうが、1回、2回と落ちる度に私の期待が重くなったのでしょう。薬に走るようになり、その金を調達するために悪い方に走りました。人に無理な期待をするのは罪悪だと思いました。「薬さえやめてくれ、そしたら何をしてもいい」と言いました。何回か入院したりして大変でしたが、薬はやまりました。

 そして、山内は組の後を継ぎたいと言いました。私は反対も何も言いませんでした。ただ「若い衆を養って、ついて来させるにはそれなりの才覚と人望がいる」と言いました。笑わないで下さい、この世界でも人望というやつはいるのです。犯罪にならないぎりぎりの「落とし前」の世界を教えました。それでも犯罪になる、そうでしょうね。でもそこまでなら警察も見逃してくれる世界は知っていました。前科の付くほど生きていくのに片身の狭い世界はないのです。娘にだってまともに見られないのですから…。

 

 組の世界に入った山内は見事でした。法律の勉強したのがこんな事で役に立つなんて、なんとも皮肉なもんですね。山内に組は任せ、私は前からやりたかった、絵と陶芸の道に入りました。恥ずかしいのですが、これでも絵は市民展なんかに何度か入選しているのです。山内は月に1回必ず来て、組の近況を報告してくれました。地道にやっていると思っていました。山内が私に嘘をつくはずはありません。もっといい方に頭を使えばいいのに…と思います。

 

 娘ですか、高島花子と言います。看護学生です。今回の事件で山内が逮捕されるきっかけを作ったのは看護学生たちと刑事さんより聞きました。世の中は本当に皮肉に出来ているもんですね。前科者にいいことがめぐってくるはずはありません。私にとっては娘が息子を挙げたみたいなものですからね。

 小学校5年のとき母親が亡くなって引き取りましたが、懐いてくれません。母親性の高島を名乗っているのが何よりの証拠です。小学校5年の子が引き取りの条件にそれを言ったのです。「聞いてくれなんだら、養育園に行く!」と言われたときの私の気持ちを判ってくれますか、裁判官殿。

 何故、出所して真っ当な世界を歩まなかった?そうですね。そうすべきでしたね。ムショの中で一人私を可愛がってくれる人がいました。先代の川島組の組長です。どっちみち、ムショを出ても、待っていてくれる人もなし、まともな仕事もないだろうと、川島さんの引きに甘えたのです。せめて子供にだけは不自由しない仕送りをしてやりたかったのです。

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